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沖縄タイムス 名護市長選挙 反省

2018-02-10 | Weblog

慢心、徹底、若者… そして沖縄県知事選への影響は? 取材記者が振り返る名護市長選 [沖縄タイムス]
2018年2月6日

『任期満了に伴う名護市長選は、新人で前市議の渡具知武豊氏が現職で3期目を目指した稲嶺進氏を3458票差で破り、初当選した。沖縄県名護市辺野古の新基地建設問題に対する両候補者のスタンスの違いが与えた影響や政策、選挙戦術の比較のほか、辺野古問題や県知事選の展望などを選挙取材に関わった記者が話し合った。
<慢心> 稲嶺氏側 外人部隊に引く市民
-知名度、実績から優位とみられた現職が敗れた。
A 特に序盤は集票の最前線に立つべき名護市議の動きが鈍かった。昨年12月に危機感を募らせた知事らが開いた会議で、国会議員から「必死さが足りない」とげきが飛んでいた。
B 稲嶺氏側の関係者は3日攻防初日に「20年前の市民投票で移設反対派が勝利した後、市長選で負けた時と似た空気。『勝てるはず』という慢心が出ている」と危機感を持っていた。
C 全国から稲嶺氏の支援に来た「外人部隊」が市内中で運動し、市民が引いてしまうこともあった。
D 県外の共産党支持者が多くを占め、「なぜ外から来た人が沖縄の選挙をするのか」と批判された。
E 渡具知氏側も「稲嶺氏側の外人部隊が増えれば増えるほどありがたい。有利になる」と言っていた。
F 民間のパンダ誘致計画は実現性が高いらしいが、稲嶺氏の政策で突然出てきたことで「選挙利用」「不真面目」という印象を受けた市民もいたようだ。
<徹底> 渡具知氏側の組織力
-一方、渡具知氏側の選挙戦術はどうだったか。
G 自民党本部や政府は候補者の差し替えを模索するなど、渡具知氏では厳しいとみていたが、自民関係者は昨秋、「どんな候補でも勝負にするのが自民党」と言い切った。そこからの市政奪還は正直に驚いた。
A 政策発表会見では自民党関係者が事前に「基地問題以外の質問もしてほしい」と呼び掛けるなど、神経をとがらせていた。
F 県内の市議が宇茂佐地区などの新興住宅地で一軒一軒回り、多くて4度訪問したらしい。法定ビラを刷ったら150人体制でその日のうちに配り終わるほどの組織力だった。
H 名護市内の公明党支持者が「他党の推薦候補に対し、これだけ連日、公明支持者宅を訪問するのは初めて」ともらすほど、公明党も集票を徹底していた。
G 終盤、2度名護に入って勝利ムードを盛り上げた自民の小泉進次郎氏に匹敵する国政野党の有名議員が稲嶺氏側にいなかった。知名度が高い立憲民主党の枝野幸男代表の名護入りはなく、ツイッターでは「♯枝野行け」と、応援で名護に入るよう求めるコメントが多くつぶやかれていた。
<若者> 渡具知選対の人柄アピール、好印象
-18歳選挙権の影響は。
E 渡具知氏の娘が高校3年生で影響は大きかったと思う。友達の親が立候補したら応援するだろう。
I 渡具知選対は告示前からツイッターやインスタグラムで家族やネコなどプライベートな写真を投稿し、若い有権者に人柄をアピールしていた。
A 渡具知氏支持の若者が「稲嶺さんもかわいそう。重荷を下ろさせよう」とLINEで訴えていた。柔らかいトーンは対立や批判合戦など古い政治のイメージがなく、若者に効果的に響いたのではないか。
<今後> 知事の戦略、見直し必至
-選挙の意味や、辺野古問題や知事選への影響は。
J 県幹部は「知事の辺野古反対の大義がなくなる」と危機感を強めていた。県庁内では、新基地建設に反対する戦略の練り直しは必至との見方が強い。
A 本土では「名護も新基地を容認した」という意図的な宣伝が広がるだろう。渡具知氏が基地問題を語らなかったこと、世論調査で市民の3分の2が新基地反対だったことを事実として伝えていく必要がある。
K 渡具知氏が公開討論会への出席を拒否し続けたことや辺野古問題に触れない「争点隠し」、両氏による相手候補批判の虚実についても、報道機関としてどれだけ幅広い世代に伝えられたか、課題も残る。
F 知事選でも争点を隠し、政府・与党と一体となり経済振興を訴える候補が出てくるのは間違いない。
G 辺野古の工事を止める権限がある知事を選ぶ選挙で、公明県本が辺野古反対のまま、自民と手を組むのは整合性が問われる。
H 日本のわずか1%強の人口の沖縄の、さらに0・2%にも満たない人たちが住む辺野古に基地やその賛否を押し付ける構図のいびつさは、今後も伝え続けなければいけない。
【座談会出席者】北部報道部・阿部岳、又吉嘉例、城間陽介、山田優介、政経部・福元大輔、伊集竜太郎、銘苅一哲、大野亨恭、社会部・新崎哲史、篠原知恵』

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沖縄県 南城市長選

2018-01-10 | Weblog

今、2月に投票がある名護市長選の影で表沙汰になっていませんが、1月21日に投開票される「南城市長選」がとんでもないことになっています。

以前から、輝く南城市職員や観光協会のみなさん、そして古謝景春市長の手腕によって、全国でも稀に見る発展を遂げたことをご報告してきました。

その評価もあり、古謝市長は、那覇市長以外で初めてとなる「全国市長会」副会長に選出され、精力的に激務をこなされている沖縄の顔です。

また、あの!沖縄水産の空手部主将という経歴が示す通り、弱きを助け、影の功労を見つけ労う非常に尊敬する市長です。沖縄の政治家のほとんどが、ビビる沖縄タイムスや琉球新報に対しても、怯むことなく、Facebook上で市民や県民と対話し、オカシイことはオカシイ!と指摘することから、極左集団には、「ネトウヨ市長」と呼ばれています。

そんな元気な南城市で、保育園の民営化や市庁舎の合併と移転を進めてきましたが、毎回、「ウソ」を垂れ流して妨害してきた一派が、市長選で対抗馬を立てました。

しかも、昨年暮れには、市長選も始まっていないのに、#琉球新報 と #沖縄タイムス を使って、デマを散りばめた「怪文書」を朝刊に折り込んだのです。絶対に許せない行為!

