日々記

ひびき

親父のこと

2006-04-30 | Weblog
ひさしぶりに親父の入院先へ顔を出した。
このごろ重病人を見てばかりいたので、
何だか親父が元気に見える。
それでも右半身に麻痺がある上に、
左手の指先が四本とも皮膚炎を患って不便がっていた。
「尻も自分で拭けない。」と言っていたが、
尻を自分で拭けない老人は幾らも居る。
親父は数年前まで、自分が老人になっているのを
理解していなかったようで、このごろようやく
「わしも歳を取った」というようなことを口にする。
古希を過ぎているのだから、そろそろ気がついても
いいようなものだが病院に居て日常が変わらないから
自分が老いていくのを無視していたようだ。
具合が悪くなるたびに、「あと二年の命や。」と
自分の寿命を予測して家族を呆れさせたが、
このごろそれも云わなくなった。
あのお喋りな親父がそれを云わないと不安になる。
「おい、あと何年や。」とこちらから聞くのも何だし
放ってはおくが、あちこち病気を抱えてよく長生きしたものだ。
「尻が拭けないんなら顔も洗ってないんやろ」と聞くと、
「もう四日は洗ってない」と云った。
その汚い顔を見れば一目瞭然だ。
タオルをお湯で湿らせて親父の顔をいいほど拭ってやった。
「ああー気持ちいい。も一回、も一回」
幼いころ、風呂場で親父によくタオルで顔を拭われたのを
不意に思い出した。
嫌がる弟の顔を、頭を抑えながら拭っていたのを思い出した。
親父はどちらかと云うと潔癖なほうだった。
浴室の桶の汚れや、櫛に残る毛を嫌った。
飲みに行くときも身なりをきちんとしないと出かけなかった。
顔を拭われてホッとしている親父の顔を見ていると、
贅沢は云わないが止められないまでも時間が速度を失えば
いいのにと思った。
今度の連休には新しく出来た環状線を見せてやりたいと思う。
病に臥す前、土建屋で大きな仕事をしてきた親父のことだ、
この道路を見たらきっと幾らか若返るに違いない。
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ホーンに首ったけ

2006-04-28 | Weblog
昨晩、ブラックボトムブラスバンドというのを観てきた。
関西出身の七人組バンドで、ともかく乗りがいい。
トランペット/トロンボーン/バリトンサックス/テナーサックス/
スーザーホーン/スネアドラム/ベースドラムという
ニューオリンズスタイルの七人編成になっている。
お世辞抜きで、何曲聴いても飽きが来ない。
自分は二十年くらい前にディスコへ二三度行って
いい恥を掻いてから人前で踊ったことはない。
踊っているほうも、踊りを見せられているほうも
赤面するような恥ずかしいダンスだからいけない。
ところが昨日は思わず身体が動きそうになった。
手足が勝手にリズムを取って全身を突き抜けるような
ボリュームが魂のところへ留まった。
自分はホーンセクションが好きだから、
ぴったりはまったんだろうと思う。
ライヴのあと、もっと聴きたかったなぁと
久し振りに思ったバンドだった。
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ガリバー

2006-04-26 | Weblog
京都からの帰路、琵琶湖を右手に白髭神社の巨大な
鳥居を湖の中に見た。そこからしばらくして、
ガリバー青少年旅行村というのを発見した。
まだ時間も許すから寄ってみようと国道を離れ、
比良山麓へと車を走らせた。
あと何キロと、執拗にガリバー村の案内看板が出ていた。
「期待するなよ、どうせインチキや。」と言うと
「期待なんかしてないよ。」とカミさんが言った。
二人とも、そう言いながらもしかすると銀閣寺よりは
面白いのではないかという内心があった。
「なぁ、巨大なガリバーの張りぼてでもあるんかな?」
「多分、小人とかの人形があって自分らがガリバーになるんやない?」
「くだらないな。蹴散らしてやらなきゃな小人」
と、やっぱり期待を込めて車を走らせた。
「巨大なガリバーが居るんなら、
そろそろ頭くらい見えても良さそうやな。やつぱし小人の国か」
あと数キロと目的地が迫っていても山道なので、
なかなかたどり着かない。
薄暗くなってきてようやく到着すると、
駐車場には一台の車もなかった。
料金所には確かに番の爺さんがいる。
「おじさん、ここやってるの?」
「やってるけれども、やがて閉村時間です。」
「おじさん、ここには何があるの?」
「何があると言われても、そのお。何もない」
山麓に陽が暮れて、爺さんと自分らは立ち尽くした。
帰りの車の中で、あの爺さんは小人だ。
きっと妖精だと思い込もうと努力したが、
どうにも日給三千円の村者に違いがなかった。
ここへ来る前に、どうしてここがガリバーと関係があるのか
もう少し冷静になればよかったと反省している。

