思考の7割と収入の3割を旅に注ぐ旅人の日々

一般的には遊び(趣味)と見下されがちな「旅」も、人生のなかでやるべき「仕事」である、という気概で旅する旅人の主張と報告。

旅人としての現在地は確認できた、地平線会議30周年大集会

2009-11-24 03:33:09 | 他人の旅話
先週16日(月)の投稿でも薄く触れたが、先週末の21日(土)午後に東京都新宿区の牛込箪笥区民ホールで催された地平線会議(以下、地平線)の発足から30周年記念の大集会(兼今月の報告会)を観てきた。最初から最後まで7時間強すべて。

ただ、ここでその流れを詳しく触れるのは早計だし野暮なので、それが参加者各位によってきちんと綴られるはずの来月発行の地平線通信に譲ることにする。よって、(実際に行った方にしかわからない?)部分的に感想を。ここでどこまで書いてよいのかのさじ加減が難しいが、まあいいや、今回はあえて人名を明記せずに適当に以下。

まず今回の催しは、山岳専門誌の『山と溪谷』と『岳人』のそれぞれ09年12月号のなかでも告知されていたことは16日の投稿で触れたが、それ以外の媒体でも、具体的には『毎日新聞』2009年11月19日(木)東京版朝刊20面(地域面)と『朝日新聞』2009年11月20日(金)夕刊14面でも地平線の紹介と大集会の告知がされていて、いつになく宣伝活動が盛んであった。まあ今年は節目の年だからということもあるか。どちらかと言うと朝日の記事のほうが大きな扱いで地平線の過去と現在の様子がよくまとまっていると思う。

で、当日の大集会だが、基本的には4部構成で(どんな概要と出演者だったかはウェブサイトをご覧くだされ)、ここ4年は報告会を毎月聴きに行っている身としてはそんなに目新しい報告はなく、この催しのための(普段から僕のように報告会に足繁く通っていて、今回の開催も半年以上前から知っている人ではなく、主に直前の新聞告知などで訪れた一見さんのための?)ダイジェスト版のような内容だったが、でもそれでも多くの出演者(おおむね過去の報告会経験者)が同じ場所に出揃うという機会はめったにないことなので面白く、それによる議論というほどでもないけど掛け合いも見応えがあった。

その話のなか新聞記事や催しの中身で「場」や「現在地」という表現があったが、「場」については多種多様な行動者の受け皿というか止まり木というか、まあそんな多くの一風変わった個性的な旅人が好んで集まって一時的に留まったり憩うことができる場所がしぜんに形成されていって現在にも継続されている、という感じなのかな。
また「現在地」については、まあ今回も含めると367回の報告会を催すくらい人脈は豊かで縦横のつながりも深く、そうなると自分の心のおもむくままに行動してこだわっている一国一城の主ばかりが集うその「場」で自分とは大きく異なる手法や価値観を持つ人の表現や報告に触れて刺激を受ける回数も多く(ときには他者と比較や切磋琢磨もして?)、翻って自分はどうなんだ? といち旅人としての自分の立ち位置を確認できる貴重な場所でもある。

特に大集会の中身でもあったが、近年はデジタル隆盛というかネット社会化が加速した影響で、旅絡みの事象に関してもヴァーチャルな手段で情報収集と受発信が容易にできてしまうが(各種ウェブサイト、ブログ、GoogleEarthなどなど)、地平線の場合はそれも年々採り入れつつも基本的には報告会で人と人が顔を合わせて膝を突き合わせて情報を交換・共有する、とにかく一か所に集う「組織」ではない「個人の集合体」であることに重点を置いていて、毎月発行している通信も現在はウェブサイトでも読めるが紙でも発行し続けていて、そういったアナログ的な手法を30年間ずっと大切にしてきている。現在は新聞はネット上でも読めるが、まだまだ昔ながらの紙で(手触り重視で)読みたい読者も多くいる、みたいな。それがこの時代だからこそ逆に貴重で良いこと、正しいことだと僕も思っているし、そういった手間はかかる? けれどもネット社会よりもブレのないたしかな手法や雰囲気を同様に好んで吸い寄せられた物好き? ばかりが出入りするようになっているのは昔も今も変わらないようだ。

今回も、刺激はそんなに受けなかったが、いち旅人としての現在地はしっかり確認できた。地平線のような大小問わず旅や冒険・探検的行為に向かううえでの強固な「基準」があるのはとても心強い。僕はこの坩堝のなかではその歴史のまだ3分の1(10年)ほどしか知らない新参者(のつもり)だが、そのくらいの短期間でもすでに心の拠り所となっている。特に近年は国内外・近境辺境問わずの行動自体よりも、その事後に旅を文章・写真などで表現・報告する行為については、かなり頼りにして勉強させてもらっている。
7時間の長丁場で話を聴きながら、そんなことを改めて考えていた。