内容は、市長が自分の身内(支援者)だけを重用し、市政を「私物化」しているというトンデモナイもの。建設的な議論(批判)に終始していれば納得しますが、市民の疑念や不安を煽る極左特有のアジビラに怒り心頭です!

このビラを作成したのは、#宮城康博 という人物。名護市の元市議会議員でしたが、自分の嫁を捨てて、政治活動で知り合った琉球新報の若い記者と駆け落ちしたとんでもない活動家。

辺野古の海上でも卑怯な妨害活動に従事し、警備をする海保を一方的に中傷する有名な極左暴力活動家。

せっかくの文才があり、民衆を扇動する力があるのに、なんの根拠もなく、僕についてもボロクソに書くほど、冷静さや緻密さを欠き、どんな卑怯な手を使ってでも、「平和な社会」を破壊しようとする「沖縄の敵」です!

僕もこれまで黙っていましたが、もう許しません!

古謝市長は、これまで相手陣営の誹謗中傷に耐えて、挑発に乗らず、正当な発信を続けてきましたが、「無抵抗」な相手を一方的にイジメるやり方はあまりにも「人道」つまり「人の道」に反しているので、古謝市長と違って、下品で血気盛んな僕が告発させて頂きます。

身内の新聞記者と組んで、裏工作する輩は、この沖縄の「破壊」しか考えていません。明るい平和な未来なんて考えたこともないアナーキストです。

新しい「ファシズム」は、「反ファシズム」を唱えながらやってきます。「戦争屋」は、「平和」を唱えながらやってくるように。

友人の皆様に強くお願いしたい。
古謝市長は、前回無投票当選だったので、選対は8年選挙をしていません。
しかも、前回市長が応援した島尻安伊子参議院議員も選挙区を落としています。

南城市の方に聞くと、「古謝市長は大丈夫よ」とかなり油断しています。この8年間の実績は輝かしいものでも、デマは浸透していくものです。不平不満の種は、巧妙に人の心の隙間に侵入してきます。

絶対にそれを許してはいけません!
どうか皆様、この宮城康博が好き放題できないようにみんなで監視し、この沖縄を守りましょう!

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憲法九条が、あるのに

2017-11-13 | Weblog

シベリア抑留
確認済みの死者は25万4千人、行方不明・推定死亡者は9万3千名で、事実上、約34万人の日本人が死亡したという。
日本の厚生労働省は2017年(平成29年)現在でも、ロシア連邦などから提供された資料を基に、旧ソ連や満州で死亡して新たに判明した日本人の氏名などの名簿更新を続けている。


李承晩ライン
建国されたばかりの韓国が海洋資源の独占、領土拡張を目的とした[要出典]ものであり、サンフランシスコ平和条約の発効によって廃止されることが目前に迫っていたマッカーサー・ラインの代わりに独断で公海上に突如設定した排他的経済水域。
日韓基本条約締結の際の日韓漁業協定の成立(1965年〈昭和40年〉)により、ラインが廃止されるまでの13年間に、韓国による日本人抑留者は3,929人、拿捕された船舶数は328隻、死傷者は44人を数えた[5]。抑留者は6畳ほどの板の間に30人も押し込まれ、僅かな食料と30人がおけ1杯の水で1日を過ごさなければならないなどの劣悪な抑留生活を強いられた。共産主義者だとわかると抑留期間も数年間におよんだ。

