天上の月影

勅命のほかに領解なし

『天台四教儀』を読む(8)

2018年08月08日 | 勉強日誌
 第五時の「法華涅槃時」は、『法華経』と『涅槃経』が説かれた時です。それらは別の経典ですが、その意味は同一であるというので、同時の経と見ます。『法華経』は六訳三存で、今日存するのは、西晋の竺法護訳『正法華経』十巻、鳩摩羅什訳『妙法蓮華経』八巻、隋の闍那崛多・達磨笈多共訳『添品法華経』七巻です。そのなかで天台宗では鳩摩羅什訳『妙法蓮華経』を用います。『涅槃経』は釈尊が涅槃に入られる直前に説かれた最後の一日一夜の説法で、北凉の曇無懺訳「大般涅槃経』四十巻(『北本』)、それを修治した『南本』三十六巻の二種類があります。機根の熟した二乗に対し、法華の会座で方便を開して真実を顕わすという開権顕実が示され、妙法が説かれました。これによって多くの衆生は救われましたが、その機を逸した者や、未熟の根性に対して、最後に『涅槃経』が説かれたのです。ここで再度、小乗より漸々の一代の教を説いて、ついに法華の極理までを示されました。これによって一切衆生が全て救済されると見るのです。これによって『涅槃経』と『法華経』の所説は同一であると見るのです。
 こうした釈尊一代に説かれた経典を五時に配するのは、今日の経典成立史とは合致しませんが、天台教判として見事な五分であると思います。この五時の説時を記憶する頌として『天台四教儀備釈』(『卍続蔵経』二・七一一頁)に、「阿含十二方等八、二十二年般若談、法華涅槃共八年、華厳最初三七日」と出ています。ただ記憶するには便利ですが、このような年限を論ずるのが五時判ではないという問題があります。それでも多くの註釈書に記されているので、覚えておくといいでしょう。
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