それと、その合間に楽器演奏を好む(プロの方も含む)有志が組んだ「品行方正楽団」による演奏が2回あった。これは5年前に同じ会場で催された300回記念大集会から引き続き活躍? していた。

また、今回の大集会のタイトルは「躍る大地平線」と銘打っているが(これはあの大ヒットドラマのパクリ、とこの催しの実行委員長氏が事前に白状していた)、「躍る」と「踊る」の解釈を同じにして、実際に「ダイナミック地平線」というダンスチームをこれまた有志で結成して踊る部分も会の最後に設けた。
これ、もうちょい詳しく触れると本ブログでも昨秋から数回触れてきた、沖縄県の平田大一さん演出の現代版組踊「肝高の阿麻和利(きむたかのあまわり)」のなかで、6、7分間だっけか、のそれに関連のある「ダイナミック琉球」という集団の踊りも披露しているのだが、それに感化された(歌や踊り好きの?)20人超の有志が大集会の舞台でぜひ踊りたい! とこの日に合わせて4か月ほど前から練習を重ねて、衣装も自作して臨んでいた。これについては僕も今年8月の東京公演で本物のほうを観ているのでその労苦もなんとなくはわかるが、この参加者に僕がよく知る野宿仲間も数人加わっていたというひいき目も取っ払っても、(寄り集まって何かやる、というのは基本的に好みそうにない?)個々人がひとつの目標に向かって合わせてゆく、という過程とその結果を垣間見るのもまた新鮮で面白かった。まあこれは実際に踊りに参加したほうがよりわかるのだろうが、鈍重な僕は膝などの身体の節々の調子が今年は特に悪いのでやめておいたけど。

という感じで、地平線的な文化祭? の雰囲気もありつつの今回の催しは、7時間という時間が短く感じたくらいに予想以上に良かった。ちなみに、出席者と運営のためのスタッフを合わせた参加者の合計は260名超だったそうで。
まあ今回は、5年前のに比べると僕の知り合いがスタッフとして多数かかわっていたというひいき目も多少はあるが、こんな消費型の、でも自分の現在地や力量をも再確認できる祭り? もたまには良いだろう、と思う。と言いつつ、僕は運営に関しては何も手伝っていなかったけど。

それから、そのあとの(大集会の豪華な出演陣もほぼ全員出席した)2次会も面白く、その場でのオークションも珍しい品ばかりで興味深かった。欲しいモノは5点あったが、2次会の参加費3000円の出費だけでも悲鳴を上げているくらい寒い財布の中身では入札にはとても割り込めず、残念無念。
でもその代わりに、地平線ならではの豪華な参加者による入札競争が見られたり、それ以外にも催しの打ち上げ的な呑み会というよりは地平線30年分の同窓会のような雰囲気を観ているだけでも楽しかった。関東圏以外在住で、この特別な日のために久々に上京していた人も多数いて、会場の大部屋のあちこちで盛り上がっていたな。えっ、あの人とこの人のツーショットが見られるなんて! そんな話は初めて聞いた! とか、僕個人的にはそんな人材豊富な地平線のつながりの深さを見聞きして眺めているだけでひとりで勝手に盛り上がり、感涙モノの場であった。
僕もその話にもっと加わるべきだったが、それらの光景を観るだけでも感無量で、行動者としてはまだまだひよっ子の僕が混じるなんて畏れ多かった。今後はもっとその輪に深く斬り込めるくらいに行動者としてもっと精進しなければ、と意を新たにした。まあ、これからですよ。
だから今回は、その豪華絢爛な光景をアテとして眺めながらビールとつまみの残飯を片付ける、という感じだった。

そのあと、日付変わって22日(日)に3次会と(当然帰宅できない深夜なので)近所の公園での野宿も経て、僕個人的にはその朝9時頃まで、風邪で体調不良にもかかわらず最後まで参加して、大集会の余韻を味わった。

来月からはまた元に戻って通常運営か。今後、自分も周りも含めて、地平線に対する取り組み方で何かしらの変化があるのかしら。すでにここ数年、人材面では年齢的には僕と同年代か若い世代の「若手」の流入が盛んになってきていて(まあ地平線の場合、日常の人生経験よりは非日常の行動ありきの集まりなのでトシの差はあまり関係なく、老若男女問わず物好きばかりが吸い寄せられているけど)、世代交代とまではいかないが30年前から地平線にかかわっている重鎮の方々からするとかなり見違えた雰囲気になっているようで、今後もその傾向は進むのか進まないのか。
この先も目が離せない坩堝である。
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