在日韓国・朝鮮人の事件年表
1945年(昭和20年)
8月30日 名古屋少年匕首殺害事件、路上で少年3人が脅迫されて金銭を奪われ、匕首で切り付けられて1人死亡、1人負傷、犯人は拘置所から脱獄、韓国に逃亡
10月22日 大阿仁村事件、秋田県の栗林に侵入し村人と乱闘
12月
24日 生田警察署襲撃事件(第1回)拳銃強盗事件にからんで50名を超える朝鮮人の暴徒が襲撃、連合国軍が暴動を鎮圧
29日 直江津駅リンチ殺人事件、朝鮮人3人組が列車の窓ガラスを叩き割り無理やり乗車しようとし、それを阻んだ乗客にパイプやスコップ等で集団暴行し殺害、朝鮮人3人組は逮捕されたが程なく逃走
1946年(昭和21年)
1月
3日 - 富坂警察署襲撃事件、トラック2台に乗った朝鮮人約80人が署内に乱入、警官に暴行し、連続拳銃強盗事件の容疑者を連れ出し逃走
9日 - 生田警察署襲撃事件(第2回)30-40人の朝鮮人が、検挙された賭博団の奪還を目的に署内に侵入、進駐軍の協力を得て鎮圧
24日 - 七条警察署襲撃事件、ヤミ米捜査を巡って警察に押しかけ、さらに京都駅前で朝鮮人約700人が的屋・博徒と大乱闘
5月
4日 - 日光中宮祠事件、旅館の帳場に盗みに入ったところを旅館経営者の家族に発見され、包丁で一家6人を刺殺、現金と小切手などを奪い放火
13日 - 長崎警察署襲撃事件、闇市を取り締まった警察に対し朝鮮人や中国人など約200人が包囲・襲撃、警官1人死亡、10人重軽傷
6月9日 - 七条警察署巡査殺害事件、京都で職務質問をしようとした巡査を射殺、朝鮮人5人逮捕
7月23日 - 東条村強盗事件、長野県で4人組強盗団が捜査中の警官を拳銃で射殺
8月
中京私設警察事件、在日本朝鮮人連盟中京支部の「座敷牢」に男性を監禁、拷問した
5日 - 富山駅前派出所襲撃事件、闇米の取り締まりで朝鮮人と警察が大乱闘
29日 - 一勝地村農家6人殺害事件、熊本県で発生した強盗殺人放火事件
9月
22日 - 坂町事件、ヤミ米の取締を行っていた警官に集団暴行
29日 - 新潟日報社襲撃事件、坂町事件を報じたことに対し新聞社を襲撃
12月20日 首相官邸デモ事件、デモ隊が首相官邸に侵入、アメリカ軍憲兵隊が出動して解散させた
1947年(昭和22年)
3月15日 - 百田駐在所巡査殉職事件、山梨県で刑事を名乗る男が拳銃で巡査を射殺
6月23日 - 神奈川税務署員殉職事件、密造酒を取り締っていた税務署員を集団暴行殺人
9月10日 - 津別事件、北海道で朝鮮人が祭の露店を荒らし、的屋と対立、乱闘
10月20日 - 尾花沢派出所襲撃事件、山形県でヤミ米摘発に反発し派出所襲撃
11月4日 - 池袋診療所強盗殺人事件
1948年(昭和23年)
春 - 会津破蔵事件、朝鮮人窃盗団による連続窃盗事件
4月
浜松事件 (抗争事件)、闇市をめぐって朝鮮人、的屋、浜松市警が抗争、銃撃戦となりMPが出動
23-26日 - 阪神教育事件(朝鮮人学校事件)、朝鮮学校閉鎖令に反対して大阪府庁や兵庫県庁を暴力で占拠、アメリカ軍も出動、非常事態宣言
6月23日 - 五所川原抗争事件、小学校の運動会での喧嘩がもとになって、香具師と朝鮮人が乱闘
10月12日 - 評定河原事件、仙台で北朝鮮国旗を持った一団がデモ行進し、米軍憲兵隊が6人検挙
12月9日 - 宇部事件、逮捕された朝鮮人を奪還しようとして警察と衝突
末頃より - ワ号事件 (連続窃盗事件)、朝鮮人窃盗団約60人による連続窃盗事件
1949年(昭和24年)
1月25日 - 益田事件、密輸の摘発を巡って約200名が警察署に押しかけ、警察官と乱闘、48名検挙
4月
6-13日 - 枝川事件、窃盗犯を逮捕しようとした警察と衝突
7-11日 - 高田ドブロク事件、新潟県で密造酒の取締りで朝鮮人が警察と対立、12人検挙
6月
2日 - 本郷事件、福井県で朝鮮人地区の地図作成に抗議し朝鮮人70人が派出所を占拠し警官に暴行
30日 - 平事件、福島県平市の警察署に乱入し占拠、警官に暴行、231人を騒擾罪で検挙
7月 塩釜事件、朝連と民団の構想を巡って警察とも紛争
8月19-20日 - 下関事件 (騒乱)、朝連と民団が乱闘、構成員の自宅を襲撃、略奪
9月
13日 - 関東朝鮮人強盗団事件、強盗殺人1件、強盗45件、窃盗861件、260人検挙
20日 - 武生事件、福井県で裁判所と検察庁の支部が放火され全焼
1950年(昭和25年)
3月20日 - 台東会館事件、在日本朝鮮人連盟が「暴力主義的団体」として解散を命じられ、台東支部があった台東会館を接収しようとしたが、妨害を受け朝鮮人119人検挙
8月15日 - 連島町事件、岡山県で約700名の朝鮮人が集会を強行し警察と乱闘、警官15名負傷、8名検挙
11月20-27日 - 長田区役所襲撃事件、朝鮮人が税免除などを要求して区役所を襲撃、20日30人逮捕、24日26人逮捕、27日179人逮捕
12月1日 - 大津地方検察庁襲撃事件、勾留中の同志の釈放を要求し検察庁に突入、暴徒化、43人逮捕
1951年(昭和26年)
1月23日 - 四日市事件、朝連四日市支部接収の妨害、暴動、15名検挙
3月
7日 - 王子朝鮮人学校事件、警察の捜査を「不当弾圧」だとして衝突、警官28人が重軽傷
21日 - 浅草米兵暴行事件、アメリカ軍兵士1人死亡、1人重傷、2人軽傷
6月13日 - 神奈川朝鮮人学校事件、朝鮮人学校の運動会をきっかけに横浜駅前で500人が暴動、28人検挙
10月
18日 - 日野事件、滋賀県で違法デモ隊が警官隊に襲い掛かり拳銃を奪う、20人検挙
22日 - 下里村役場集団恐喝事件、兵庫県で朝鮮人約200名が村役場に押しかけ暴行脅迫恐喝、15名検挙
11月21日 - 福岡事件
12月
1日 - 東成警察署襲撃事件、泥酔し保護された男性が死亡した事を、警官のリンチ殺人だとデマを流し、署内に突入しようとして3人逮捕
3日 - 半田・一宮事件
16日 - 親子爆弾事件、大阪で事故死した朝鮮人の慰霊祭をきっかけに、クラスター爆弾の工場を襲撃、集団暴行
1952年(昭和27年)
2月
21日-23日 - 木造地区警察署襲撃事件、青森県で傷害容疑で朝鮮人2名を逮捕した事に対し即時釈放を要求し警察署襲撃
28日 - 姫路事件
3月
多奈川町事件、大阪で密造酒の取締りで朝鮮人が警察と対立、27名逮捕
1日 - 八坂神社事件
13日 - 宇治事件
4月
24日~5月30日 - 岡山事件、阪神教育事件の記念日である4月24日に朝鮮人約200名が岡山市役所へ岡山市公安条例に違反する無届デモを敢行し岡山市警が制止しようとしたところ、旗ザオに見せかけた竹槍で警察官2名を刺したうえにプロムアセトン(催涙ガス)入りの瓶を投げつけたり投石したため乱闘になり8名を検挙した。
5月
1日 - 血のメーデー事件、皇居外苑で警察部隊と衝突
8日 - 上郡事件
13日 - 広島地裁被疑者奪回事件、閉廷直前に傍聴席の朝鮮人約200人が被疑者と傍聴者を分ける柵を乗り越え、放火の被疑者朝鮮人4人を奪還
25-26日 - 高田事件 (法学)、名古屋各所で同時多発事件、派出所や米軍宿舎などに火炎瓶を投げ込む
25日-30日 - 桜井町事件、奈良県で暴行傷害で逮捕された朝鮮人の即時釈放を要求して警察と衝突
30日 - 大梶南事件、仙台で民団系と民戦系が抗争
31日 - 奈良警察官宅襲撃事件、巡査の自宅に約10名の朝鮮人が覆面姿で押しかけ、父親を暴行し意識不明の重体にして窓ガラスや障子を破壊して逃走
6月
5日 - 万来町事件、山口県で、派出所を襲撃、工場に乱入
10日 - 島津三条工場事件、京都で祖国防衛隊 (在日朝鮮人団体)約50人が工場に押しかけアジ演説、警察が逮捕して護送中にパトカーに火炎瓶を投げ込む
13日 - 醒井事件、滋賀県で民団系と民戦系の対立を巡って、被疑者の逮捕を妨害して大乱闘
24 - 葺合・長田事件
24-25日 - 吹田事件、デモ隊が火炎瓶や石を投げて暴徒化、111人が騒擾罪で起訴
24-25日 - 枚方事件、工場を時限爆弾で爆破、人違いで火炎瓶で一般家屋に放火、98人検挙
7月
7日 - 大須事件、共産党と朝鮮人の祖国防衛隊が火炎瓶攻撃、騒乱罪
相馬ヶ原駐屯地事件、祖国防衛隊 (在日朝鮮人団体)の軍事工作班が警察予備隊駐屯地の爆破を計画
11月
11日 - 大村収容所事件、入国管理庁の入国者収容所で、韓国から送り返されてきた逆送還者の即時釈放を要求し暴動
19日 - 五所川原税務署襲撃事件、密造酒摘発に反発して税務署襲撃
21日 - 川辺村強盗殺人事件、長野県で薬用人参を盗もうとしていたところに通りがかった被害者を強盗殺人
1953年(昭和28年)
2月19日 - 別府市警察署事件、逮捕された男性の死亡をリンチ殺人だと決め付け警官隊と衝突
1955年(昭和30年)
12月19日 - 上十条二丁目交番爆破事件、工事現場から盗んだダイナマイトを交番に投げ込み警官2人が重傷

