かばるあんぎん

まっ、人生いろいろあります。ゆっくりいきましょう、ご同輩!!

日記

2018-10-21 22:08:40 | 無駄なお喋り


アンドロイドのソフトに瞬間日記というのがあって、2011年の夏頃のアンドロイドベースのNECライフノートを購入してから日記を続けている。途中、ASUSのパッドに変更してが、同じように継続している。途切れた時期も少々あったが、記録1回が140文字制限、携帯端末から書き込みができる気軽さが継続でいている理由だろう。今週末、17年間利用していたガラケーをスマホに変更するため、瞬間日記をtextにしてPCへ移行する必要があった。それで、この7年間の行動を振り返ってみることができた。

 基本的に行動の記録のみ、どこに行き、誰と会って、何をした、だけを書き留めるようにしたが、その時々の心情は透けてみえる。退職までの約5年は疲れながらも頑張る自分がいた。仕事上の人間関係の軋轢、年老いていく母、叔母の介護、義母の他界、子供たちの入学、卒業、いろいろあって、、アクセルを緩めた今から思うとそれなりに頑張っていた。そのひとつひつはドラマティックな出来事。しかし、文字にすると、朝起きて、顔を洗って食事をするように淡々としている。世の中の人々も同じようにいろいろな出来事を乗り越えて毎日を過ごしている。人生を生きるってそうゆことなのだよ日記が言っているように思えた。

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ちょと心配

2018-10-14 23:26:19 | 無駄なお喋り

現役で仕事をしていた頃、会いたくない人と会ったり、話したくない人と話したり、良い人だな思うよう人に、マイナスとなることを伝えたり、気苦労があった。そんなわけで、ひとりでいたかったのだろう。当時は、カメラを提げて町歩きをしていた。休日は、ひとりがよかった。

仕事から少し距離を置くようになってからは、一緒にいて負担を感じない人たちだけが自分の世界。会いたい人とだけ、会い、話したい人とだけ話す。だから、休日は誰かと一緒にいるのが楽しい。人の集まるところへ遊びに行くことが多い。

今日、ふと思いついて、以前のようにふらっとバスに乗って上野周辺にひとりで歩いた。以前と違って町を見る目が鈍ったというか、感じるものが少なくなった。まさか、年齢のせいで、好奇心が少なったなんてことなんだろうか?加齢からくる体力の衰えや病気はしかたないけど、好奇心が薄れたり、るのはキツイ。は趣味が変わっただけなら問題ないのだけど、少し心配だ。

 

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つまらないことですが…

2018-10-09 00:04:39 | 無駄なお喋り

前にブログをアップしたのが五月の終わり、ずいぶんと間が開いてしまった。このブログ始めたころ、FB、LINE、Twitterはあまり盛んではなかった。当時はブログがいちばん人気があったような気がする。

SNSはとにかく手っ取り早く自分の状況を相手に伝えるツールとしては便利だけども、なにかを掘り下げてまとめたり、表現したり、伝えるのはブログが最適。それだけに、少し考えをまとめたり調べたりする時間が必要。ここ2,3年の落ちつきのない生活は、ブログには向いていないようで書くことがあまりなかった。私個人の日記のような内容は読んでくれるひとには面白くないだろうから、書かないようにこころがけていたけど、いまはブログに話しかけることは日記のような内容しかなくなってきた。

仕事のこと、家族のこと、こらからのこと、六十代も半ばになろうというのだから、遅まきながら立ち止まって自分の足元を見つめようという気持ちになったのだろうか。こんなつまらないこと、このブログを読んでくれる他人様には申し訳ないけども、当面は自分のために時々自分のことを書いてみたい。

 

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同窓会

2018-05-29 00:03:02 | 一日一撮


先週末、15年ほど前に在籍していた子会社の同窓会に参加した。約20名ほどの参加者のうち定年組が5名、転職組が4名、当時の、今の仕事、あるいは家族の話で盛り上がった。当時20代だった同僚たちは今は中堅として頑張っている。自分が在籍したのは30代半ばからちょうど50歳、いま思えばいちばん仕事に力が入った時期、悩みながらも楽しくやっていた。仕事だけではなく、家族の一員として汗を掻いていた。きれいごとばかりではなかったはずだけど、水面に移る五月の空のように思えてしまう。

想い出、ってやつはあまくておいしいだけに、少しだけ気をつけないと危ない。

 

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映画をみたらいたく感動した話し

2018-05-22 00:46:23 | 無駄なお喋り

 

 

