天上の月影

勅命のほかに領解なし

『天台四教儀』を読む(7)

2018年08月07日 | 勉強日誌
 第二時の「鹿苑の時」は『阿含経』が説かれた時です。そこで「阿含時」とも呼ばれます。『華厳経』を説いた三七日以後、釈尊は波羅捺国の鹿野苑へ出かけ、かつて修行を共にした五人の比丘のために小乗教を説かれました。それ以降およそ十二年間、諸処で小乗教の説法をされました。『華厳経』があまりに高度に過ぎ、声聞・縁覚の二乗には理解できなかったので、程度を落とし、二乗に応じて小乗教を説かれたのです。それを結集したのが『阿含経』です。それは『増一阿含』『中阿含』『雑阿含』『長阿含』の四種ですから、「四阿含」と呼んでいます。そこで「鹿苑の時〈四阿含を説く〉」といわれているのです。
 第三時の「方等時」は、「方」とは方広、「等」とは均等で、どのような機根に対しても、広く種々の法を説き、あらゆる人に等しく法益を施すという意味です。大乗の優れた点を褒め称え、小乗の浅理な点を弾斥して、恥小慕大の思いを発させ、小乗に執着する思いを恥じ、小乗の人を大乗の法へと引き入れ、信じさせて、大乗も小乗も均等に利益を与える時といいます。この時の最も代表的な経典が『維摩経』ですが、他に『思益経』『楞伽経』『楞厳三昧経』『金光明経』『勝鬘経』等がありますので、「方等の時〈維摩・思益・楞伽・楞厳三昧・金光明・勝鬘等の経を説く〉」といっているのです。なお、『無量寿経』『阿弥陀経』の浄土経典もこの方等時に収まります。
 第四時の「般若時」は、方等時の後、約二十二年間の『般若経』を説法された時期をいいます。般若とは智慧のことです。この智慧によって先の方等時において大乗・小乗の区別があると見るのは迷見であると一歩進めることができました。これを「般若の法開会」といいます。「法開会」とは、理論の上で、大乗・小乗にかかわらず、一切法は融通無碍であると説くもので、大乗・小乗の区別が無くなることが開会です。ただし般若時では「人開会」を説きません。法の上での平等を説いても、衆生の心には二乗の意識が残り、大乗の分にあらずと卑下して、自身に修すべき法ではないと思っているからです。この時に収まる経典に『大般若経』六百巻があります。この十六会ありますが、そのなか『大品般若』は第二会にあたり、『小品般若』は第四会にあたり、『文殊問般若』は第七会にあたり、『金剛般若』は第九会にあたり、『天王般若』は第十六会にあたります。また『仁王般若』は『大般若』の結経にあたります。その他、般若時の経典は甚だ多くあります。そこで「般若の時〈摩訶般若・光讃般若・金剛般若・大品般若等の諸般若経を説く〉」といっているのです。
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