連続企業爆破事件
企業への爆破
1974年8月30日 - 「狼」班による三菱重工ビル(現 丸の内二丁目ビル)爆破(三菱重工爆破事件)。8名が死亡、385人が重軽傷。
同年10月14日 - 「大地の牙」班による物産館(三井物産本社屋)爆破(三井物産爆破事件)。17人が重軽傷。
同年11月25日 - 「狼」班による帝人中央研究所爆発(帝人中央研究所爆破事件)。
同年12月10日 - 「大地の牙」班による大成建設本社爆破(大成建設爆破事件)。9人が重軽傷。
同年12月23日 - 「さそり」班による鹿島建設資材置場爆破(鹿島建設爆破事件)。
1975年2月28日 - 三班合同による間組本社ビルと同社大宮工場爆破(間組爆破事件)。5人が負傷。
同年4月19日 - 「大地の牙」班によるオリエンタルメタル社・韓国産業経済研究所爆破(オリエンタルメタル社・韓産研爆破事件)。
同年4月28日 - 「さそり」班による間組京成江戸川作業所爆破(間組爆破事件)。1人が重傷。
同年5月4日 - 「さそり」班による間組京成江戸川橋鉄橋工事現場爆破(間組爆破事件)。

繰り返される拿捕事件と北方領土問題
平成十九年十二月現在まで、だ捕された漁船数は千三百二隻、だ捕された人員は延べ九千二十三人(北海道庁発表)。ロシア国境警備隊によりだ捕された船員は全員越調べを受け、船長らは短くて三ヵ月、長くて四年も抑留される。船体、漁具等は全て取り上げられる事が多い。漁船員の家族は働き手を失い、苦しい生活を強いられるのである。

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記憶として-父・昭司-

2017-09-11 | Weblog


9月7日20時30分に退社。帰宅を、急ぐため貸し自転車で、駅まで急ぐ。すぐに降りだした雨は、大粒になり勢いを増した。何かを伝えるように。
ずぶ濡れのまま帰宅。家に帰ると、父の咳が、ひどい。飲み物を与えるなど素人の看病。先日、契約したばかりの深夜にも対応してくれる訪問看護所へ連絡。対処を伺う。
少し落ち着いたので仮眠。
深夜、父のうめく声で再度看病。請われるままに、オプソ剤10mg服用。それでも苦しんでいる。先ほどの訪問看護所へ連絡。訪問看護を依頼。数分で来てくれる。適切な看護をしながら、入院の検討対応をしてくれる。
現在の主治医は、往診の医師。深夜にも関わらず看護師からの電話を受けて救急車要請の判断をしてくれる。
いつか学んだ、救急車要請の電話応答を思い出しながら消防署へ電話する。数分の電話の途中でもう救急車が発車した事を告げられる。
父が、救急車を嫌がったのはサイレンの音。その旨を告げると家の近所で手を振ってくれたのをみつければサイレンを切ってくれるとの事。近づくサイレンに向って携帯のライトを振る。静まる町並み。
狭い道なのにテキパキと対応してくれる救急隊員。父をタンカに抱え、私と父を乗せ救急車にのせ病院へ急いでくれる。
数分で入院。記入を要求される数枚の書類の記入にイラツキながら、医師の診断を聞く。数日の命の終わりの診断。
それでもと祈りながら病室へ。
わずか数人の看護婦しか働いていない明け方の病棟。担当の看護師が、精一杯の対応をしてくれる。
朝を迎え担当医師が、来てくれてレントゲンとCTの指示。看護士数人に囲まれ検査へ向う父。
午前10時過ぎ夜勤を終えた長男が運転する車を頼み一度帰宅。印鑑の必要な書類に押印し、再び病院へ。
口と鼻を覆うタイプの酸素吸入機が、気に入らないのかすぐにずらす父。それでも5を示す数値の酸素吸入は、まだ軽い状態だった頃の1〜3のように鼻から吸うタイプでは、鼻が痛くなるとの事。

