かばるあんぎん

まっ、人生いろいろあります。ゆっくりいきましょう、ご同輩!!

ちょいと立ち飲み

2011-04-30 16:21:41 | 無駄なお喋り

立ち飲み屋のカウンター 黙々とチューハイを飲んでいるご同輩。
淡々と黙々と同じペースで、いいペースだ。
単行本を読みながら飲んでいる人もいる。新聞を読んでいるひともいる。
オイラもまじって少しばかり。
酒のお代わりね、ついでに煮込みも、チョウダイな。
テーブルの上の小銭が減って行く、予算はきっちり千円。


ああ、今日はいい日だったなあ。。。
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両国で歴史のお勉強

2011-04-29 22:11:21 | 墨田区

両国は回向院のすぐとなりはビルシティ・コアと実験劇場シアターχ(カイ)。ここは昭和57年まで日大講堂(旧国技館)があったところ。よく見ると、ステンレスの輪が旧国技館の土俵跡を表示しています。気づく人は少ないでしょうけど(^_^;)

日大講堂は戦前は国技館として大相撲が行われていたところ、当時の両国は下町の行政、商業、の中心。戦後は旧国技館がアメリカ軍に接収されメモリアルホールとなり、大相撲も両国から蔵前の新国技館へ隅田川の西側へ場所替えとなりました。それから約40年の間、大相撲と言えば蔵前でした。相撲のない両国は古めかしいちょとイケテナイ下町の象徴みたいなところだったなぁ。

今の両国国技館に大相撲が戻ってきたのが昭和60年1月場所。、両国から蔵前そして両国と国技館は隅田川を往復したたことになる。両国に大相撲が戻ったのはついこの間のように感じるがもうあれから四半世紀が過ぎてしまったとはオドロキです。

日大講堂といえば全日本プロレスやボクシングの数多くの試合がここから全国へTV放送されていたから知っている人も多いはず。なかでも忘れられないのが昭和48年1月、WBA世界フライ級チャンピオン大場政夫の第五回防衛戦。第1ラウンド、早々にダウンを奪われた大場選手は挫いた足ひきずりながら戦いぬき、遂に12ラウンドに最強の挑戦者と言われたチャチャイ・チオノイからダウンを奪い防衛を果たした。大場選手カッコよかったです。しかしそれから1ヶ月のしないうちにシボレー・コルベットに乗った大場選手は首都高でチャンピオンのまま他界しまうのでした。

なにも変わらないような毎日だけど、気をゆるすと大きく変わってしまっていることに驚くのが東京。あそこに昔は国技館があった、なんて言ってもジョウダンデショで終わってしまう。

いつの間に大きく変わってしまったアタシの体型とココロ、昔のは輝いてました、なんて言ってもジョウダンデショ、となるのは世の移り変わり同様、仕方ないことです。

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回向院でお勉強

2011-04-28 23:52:09 | 墨田区
レトロな両国駅の南側、京葉道路を渡ったところにあるのが回向院、北側には江戸博。どちらも歴史のお勉強にはとってもありがたいところなのであります。

本日は南側回向院へ行くことにしました。

このお寺、1590年の明暦の大火で犠牲になった約4万人の万人塚を法要したことが始まりだそうでして、もとは増上寺の和尚が開祖の浄土宗が万人宗派を問わず供養する「諸宗山回向院」となったとやら。しかし、アールデコ風というかやぼなかまぼみたいな山門がなんだかなぁ。。。

お寺の中に入ると歴代の力士の分骨や髷をおさめる力塚がまず目にはいります。まわりをぐるり囲む石垣には横綱双葉山、玉錦など名力士の名前がならんでいてなかなか壮観なのです。

その奥には明暦大火供養塔、安政の大地震(1855)供養塔があります。「地震の事後処理ができなかった徳川幕府は12年後につぶれた・・・・一般に巨大災害の後の手当をきちんとやれない国家権力は長続きしない」野口武彦著「安政江戸地震」(ちくま新書)。大丈夫か、 日本のポリティシャンたちは?

