日々記

ひびき

陽気

2015-03-16 | Weblog
花粉症の到来だが、まぁ毎年の事なのでまたかという感じだ。
今日は暖かくって、あちこちで春を感じた。
とりわけ、道行く女性が軽やかに見えた。
服装が、うんと軽くなったせいもあるだろう。
自分は単純だから、そんなことで気持ちも軽やかになる。
めずらしくカミさんがベージュの薄いコートを羽織っていた。
いつもより若く見えたのは、やはり色合いもあるだろう。
お世辞は控えたが、よく似合っていた。
陽気のせいか、普段より寛大な気持ちが今日は継続した。
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ホワイトディ

2015-03-15 | Weblog
毎年のことだが、カミさんを筆頭に全部が義理チョコだったので
お返しのことなんかはすっかり忘れていた。
カミさんは自己申告してきたので、小さなケーキを買って治めた。
昨日、今日と天気が良かったので
目当てにしている梅のことで頭がいっぱいになっていた。
数か月ぶりにバイクに乗って梅林まで走らせた。
どれもこれも六分咲き程度だが、きれいだった。
今週は暖かい日が続くので週末が楽しみだ。
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2015-03-05 | Weblog
久しぶりに開いた本に、一枚の栞がはさんであった。
栞と云うより、栞代りといったほうがいい。
今年の初めに亡くなられたT氏の直筆の句が寄せられた紙切れだ。
いつかのとき、自分がT氏に「これ、いただけますか」と云ったら
ちょっと謙遜したような面持ちで、「そうか」と嬉しそうに手渡ししてくれた。
この人とは仲が悪かったわけではないが、初対面でいがみ合って
そのあと何度でもいがみ合って、それからとっても仲良くなった。
ずいぶん年上の人だったが、自分が無知なうえに生意気な口をきいたので
付き合い始めはそういうことになった。
けれどもそれからは、ある時は先輩のような、
先生のような、友達のような口ぶりで自分に接してくれた。
「つまらんことで悩むな」
今、思うとこの人の口癖はいつもこの言葉を含んでいた。
もちろん、この人にも悩み事がなかったわけではないだろうが
会うと、いつもそんな態度で接してくれた。
紙切れに書かれていた句は「幸せと不幸をつくる分かれ道」とあった。
文学的でも何でもないけれど、人柄が出ているなと思った。
この人の諧謔で代表的なのがあって、宮沢賢治の有名な散文を弄したのがあった。
こんなのは全国で誰も彼も思いつくだろうが、
詩吟で鍛えた喉を使って高らかに朗読する一席は味があった。
その詩は、「雨にも負けて、風にも負けて」と始まった。
このごろ、本当につまらないことで気を揉んでいる。
つまらないこととわかっているのに白けてしまう。
「つまらんことで悩むな」
T氏の言葉を尊重したいと、ふと思い出した。
紙切れを見つけて、雨にも風にも、誰かにも、何かに負けてもいいじゃないか、と
云っているような気にさせられた。
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偶然必然

2015-03-03 | Weblog
自分は人生を今も若いころも不思議で矛盾だらけなものとして捉えている。
運命論者ではないから偶然必然は分けないが、
余程でない限り突発的な幸不幸にはそんなに感情が揺れたりしない。
ところが、人生に偶然なんかないと言い切る人がいる。
あれもこれも自分の行いがそうさせているのだという。
自分で選んだ道だから、何とか乗り越えるべきだという。
ふうん、そうか。あれもこれも自分で蒔いた種か。
多種多様な試練を与え、それを超えてゆくための自分探しなのか。
そういわれたら、思い当たるふしはないでもない。
しかしながら、彼女いない歴五十数年の腋臭男に翻弄されるのも
自分自身が設定した試練なのかと問うたら、慈悲心の足らなさを指摘された。
「あんたも会ってみたらわかるよ」と言ってやったが、言いたいことはわかっている。
良い人もたくさんいるから、この男だけが際立って嫌な奴に思える。
自分自身、こんな奴がいたら嫌だろうなぁと思ったことが現実化したんだろうか。
けれども、自分の中でたった一人の嫌な奴だからまあいいかと思わないでもない。
不思議なもので、好きな人は多数になっても嫌いな人は何人もいないなということだ。

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