少し苦痛がおこるとオプソ内服液を求める父。服用後は、痛み止めが効くのか朦朧とする父。それでもまだ少しでもという思いがあるのか、ベットの上体をぎりぎりまで起こし(ほぼ直角)そこから、ベッド横の柵をつかみ自分の上体を起こす→ベッドにもたれる→自分の上体を起こすを繰り返す。見かねて立ったまま背中を支える。痩せた身体の骨が、手のひらにくい込むのが、悲しくて。
11時過ぎ、担当医に呼ばれて現在の状況、対処療法を丁寧に教えてくれる。
レントゲン、CTの画像をわかりやすく説明しながら「もって1週間」の言葉を、再度告知される。
正午前より早々の処置療法開始。苦痛をやわらげるオプソ内服液を直接腹部から微量づつ点滴のように接種する緩和処置療法。併せて食事のとれなくなったために、栄養補給の点滴。肺の炎症を抑える抗生物質の点滴。心電図を図る心臓周りの数本のチューブ。血圧を、指先で図る端末は、指先にくい込んで痛いのか、何度つけてもはずす父。父の身体をいくつもの線が、取り囲む。

腹部からオプソ内服液を取り入れる緩和処置療法が、効かないのか、経口薬を何度も求める父。緩和処置療法を説明し投入量を微量増やす。

緩和処置療法が、効いてきたのか、朦朧と半目を開けての睡眠が繰り返される。
看護師が看護する度にベッドの角度が、少しづつ倒されて行く。

どうしても、その日日程の関係でどうしても印刷発注したいデータが、あり夕方孫である長男、次男と看護を、代わってもらう。

一時、帰宅。妻に経過報告後、PCの前へ。小一時間後の作業の後。再び病院へ。

長男は、落ち着いて祖父の様子を看取っていた。一番ガタイの大きな次男が幼い子どものように祖父の様子に泣き崩れている。

息子たちは、引き続き看取りを希望するが、次男を落ち着かせる為に長男に次男を連れ出させる。

夕方より再び呼吸困難。タンが、固く切れずに呼吸音が濁ってくる。
タンの吸入を何度も看護師に依頼。

何度も何度も定期的に様子を見に来る緩和ケアの主治医。数人の看護師の優しい看護。

21時、タンをやわらかくする薬剤の投入。少しだけ呼吸音がやすらぐ。

22時消灯時間。心残りながら無事を信じて一旦帰宅。

9月9日深夜1時過ぎ携帯へ電話。臨終の連絡。家族は、全員起きて指示を待つ。次男は単車で私は、自転車で、長男と妻は車で病院へ、閉じられた扉にいらつきながら病室へ案内される。

看護師の経過報告。既に息は、していなかった。医師による死亡宣告。9月9日1時35分。

葬儀会社の選定・決定。3時30分葬儀会社の寝台車着。4時最後の帰宅。

 

※オプソ内服液---がん性疼痛を抑えるために使用されるモルヒネの液剤の商品名

 

 

 

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<国連報告書>ボコ・ハラムが子供3900人殺害 4年間で

2017-05-06 | Weblog

毎日新聞 5/5(金) 20:00配信


 国連は4日、ナイジェリア北東部を拠点とするイスラム過激派ボコ・ハラムが2013年1月からの4年間で、少なくとも子供3900人を殺害したとする報告書を発表した。ガンバ事務総長特別代表は「ボコ・ハラムは自爆テロに子供を利用するなど、言葉にならないほどの恐怖を与えている」と批判した。

 報告書によると、ボコ・ハラムはナイジェリアのほか、カメルーン、チャド、ニジェールで自爆テロや学校襲撃を繰り返し、子供を死傷させている。重傷を負った子供はこの4年間で少なくとも7300人に上る。また、誘拐するなどした子供90人に自爆テロを強要した。テロを強要された子供の大半は女児だったという。

 ボコ・ハラムは02年にナイジェリア北東部で結成され、キリスト教徒が人口の半数を占める同国のイスラム化を目指しテロを活発化。14年には北東部チボクの学校から約270人の女子生徒を拉致した。【松井聡】

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31stAcoustic's

2017-05-02 | Weblog

明日から始まる第46回中之島まつりの31stAcoustic'sの準備をしてきました。
以下業務連絡
1.毎日音響機材の搬入を行っています。来れる方は、8時30分市役所御堂筋側に機材車(井口車)が、来ますので搬入のご協力をお願いします。(少しでも遅れれば、やくたたずです)

2.出演される方は、出演の1時間前には、ご来場していただき受付をしてください。申し訳ありませんが、参加カンパ一人500円以上をいただいています。(未成年は、無料)

3.リハ-サルは、ありません。1曲目に井上の好みの音を探りながら作っていきます。リクエストが、あれば隙間をみてご相談ください。
セッティングや曲へのリクエストなど紙に書いてきていただくと助かります。

4.物販自由です。販売のお手伝いもします。CDなど持ってきてください。チラシ等もどうぞ。オリジナルのTシャツは、黒L.M ピンクS各1,500円在庫のみです。

5.解散は、自由です。演奏が、終わって帰られてもけっこうです。でも、素敵なアーティストさん、たくさん出ます。ぜひLive後の打ち上げまでご参加ください。交流を深めたい方どうぞ!