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給料袋

2006-04-25 | Weblog
自営業をしているとき、自分の給料は銀行の封筒に入れて
家に持って帰った。
支払いを差し引いた分が自分の稼ぎだから、
いい月も悪い月もあった。
悪い月が重なってバイトを始めたら、
今度は茶封筒に現金が入っていた。
苗字に「さんへ」と優しい字で書かれていたので、
あぁ、おれが苦労して稼いだ金だと実感した。
今度の仕事も現金支給だ。
まだ見習いなので薄給極まりない。
中身はともかく、茶封筒の郵便番号の赤枡横に小さく自分の
名前が書かれているだけだと味気ない。
封筒に重量が無いのに加えて、
何だか出し渋った末のような気がしてならない。
祝儀袋と給料袋は簡素が一番に違いないが、
それにしてもという感じがした。
愚痴を言っても封筒の重量は変わらないので、
帰り道に近所の美味い豆腐屋へ行こうと思い立った。
絹ごしを二丁買って、一丁は生姜醤油で奴にして
もう一丁は湯豆腐にしてポン酢で食おうと思った。
給料袋の封を切って豆腐を二丁買うくらいの亭主関白は
自分にだって出来る。
そう思って豆腐屋へ行くと、いつの間にか店をたたんでいた。
先日もこの近所のパン屋が店仕舞いをしていた。
スーパーへ行けば添加物のどっさり入った安い豆腐が
いくらでも買えるが、そんなにたくさん食えたものではない。
今後もこの界隈は益々過疎化するに違いない。
最近、この周辺に山側環状線という便利な道路が出来て
大型のスーパーが連日のように安売りの広告を打っている。
一丁28円の豆腐を買うのにカミさんの怒りを煽るようにして、
わざわざ薄給の給料袋の封は切らない。
豆腐屋の贅沢な豆腐だから危険も顧みず給料袋の封を切るのだ。
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小旅行

2006-04-23 | Weblog
「いづくにもあれ、しばし旅立ちたるこそ目覚むる心地すれ」
とは徒然草の中の一節だが、昨日南禅寺へ行ってきた。
とりたてて観想するようなことは何もなかったが、
京の町はどこも渋滞で握り飯を持って車で出掛けるには
不便なところだと思った。
境内を散策していると尽くカメラのシャッターを押してくれ
と学生やカップルにせがまれて鬱陶しい気持ちになった。
自分は大きな三脚にカメラとカメラバッグで両手がふさがって
いたので、それらの面倒は全てカミさんに任せた。
今時こんな荷物を持ってうろうろしているのは自分か年寄り
くらいなもので、誰も掌サイズのデジカメを持っていた。
葉桜が目立ち、八重桜がようやく満開を迎えるところだった。
やっぱりモミジが多く、今はツツジがきれいだった。
ほんの少し心に留まったのが「縁結びの松」で、
百日紅と松の混合樹だった。
松の朽ちたところに百日紅の種が入り込んだものだろうが
やっぱり、独立していたほうがいいような気がした。
どういうわけか賽銭箱が据えてあったが、
これが縁結びとは思われない。
南禅寺から桜並木の続く小川を歩いて銀閣寺へ行き、
途中の土産屋で八つ橋をいいほど摘み食いして帰ってきた。
この小川を歩いているとき、外人のカップルが何か言い争いをしていた。
女のほうはデカイ鼻を赤くして泣いていた。
男のほうはしきりに「いいから座れ!」みたいなことを言っていた。
どこへ行っても些細なことで男と女は喧嘩するものだ。
顔の造りからして国柄の違うカップルだったので、
さっきの「縁結びの松」を気休めに訪ねたらいいのにと思った。
 

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灯台もと暗し

2006-04-21 | Weblog
数ヶ月前、お袋から樹木に浮かぶ仏様の話を聞いて興味を持った。
興味を持って、お袋のことだから誇張してあるだろうと
そのまま聞き流してあった。
先日、朝刊にその噂の記事が写真付きで大きく掲載されていた。
大乗寺の山門手前のモミの木なのだが、数年前の台風で折れた
幹の跡が合掌する仏様に見えるという。
新聞写真を見ても自分にはそんなふうには少しも見えない。
よし、実物を見てやろうと思って仕事前の散歩がてらに足を伸ばした。
樹高二十メートルの中ほどに裂けた幹の跡がある。
山門を背に、まだ還暦前と思われる夫婦が寄り添ってそれを見上げ
「すごいすごい、本当によく見える。」と言って手を合わせていた。
「馬鹿馬鹿しい、何も手を合わせることはないやろう。」と
心で呟きながらカメラのレンズを向けた。
レンズ越しに見ても、
肉眼で見ても自分には一向に仏様は出てこない。
夫婦が自分の撮影を見て話しかけてこなければいいがと
思っていた矢先に、旦那さんの方が「不思議なもんやね」と言った。
「そうですね」と愛想笑いをしたが、そうですねと答えたのは
見える人に言ったつもりだった。
いくら見たってそんなふうには見えないので諦めて山門を離れると
モミの木の下で一人の爺さんがカメラを持ってキョロキョロしていた。
「この木がそうですよ。」と教えてやると、
返事もしないでその場を立ち去った。
目の前の親切に感謝も出来ないなら見える筈がないわと
また心で呟き、自分自身の呟きに対して、
何だか身につまされたような思いがした。
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二つの尊徳像

