天上の月影

勅命のほかに領解なし

『天台四教儀』を読む(9)

2018年08月09日 | 勉強日誌
 そして本文は「是れを五時と為し、亦は五味と名づく」とあります。「五時」は釈尊一代の教化を五期に分けたものでしたが、「五味」はその教化をうける声聞・縁覚の二乗の利益の深まりから見たものです。『涅槃経』聖行品の中に出る譬喩です。乳味・酪味・生酥味・熟酥味・第五味の五味で、牛を仏に喩え、十二部経の華厳を乳味に喩え、九部の修多羅の阿含を酪味とし、方等の諸経を生酥味とし、般若を熟酥味とし、涅槃を醍醐味に喩えるのです。この五味を五時に配すれば、次のようになります。
    五時             五味
  (第一時)華厳時…………(第一味)乳味
  (第二時)鹿苑時…………(第二味)酪味
  (第三時)方等時…………(第三味)生酥味
  (第四時)般若時…………(第四味)熟酥味
  (第五時)法華・涅槃時…(第五味)醍醐味
 このように配するのは二つの理由があります。一は「相生の次第」、二は「濃淡の次第」です。「相生の次第」とは、教えが華厳、鹿苑、方等、般若、法華涅槃と順序にしたがって次々の教を相い生ずることを、①乳より②酪、酪より③生酥、生酥より④熟酥、熟酥より⑤醍醐を生ずる味に喩えるものです。「濃淡の次第」とは、教えの上からいうのではなく、機根の熟する過程を濃淡で論じるのです。たとえば華厳の時では如聾如唖であった衆生が、鹿苑時に至って凡を転じて聖となるようなものです。これは機根が漸く熟したからであって、華厳の時よりは味が濃くなったと見るのです。同じく方等、般若、法華涅槃と次第して、皆この濃淡の次第が読み取れます。このように五時では漠然としていた内容を五味をもって説明しようとするのが、約教相生、約機濃淡をもった五味であるということができます。そこで「亦は五味と名づく」というのです。
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