6.Keep on smile. We love peace & music.が合い言葉です。笑顔の絶えない、いいイベントにしましょう。よろしくお願いします。
会場は、大阪市役所南側階段前です。

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31th Acoustics

2017-04-20 | Weblog

昨夜第46回中之島まつりの全体会議に参加してきました

全体的な企画の中身や時間の確認(...)レンタル品の借り受け/返却、ゴミの処理やイベント開催時の安全の遵守などの全体会議が、行われました。その後エリアごとの確認などを行ったのですが、最後に発言したのが、「あくまでも市民まつりですから、明るく楽しいイベントにしましょうね」の一言だった。

わしが、言うのもなんだけど、みおつくしプロムナードに集まる団体は、主張の強い団体が多く、ちょっと意見の語調の厳しいところもあって、でも気持ちは、わかるだけに止めることも躊躇してしまう。東アジアが、緊張している今、今年はさらに厳しい論調が、叫ばれるのかと心配してしまう。

「Keep on smile」笑顔をキープして... 2年前からオリジナルTシャツに入れた言葉。中之島まつりで、何より素敵なのは、参加されている方の素敵な笑顔だ。御堂筋からの入り口のウエルカムステージとしてのステージを意識してきた。初期の頃は、自分たちの音楽を伝えたいということだけだったけど、音響をしながら見えてきたのは、新緑の木々と青空そして御堂筋から入ってきてどんな楽しいまつりなんだろうと期待する友達や来場者の素敵な笑だった。この笑顔に会うためにAcousticsを続けてきたんだと思う。
その笑顔に応える笑顔を、保ち続けたいと思う。

現実から、逃げたり批判しているのではない。ただ心にもう少し余裕をもって真摯な言葉で伝えてほしいなと願うのです。

5月3.4.5日第46回中之島まつり。Acousticsは、今年も大阪市役所南側階段前で素敵な音楽を伝えたいと思っています。

Keep on smile. We love peace & music Acoustics.

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<相模原殺傷>消防の隊員「あまりに悲惨な状況に絶句」

2016-07-27 | Weblog

事件があった津久井やまゆり園の周辺には多くの緊急車両が止まっていた=相模原市緑区で2016年7月26日午前6時40分、長谷川直亮撮影

 26日、入所者19人が死亡、26人が重軽傷を負った相模原市緑区千木良の知的障害者施設「津久井やまゆり園」。事件現場となった津久井やまゆり園で救急救命活動に当たった相模原市消防局の隊員たちが26日夕、記者会見して現場の惨状を明らかにした。

【現場の様子を写真で】

 市消防局は午前3時ごろ、県警津久井署からの連絡を受け指揮隊、消防隊、救急隊、救助隊の8人がまず出動した。この時は「負傷者3人」との情報しかなかった。隊員は約20分後、現場に到着し津久井署員と合流した。

 「人命が最優先」。隊員は細心の注意を払いながら、敷地内に足を踏み入れた。屋外に入所者の姿は見当たらなかった。入所者の部屋がある西棟1階から施設に入ることを決断した。薄暗い明かりが足元を照らす廊下には血痕があり、複数犯行説も捨てきれない中、隊員は施設職員の案内で廊下を進んだ。

 うずくまって震える人、かがんで身動きすらできない人、「助けてくれ」と訴える人が目に入る。隊員は施設職員の協力を得て、負傷の度合いに応じ治療の緊急性を判断する「トリアージ」をした。

 入所者の部屋は更に凄惨(せいさん)だった。ベッドに倒れ込んで動かない入所者は既に心肺停止の状態だった。傷は頭、首、肩などの上半身に集中していた。消防隊の小泉伸二警備主幹は「心づもりができているつもりだったが、あまりに悲惨な状況に絶句した。隊員の安全も考えながら無我夢中の活動だった」と明かした。

 20~50代の男女4人が搬送された東京医科大学八王子医療センター(東京都八王子市)の新井隆男・救命救急センター長によると、全員が血まみれで、うめき声を上げている人もいた。4人とも首を刺され、傷が深さ4~5センチに達していた人もいた。新井センター長は「首ばかりを狙ったのか。強い(殺害の)意図があるとの印象を持った」と語った。【長真一】
毎日新聞 7月26日(火)21時20分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160726-00000112-mai-soci

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SACO最終報告

2016-07-20 | Weblog

物事には、段階がある。当時の緊張する中東情勢そして中共の東シナ海・南シナ海への侵略を考えると米軍基地の返還も一気にとは、行かない。平成8年から始まった米軍基地の縮小プログラム「沖縄に関する特別行動委員会(SACO)」。目標は、1年でできたはずなのに、18年たった今も反対運動により到達できていない。

http://www.mod.go.jp/j/approach/zaibeigun/okinawa/saco_final/saisyuu.html

 

普天間飛行場に関するSACO最終報告(仮訳)

池田外務大臣、久間防衛庁長官、ペリー国防長官、モンデール駐日大使
平成8年12月2日

 沖縄に関する特別行動委員会(SACO)は、平成7年11月に、日本国政府及び米国政府によって設置された。両国政府は、沖縄県民の負担を軽減し、それによリ日米同盟関係を強化するために、SACOのプロセスに着手した。

 この共同の努力に着手するに当たり、SACOのプロセスの付託事項及び指針が日米両国政府により定められた。すなわち、日米双方は、日米安全保障条約及び関連取極の下におけるそれぞれの義務との両立を図りつつ、沖縄県における米軍の施設及び区域を整理、統合、縮小し、また、沖縄県における米軍の運用の方法を調整する方策について、SACOが日米安全保障協議委員会(SCC)に対し勧告を作成することを決定した。このようなSACOの作業は、1年で完了するものとされた。

 平成8年4月15日に開催されたSCCは、いくつかの重要なイニシアティブを含むSACO中間報告を承認し、SACOに対し、平成8年11月までに具体的な実施スケジュールを付した計画を完成し、勧告するよう指示した。