個性派俳優ハリー・ディーン・スタントン、この主演のひと、よくわからないけど、「パリ、テキサス」「ツイン・ピークス」(「エイリアン」にも出演していったっけ)で知られてるらしい。(この人のために監督当て書きしたの最後の主演作、それにブルースハープの名手でもあるらしい)

90歳の気難しい現実主義者ラッキーを主人公に、そして全ての者に訪れる人生の最後の時間を描た話。

印象的なシーンは幾つかあるものの、やはりラストシーンが最高。

ラッキーがサボテンを見てる。正面には背の高い傷だらけのサボテンが凛と立っている、その茎の上には新しい芽が。背後には背の低い新しいサボテン。その間にラッキーは立って笑う。そして立ち去る。不明だったカメが左から歩いて来るのが見える。ラッキーは去った。が、カメは帰ってきた。このセリフは一言も無いラストシーン、あの朽ちかけたサボテンはラッキーそのもの。
 
ラッキーも、カメにも、この映画を観てる観客にも、ワタクシにも、アナタにも、全員に死はやってくる。それはどんな宗教を持っていても変わらない。ここまで紛れも無い事実を見せ付けて、最後に老いの厳しさも怖くはないよって、やさしく答えてくれる映画だ。行方散歩の途中で、通りかかる庭園の銅像イヴに対して「クソ女め」と言う日課っていうのも笑うが)イヴの庭園でさえ閉園の時が来る。だからって孤独っていう訳ではない。孤独と一人とは違うんだ。誰だって最後は自分一人で自分に向き合わなきゃいけないんだ。じゃあその時が来たらどうすべきなのか。

笑う!  

っていうなんてシンプルで力強い回答なんだ。ラッキーの笑顔には完全にやられた。老いと孤独に対して勇気をもらった気分。この感覚こそ、孤独ではない証明なのかと思った。はやくDVDでないかなぁ...。

 

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日記のようなもの

2018-05-20 08:32:43 | 無駄なお喋り

定年の間近となれはおのずから遠慮しているひとときのあり

大島史洋


 四月から仕事の量が増えた。残業をする日が多くなった。成果を出してもサラリーは上がらない、そもそも会社にそこまでする義理はない。子育て、介護、に悩みながら、大きなプロジェクトを抱えて頑張る現役時代に世話になった同僚がいる。こいうときの会社は冷たい。そのプロジェクトに同僚と一緒に成功させて、最後の仕事を笑顔で終えたいね、と約束した。個人的な理由で仕事はをするのは、いまの自分には、よいことだと思う。

 定年後に契約社員が目の色を変えて仕事している姿は見苦しい。プロジェクトを進めるときは社内交渉が多くなる。意見を通してなんぼの会議で権限も責任もない自分が意見を通すのを見て「あなたのモチベーションが理解できない」と言うひとがいる、こちらの気持ちも知らずによく言いうよ、と内心腹立たしくなる。

 二年前、元の部下たちと同じ職場に残ることを決めた。その立ち位置は難しいものだった。会社はこれまでと同じ働きを求める。自分は永遠に社員でいるのではないし、これからの生活を優先する必要がある。会社に囚われず自由でいたい。一日で終わる仕事だけを選び負担を軽くした。周りからは手を抜いているように見らた。だれになにを言われてもそれでいい、自分は役に立たないポンコツ、思い違いをしているのは周囲だからと。やもすると周囲の期待に応えてしまおうとする自分を諫めた。

 その頃、学生時代の軽音部の仲間と再会したのをきっかけにセッションハウスに演奏に通い始めた。多くの人と出会った。音楽を通すと無条件で人は親しくなれる。人のネットワークが広がったのはうれしい驚きだった。新しい何かを始められそうな気がした。会社という繋がり薄れていく自分を感した。

 道草ばかりの自分、最後の仕事でスパートするのも道草なのかもしれない。でも、誰かの役にたつことができたら少しうれしいかも、と思う。

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ドレミ、ドレミ

2018-04-13 23:55:25 | 一日一撮

 

手をつなぐ子どものように菜の花がドレミドレミと揺れているなり

表万智

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マーガレット

2018-04-11 21:17:35 | 一日一撮


しあわせにしてますように でも少しわたしが足りていませんように 

月夜野みかん

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花瓶

2018-04-10 21:01:03 | 一日一撮


花瓶だけうんとあげたい絶え間なくあなたが花を受けとれるように 

 笠木拓

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かくれんぼ

2018-04-09 23:44:23 | 一日一撮


風と草と光と春のかくれんぼ探してごらんさわってごらん

表万智

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