江戸時代は悲惨な最期を遂げる方が沢山いらしたようでして、江戸城下での行き倒れから牢獄死まで、いっそまとめて面倒みちゃおうという大慈悲心あふれる回向院には大小さまざまな碑立ち並んでおります。さらに陸地だけでなく海難系もしっかりカバーしているのが素晴らしい。「溺死人」「樽廻不燃井上」「勢州白子」「参州平坂」「出羽庄内」等海難に関係しる大小の墓碑。これだけあればここに眠る魂はやすらかでしょう。

有名所を探してみると、回向院はスーパースター鼠小僧次郎吉。文政から天保へかけての大泥棒、大名屋敷に忍び込み合計一万二千両を盗んでは賭博遊技に使い果たし、ついに御用。天保3年(1832)獄門磔となった輩。戒名は「教覚速善居士」。

江戸から明治にかけて歴史のお勉強になるような碑、墓碑がずらり並んでおります。ありがたいことに解説がついてますから回向院はまさに人の生き死で学ぶお江戸の歴史館なのであります。

最後は、「浄諦院甚宏博道居士」ご存じJ.Jこと植草甚一氏の戒名。昭和54年の葬儀の際には日野皓正が葬送曲を吹き鳴らしたとか。、散歩と雑学の名人にお墓に手を合わせて本日の散歩は終わりとなりました。
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昼寝

2011-04-27 20:14:09 | 無駄なお喋り

五月の空、新緑、そよ風、昼寝。

ん~、いい気分。貧乏人、成金な人、偉い人、偉くない人、失敗した人、成功した人、素敵な人、残念な人、行けてる人、ダメな人、有頂天な人、どん底な人、持ってる人、持ってない人、すかれる人、嫌われている人、まぁ、いろいろあろうかとは思いますが、とあえずこの愉しみは公平にもらえます。

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Musim yang angin sepoi-sepoi 

2011-04-25 08:47:38 | 無駄なお喋り

Here comes the sun lululu~♪
Here comes the sun and I say It's alright

Little darling, the smiles returning to their faces
Little darling, it seems like years since it's been here ♪~

風も心地よい緑の季節がまた来てくれました。
アリガタイ。


てな気分ですかね...



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区長選

2011-04-24 12:42:45 | 無駄なお喋り
今日は区長選、より具体的な施策を掲げている人に投票をしました。

しかしねえ、候補者レベルの低いくのにはあきれますねぇ。「子供と大人が安心してすめる街作り」なんてまったく具体性のないし、「防災対策は防災の街墨田から発信」..これはひどい、意味不明です。

区はこの程度なら国は推して知るべし。日本はダイジョウーブなんて信じ込まされてきましたが、その答えが「想定外」です。関係ないけど「想定内」を連発したホリエモンのほうが立派です。 政治的、には二等国か三等国ですよ、この国は。

この国のまつりごとを司る方々に当事者能力がないことがなによりも不安ですね、ほんとダイジョウーブかなあ。この際、まつりごとも国際競争入札にして広く海外から人材や団体を受け入れたらよいのではないでしょうかねぇ。これって本当の国際化ですね。:-P

しかしまあ、悲観することはないですよ。なんとなく面白そうな文化、習慣、伝統なんてしゃれたものを持っているのですから、その辺りで満足しときゃいいんじゃないかと思うのです。その手のもんは所詮他と比べるべきものではありませんからね。覚悟を決めれば、淡々とそれなりにその日その日をどうにかやっていけるのがこの国のいいところです。

3月10日の夜、66年前のあの晩に東京大空襲で犠牲となったアタシの祖母、叔父をはじめ多くの方々の慰霊と今日の平和な日々の感謝をかねとひっそりとお祈りを捧げた日でありました。そして、その翌日は皆さんのご承知の通りのことが起こりました。

両国の東京慰霊堂は震災5万8千体、戦災10万5千体、同じ東京の東側に散った方々をまとめて弔っています。戦後の混乱期だったから戦災(人災)の犠牲者を震災で犠牲になった方と同居させたのは仕方がなかったとは思うけど、そのまま約60年間の放置プレーはどうも釈然としません。かたや九段のヤスクニさんは長州、薩摩の子孫たちが8月10日にお参りが公か私だのと隣国ともめながら騒いでおりますが、こちらせいぜい本心はヤスクニさんへお参りしたいイシハラ君どまり。

下町は震災の犠牲者が多い街、この街の歴史を振り返らずに防災、復興を語ることは難しいと思うのだけど、都知事選は防災という言葉だけで具体生のある内容は語られることはなかったのは残念ながら知事さんが本気でない証拠。