 SACOは、日米合同委員会とともに、一連の集中的かつ綿密な協議を行い、中間報告に盛り込まれた勧告を実施するための具体的な計画及び措置をとりまとめた。

 本日、SCCにおいて、池田大臣、久間長官、ペリー長官及びモンデール大使は、このSACO最終報告を承認した。この最終報告に盛り込まれた計画及び措置は、実施されれば、沖縄県の地域社会に対する米軍活動の影響を軽減することとなろう。同時に、これらの措置は、安全及び部隊の防護の必要性に応えつつ、在日米軍の能力及び即応態勢を十分に維持することとなろう。沖縄県における米軍の施設及び区域の総面積(共同使用の施設及び区域を除く。)の約21パーセント(約5,002ヘクタール)が返還される。

 SCCの構成員は、このSACO最終報告を承認するにあたり、一年間にわたるSACOのプロセスの成功裡の結実を歓迎し、また、SACO最終報告の計画及び措置の着実かつ迅速な実施を確保するために共同の努力を継続するとの堅い決意を強調した。このような理解の下、SCCは、各案件を実現するための具体的な条件を取り扱う実施段階における両国間の主たる調整の場として、日米合同委員会を指定した。地域社会との所要の調整が行われる。

 また、SCCは、米軍の存在及び地位に関連する諸問題に対応し、米軍と日本の地域社会との間の相互理解を深めるために、あらゆる努力を行うとの両国政府のコミットメントを再確認した。これに関連して、SCCは、主として日米合同委員会における調整を通じ、これらの目的のための努力を継続すべきことに合意した。

 SCCの構成員は、SCC自体と日米安全保障高級事務レベル協議(SSC)が、前記の日米合同委員会における調整を監督し、適宜指針を与えることに合意した。また、SCCは、SSCに対し、最重要課題のーつとして沖縄に関連する問題に真剣に取り組み、この課題につき定期的にSCCに報告するよう指示した。

 平成8年4月の日米安全保障共同宣言に従い、SCCは、国際情勢、防衛政策及び軍事態勢についての緊密な協議、両国間の政策調整並びにより平和的で安定的なアジア太平洋地域の安全保障情勢に向けた努力の重要性を強調した。SCCは、SSCに対し、これらの目的を追求し、同時に、沖縄に関連する問題に取り組むよう指示した。

■土地の返還

普天間飛行場

付属文書のとおり

北部訓練場

以下の条件の下で、平成14年度末までを目途に、北部訓練場の過半(約3,987ヘクタール)を返還し、また、特定の貯水池(約159ヘクタール)についての米軍の共同使用を解除する。

  • 北部訓練場の残余の部分から海への出入を確保するため、平成9年度末までを目途に、土地(約38ヘクタール)及び水域(約121ヘクタール)を提供する。
  • へリコプター着陸帯を、返還される区域から北部訓練場の残余の部分に移設する。

 

安波訓練場

北部訓練場から海への出入のための土地及び水域が提供された後に、平成9年度末までを目途に、安波訓練場(約480へクタール)についての米軍の共同使用を解除し、また、水域(約7,895ヘクタール)についての米軍の共同使用を解除する。

ギンバル訓練場

へリコプター着陸帯が金武ブルー・ビーチ訓練場に移設され、また、その他の施設がキャンプ・ハンセンに移設された後に、平成9年度末までを目途に、ギンバル訓練場(約60へクタール)を返還する。

楚辺通信所

アンテナ施設及び関連支援施設がキャンプ・ハンセンに移設された後に、平成12年度末までを目途に、楚辺通信所(約53ヘクタール)を返還する。

読谷補助飛行場

パラシュート降下訓練が伊江島補助飛行場に移転され、また、楚辺通信所が移設された後に、平成12年度末までを目途に、読谷補助飛行場(約191ヘクタ一ル)を返還する。

キャンプ桑江

海軍病院がキャンプ瑞慶覧に移設され、キャンプ桑江内の残余の施設がキャンプ瑞慶覧又は沖縄県の他の米軍の施設及び区域に移設された後に、平成19年度末までを目途に、キャンプ桑江の大部分(約99ヘクタール)を返還する。

瀬名波通信施設

アンテナ施設及び関連支援施設がトリイ通信施設に移設された後に、平成12年度末までを目途に、瀬名波通信施設(約61ヘクタール)を返還する。ただし、マイクロ・ウエーブ塔部分(約0.1ヘクタール)は、保持される。

牧港補給地区

国道58号を拡幅するため、返還により影響を受ける施設が牧港補給地区の残余の部分に移設された後に、同国道に隣接する土地(約3ヘクタール)を返還する。

那覇港湾施設

浦添埠頭地区(約35ヘクタール)への移設と関連して、那覇港湾施設(約57ヘクタール)の返還を加速化するため最大限の努力を共同で継続する。

住宅統合(キャンプ桑江及びキャンプ瑞慶覧)

平成19年度末までを目途に、キャンプ桑江及びキャンプ瑞慶覧の米軍住宅地区を統合し、これらの施設及び区域内の住宅地区の土地の一部を返還する。(キャンプ瑞慶覧については約83へクタール、さらにキャンプ桑江については35ヘクタールが、それぞれ住宅統合により返還される。このキャンプ桑江についての土地面積は、上記のキャンプ桑江の項の返還面積に含まれている。)

■訓練及び運用の方法の調整

県道104号線越え実弾砲兵射撃訓練

平成9年度中にこの訓練が日本本土の演習場に移転された後に、危機の際に必要な砲兵射撃を除き、県道104号線越え実弾砲兵射撃訓練を取り止める。

パラシュート降下訓練

パラシュート降下訓練を伊江島補助飛行場に移転する。

公道における行軍

公道における行軍は既に取り止められている。

■騒音軽減イニシアティヴの実施

嘉手納飛行場及び普天間飛行場における航空機騒音規制措置

平成8年3月に日米合同委員会により発表された嘉手納飛行場及び普天間飛行場における航空機騒音規制措置に関する合意は、既に実施されている。

KC-130ハーキュリーズ航空機及びAV-8ハリアー航空機の移駐

現在普天間飛行場に配備されている12機のKC-130航空機を、適切な施設が提供された後、岩国飛行場に移駐する。岩国飛行場から米国への14機のAV-8航空機の移駐は完了した。

