天上の月影

勅命のほかに領解なし

本願力回向の宗義(5)

2019年01月11日 | 勉強日誌
 それをおさえた上で、『教行証文類』には「つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり」とあり、『浄土文類聚鈔』には「しかるに本願力の回向に二種の相あり。一つには往相、二つには還相なり」とありました。既に述べたように、前者は「浄土真宗」という宗名、後者は「本願力の回向」という宗義から「往相」と「還相」の二種があると開いています。「往相」とは往生浄土の相状ということで、私たちが浄土に往生していくありさまです。往生は往き生まれるです。現今、往生という言葉は、急に雨に降られて往生した、などといって、困ったとか難儀したとかいう意味に使われていますが、往生という言葉にそのような意味はありません。文字通り、往き生まれるです。それについて『教行証文類』には「往相の回向について真実の教行信証あり」といわれています。真実の「教」と「行」と「信」と「証」があるというのです。それを四法といいます。詳しいことは後に述べますが、「教」とは『大経』です。「行」とは名号あるいは称名です。「信」とは無疑心、疑い心のない状態です。「証」とは浄土に往生すると同時に阿弥陀仏と同じさとりを開くことです。弥陀同体のさとりといい、無上涅槃です。涅槃は完全に煩悩が滅したことで、その無上涅槃の内容、はたらきが「還相」になります。証果の悲用といいます。それは還来穢国の相状あるいは従果還因の相状のことで、浄土に往生した私たちが再びこの世界(穢国)に還(かえ)り来たって人々を救済していくありさまです。そこで阿弥陀仏は私たちをして、教・行・信・証の四法を与えて浄土に往生せしめ、これが往相です。そして浄土からまたこの世界に還り来たらしめる、これが還相です。その往相、還相を与えるのが本願力回向という救済活動なのです。逆にいえば本願力回向という救済活動は私たちを往相せしめ、還相せしめていくものであったのです。それを親鸞聖人は浄土真宗と名づけられたのでした。
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