2006-04-20 | Weblog
昨日、田舎の小学校で二宮金次郎の銅像を見かけた。
今日、さらに田舎の小学校でも金次郎の銅像があった。
どちらも柴を背負いながら片手で本を読む姿勢は同じだが
顔の感じが全然違っていた。
今日見た金次郎は昨日のより頬が膨れすぎていて、
何だか貧しいようにも見えず、
またその表情からは勤勉さが伺えなかった。
昭和の初めに大日本帝国主義をとった日本政府が、
金次郎の姿勢を戦争に利用するために、
銅像にして全国に建てたのだが今日見かけたのは
いかにも軍国主義的な顔をしていた。
そしてその脇にはイヌマキが植えられていた。
イヌマキは仕立てるにも手がかかり
庭園木としては贅沢な気がする。
誰の趣向か知らないが小学校には不似合いな気がしてならない。
比較して昨日の金次郎は山桜の脇にあり、
その緑陰の下を歩いているように見えた。
その部分だけを見ると農道や田舎の景色が見え、
往時の姿が見えてくるような気がした。
山桜のほか、ゴヨウマツ、スダ椎、モミジなど
学び舎には相応しいような樹木があった。
今日見た尊徳の像も、今後残して置くつもりなら
せめてソメイヨシノでもそばに植えたらどうだろうか。
そうすれば、も少し優しい顔に見えるかも知れない。
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ハゲ

2006-04-18 | Weblog
自分はもうすぐハゲの仲間入りをすると言うのに、
薄毛の人を見ると、ぷっと噴き出したりしてしまう。
悪意はないが、車の中から歩行者のハゲに対してハゲと罵ってしまう。
またニュースなどで事故や災害で亡くなった人を見ると、
どういうわけかワクワクしている心の一面がある。
他人の死に対しては寛容さが備わっている。
ハゲにしろ寿命にしろ、いずれ自分にも関わってくるのは
必至な筈なのに愚かだなと思ってしまう。
昨日、桜の花びらがハゲた爺さんの頭にひっついたのを
見て不意にそんなことを思った。


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桜のある風景

2006-04-12 | Weblog
昨日今日と鬱陶しい雨が続いたが暖かい日になったので
あちこちで桜の満開が見られた。
今年の桜は色が汚いと毎年のようにいう人があるが、
灰色の空の下で見ればどれも元気のないように見えても仕方が無い。
雨上がりに青空が覗いたときに見る桜は格別だ。
見るほうも見られているほうも互いに意識しているようだ。
自分は特別に愛着を持っている桜の風景というのが幾つかある。
ひとつは川を挟んで見る並木の遠望に山々が見えるのと、
もうひとつは或るお寺さんにある老木だ。
川の彼方に山々が見え、この季節だけ桜並木に彩られる
風景を見ると不思議と安らいでくる。
この辺りの桜は殆どが染井吉野だが、お寺さんにある古木は
樹齢四百年と云われる天然記念物だ。
このクタクタになった桜が美しいのは薄紅色の大きめな花弁にある。
自分はこの数年間、欠かさずこの桜を写真に撮ったり
手で触れてみたりと花があるあいだは何度も通っている。
老木で花を急がないので、市内の染井吉野が散り始めると
ようやく満開を迎える。
地方の桜をいくらも見ていないので何とも言えないが、
こんなに色気のある桜はちょっとないと思う。
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その迫力

2006-04-10 | Weblog
便所の落書きは大抵が卑猥なものが多い。
時々、ここはギャラリーかと思わせるような
便所に出会うことがある。
念入りに性器や性行為を描く人がいるが、
これだけ確かなデッサンで描かれると気味が悪い。
密室だから大便をしに来た者だけの目にしか触れないからいいが、
これが公衆の面前に披露されると猥褻が過ぎて赤面を隠せない人もいるだろう。
会社近くのガードレールにスプレーで「マ○汁」と唐突に書かれた落書きがある。
老若男女と目にする位置にあって文字に迫力がある。
これを書いた本人はどういう気持ちでこれを書いたのか?
余りに唐突で見るたびに笑いが込み上げてくる。
毎日これを見ながら、「マ○汁かぁ」とつい呟いてしまう。
子供が見たら味噌汁の種類と間違うかも知れない。
幼い子供に訊かれた母親はなんと答えるだろうか。
街のあちこちにこのごろくだらないオブジェがあるが、
まったく迫力がない。
あんまり卑猥な落書きは増えたら困るが、
まったくないのもつまらない。
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