嘉手納飛行場における海軍航空機及びMC-130航空機の運用の移転

嘉手納飛行場における海軍航空機の運用及び支援施設を、海軍駐機場から主要滑走路の反対側に移転する。これらの措置の実施スケジュールは、普天間飛行場の返還に必要な嘉手納飛行場における追加的な施設の整備の実施スケジュールを踏まえて決定される。嘉手納飛行場におけるMC-130航空機を平成8年12月末までに海軍駐機場から主要滑走路の北西隅に移転する。

嘉手納飛行場における遮音壁

平成9年度末までを目途に、嘉手納飛行場の北側に新たな遮音壁を建設する。

普天間飛行場における夜間飛行訓練の運用の制限

米軍の運用上の即応態勢と両立する範囲内で、最大限可能な限り、普天間飛行場における夜間飛行訓練の運用を制限する。

■地位協定の運用の改善

事故報告

平成8年12月2日に発表された米軍航空機事故の調査報告書の提供手続に関する新しい日米合同委員会合意を実施する。

さらに、良き隣人たらんとの米軍の方針の一環として、米軍の部隊・装備品等及び施設に関係する全ての主要な事故につき、日本政府及び適当な地方公共団体の職員に対して適時の通報が確保されるようあらゆる努力が払われる。

日米合同委員会合意の公表

日米合同委員会合意を一層公表することを追求する。

米軍の施設及び区域への立入

平成8年12月2日に日米合同委員会により発表された米軍の施設及び区域への立入に関する新しい手続を実施する。

米軍の公用車両の表示

米軍の公用車両の表示に関する措置についての合意を実施する。全ての非戦闘用米軍車両には平成9年1月までに、その他の全ての米軍車両には平成9年10月までに、ナンバー・プレートが取り付けられる。

任意自動車保険

任意自動車保険に関する教育計画が拡充された。さらに、米側は、自己の発意により、平成9年1月から、地位協定の下にある全ての人員を任意自動車保険に加入させることを決定した。

請求に対する支払い

次の方法により、地位協定第18条6項の下の請求に関する支払い手続を改善するよう共同の努力を行う。

  • 前払いの請求は、日米両国政府がそれぞれの手続を活用しつつ、速やかに処理し、また、評価する。前払いは、米国の法令によって認められる場合には常に、可能な限り迅速になされる。
  • 米側当局による請求の最終的な裁定がなされる前に、日本側当局が、必要に応じ、請求者に対し無利子の融資を提供するとの新たな制度が、平成9年度末までに導入される。
  • 米国政府による支払いが裁判所の確定判決による額に満たない過去の事例は極めて少ない。しかし、仮に将来そのような事例が生じた場合には、日本政府は、必要に応じてその差額を埋めるため、請求者に対し支払いを行うよう努力する。

検疫手続

12月2日に日米合同委員会により発表された更改された合意を実施する。

キャンプ・ハンセンにおける不発弾除去

キャンプ・ハンセンにおいては、米国における米軍の射場に適用されている手続と同等のものである米海兵隊の不発弾除去手続を引き続き実施する。

日米合同委員会において、地位協定の運用を改善するための努力を継続する。

 
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第一原発「石棺」に言及 「固定化」の恐れ地元反発

2016-07-14 | Weblog

http://www.minpo.jp/news/detail/2016071432782

 原子力損害賠償・廃炉等支援機構は13日、東京電力福島第一原発事故の廃炉作業での技術的な裏付けとなる新たな「戦略プラン」を公表し、核燃料を建屋内に閉じ込める「石棺」方式について初めて言及した。溶融燃料(燃料デブリ)を取り出すことが大前提としながらも「今後明らかになる内部状況に応じて、柔軟に見直しを図ることが適切」として選択の余地を残した。
 福島県は取り出した溶融燃料など放射性廃棄物の県外処分を求めている。石棺は廃炉に伴う高レベル放射性廃棄物の県内固定化につながりかねず、県や地元町村は反発している。
 石棺は溶融燃料を残した原子炉をコンクリートで覆う方式。「長期間の安全管理が困難」と慎重な姿勢を示した上で、将来的な計画見直しを踏まえて選択する可能性は残した。その際、「長期的な責任継承に関する不確実性や世代間での安易な先送りに対する懸念を十分に踏まえるべきだ」と注文した。石棺は旧ソ連のチェルノブイリ原発で採用されたが、老朽化が問題となっている。
 プランではこのほか、溶融燃料の取り出しで燃料のある場所に応じて複数の工法を組み合わせる可能性が高まった。これまでは一つに絞り込む方針だったが、原子炉内の調査・分析が進んだ結果、溶けた燃料が複数箇所に散在し、一つの工法で取り出すのが難しいと判断した。各号機の状況を踏まえ、具体的な工法を検討する。
 昨年の戦略プランは(1)原子炉格納容器に水を満たして上部から取り出す「冠水工法」(2)水を張らない「気中工法」で上部から取り出す(3)気中工法で側面から取り出す-の3通りを挙げ、燃料の状況に応じて絞り込む方針だった。

■県外処分近く国に要求へ 県と原発周辺市町村

 県と東京電力福島第一原発周辺の13市町村は13日、福島市で開いた会合で、溶融燃料を含む放射性廃棄物や取り出した使用済み燃料を県外で適切に処分するよう国に対して求めることを改めて申し合わせた。これまでも原子力政策を進めてきた国の責任で県外処分を進めるよう要望している。

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