しかし、世の中変わりまして進歩する。アタシたちはいよいよ剣呑になるばかり。いまや天災といえども「地震台風洪水原発」とかぎりなく人災に近づいているのです。やっぱりその辺りをしっかり考えないとねぇ。それが起こってしまったら、未然に防ぐことは難しいけども、立ち直り方ぐらいは関東大震災から学ぶこともると思うのですけどね。東京慰霊同9月1日と3月10日を忘れないために大祭とするのには未来のためにも理があるというところですかね。な~んてことを思いつつ、墨田区、区議、区長選にのぞんだのでありました。
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代々木八幡

2011-04-23 09:21:16 | 新宿区

東京の東から西方面に出るにはアップダウンが結構きついものです。体力不足のアタシは省エネ走法が必要で東京の坂道はよく研究しておかなければなりません。

さて目的の代々木八幡様へ向かうには坂を上がるのは一度だけにしたいので靖国通りを市ケ谷まで進み、そのまま外堀の石垣沿いにJR四谷駅を抜け、新宿通りを右折して新宿御苑沿いに進み、JR原宿から代々木公園へ出るコースが坂が少なくて楽そうです。まったく東京は台地と窪地が脳みその皺みたいに入り組んでいるのでうっかりしていると無駄に坂を上がったり下がったりしてしまうのです。

どうにか代々木公園にたどり着いて、公園の宮下口から小田急の踏切を渡り、八幡様のある代々木方面へ。このあたりは高級住宅地なんだな、かっこいい。オイラの住む墨田区とはエライ違いだ。ここに住むのにはアタシの何十倍も仕事なんかでツライ思いをしなくちゃいけないんだろうなあ...やっぱりこういところには住めないな。そんなことを考えつつ自転車を曳いて住宅地の坂を上がって代々木八幡様に到着。

代々木八幡は応神天皇を主座に祀り「厄除開運」「安産」「家内安全」「怨霊退治」「渡航安全」の神様として崇められている幡様は自然林に鎮守する800年の歴史ある神社、境内はなにやらとってもおごそかな雰囲気でした。本殿に隣接している出世稲荷神社に出世とは全く縁のないアタシはこちらもこっそりお参りしたのでありました。

そのむかし 代々木の月の ほととぎす 臼田亜浪
  
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力石

2011-04-22 01:56:51 | 千代田区

ポーランド映画「木漏れ日の家で」を観に自転車に乗って神保町の岩波ホール行くと長蛇の列。すかっり気持ちが萎えてしまったアタシは靖国通り九段坂を上ったあたりをブラブラ。と東郷記念公園に行き当たりました。公園では力石とやらを発見。千代田区の重要文化財に指定されているこの石は次のような説明書きがありました。

『力石は村の鎮守、神社境内、会所、村境において若者たちが力試しに用いた。石に関わる信仰は多く、力石にも道切り説もあり、疫病(昔は伝染病は道を伝わってくると考えられていた)の進入を防ぐ神であり、呪いであったようであります。五拾七貫目(213.57Kg)とありますが、実測したところ146.4kgでした。(千代田区教育委員会)』

ん~、石って神様なんですねぇ。それにしても千代田区教育委員会は石の重さを量ったりするのですね。約150kgの石を持ち上げたりする調査員の方々いやはやご苦労様でした。


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目に青葉山時鳥初鰹

2011-04-21 08:41:10 | 千代田区
目に青葉山時鳥初鰹。桜が散ると青葉の季節が超特急でやってくる。



現在東京の住人はホトトギス、初鰹にもはや季節を感じることはないが、青葉は緑のすくない東京でもあちこちで目に染みます。ナニハトモアレこの季節を愉しまないのはモッタイナイです。

四谷から飯田橋に通じる2.5km余りの外堀の土堤の両側は葉桜のトンネル。土手を吹き上げる風も気持ちいい。土手の北側、市ケ谷方面の堀とJR中央線を見下ろしながらの散歩は空の上を歩くような気分。歩くだけではなく、ベンチに座って本を読むのも、ワインとお弁当でピクニックもどきを楽しむのもいいですねぇ。
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そろそろまとめに

2011-04-20 08:20:18 | 海外編
横丁ではないけど、街の外れにはこんな神様もいる。クアラルンプールは中国系、マレー系、インド系に英国系、いろいろな神様が同居していて面白い。でもさすがに日本のお地蔵はいなかったなぁ。
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