かばるあんぎん

まっ、人生いろいろあります。ゆっくりいきましょう、ご同輩!!

雨ですかぁ...

2008-05-31 19:32:54 | 水彩画
どうやら週末は雨降りというパターンと決まってしまったようです。

梅雨入りには未だ早いと思いますが、ドウモ、ソノ、ワタシの中では梅雨に入ってしまったようです。5月だと思うから雨降りのお休みが残念に思われるので、ここはいっそのこと梅雨ということにしてしまえば、それはそれで納得できてしまうことなのです。お天気に納得する、しないなんて考えることはとても不遜なことなのですが、ひとまず、ここはそうさせていただきます。

さて、梅雨は梅雨でなかなか味わいのある季節です。雨に濡れた木々の緑は落ち着いた色をしていれ情緒がありますし、緑が雨を吸い込んでぐっと色濃くなって夏の準備をするのを見ているとちょど少年が青年にかわる頃のような感じがして思わず、
「人生は季節の移ろいの如し」
などど、感じ入ってしまうワタシなのであります。

雨の日の休日の正しい過ごし方といば、絵を描いたりブログを書き溜めたりといろいろありますが、
これはもう
「ソファーで寝転んで読書」
これに限ります。
やはり自己完結というか、どんな状況でも独りで小さな満足を見つける術を持つのが年をとってくると大事なのですねぇ。

若い人は雨の休日は皆同じように暇をもてあましているようでして、アタシも若かりし頃は、朝のうちに女友達に電話をすると、ほとんど「あそびに行こうよ」ということになって、とりあえず都心に遊びに出たものです。

待ち合わせた喫茶店で窓の外の傘の花を眺めながらたわいない話題に飽きるまで長居したり、映画を楽しんだりして一日を過ごしたものです。

いまから思うと夢の中のお話しのようです。
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悲しい習性

2008-05-26 18:19:36 | サラリーマン生活
仕事に関して今年一年は様子見だ,マイペースで行かせてもらう

と, 決めて職場に復帰してから早くも三ヶ月。


就業時間は9時から5時半までと決めて残 業はしないことにしている。日本のカイシャは9時ー5時では仕事が終わらないようで きているらしくて、私が席を立つときは部下たちが頭から湯気を立てPCと格闘している。

「お先に」と声をかけてからオフィスでるのだが、「今日はこれで終わりっ!」と割
り切ったつもりでも、帰りの電車の中ではあれやこれやと仕事のことが頭にまとわり
つく。

「仕事のことを心配しても結果はうまく行くことあれば行かないこともある。たかが一 年、割り切ってやらせてもうよ」なんて心の中でつぶやいてみても。


...現実は難しいです。どこか割り切れなくて中途半端に頑張ってしまう悲しい性のワタシです。

みなさんはこんなときどうされますか?

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雨上がる

2008-05-25 12:43:22 | 無駄なお喋り
今朝は激しい雨でしたね。
どうやら午後には雨はあがりそうですが、出かけるにはちょと間が悪すぎる。

このところ週末は天候が崩れることが多くて、散歩もままならない、そうなるとソファーに寝転んで一日中読書をて過ごすことになる。

当然、運動不足になりますよねぇ...
私の場合、運動不足は直ぐに筋力の低下として通勤ぐらいの運動量で疲れてしまい週末はぐったりきてしまいます。

スポーツジムにでも通えば良いのですが、生来の怠け者なのであのような飼ねずみの運動みたいなことは好かないのです。

運動は楽しくなければ、いけません。そうでない運動は、治療かリハビリと呼びます。

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水の都で水遊び

2008-05-18 06:30:08 | 東京の水辺
おー、風流な人を扇橋閘門の近くで見つけました。このボートなら私にも所有できるかも、なにしろ閘門は無料で通行する船のために水位を調節してくれるそうです。だけど、この手の船に対応してくれるのかな? ちょと心配です。

それにしてもこの方、水の都、東京を楽しんでおられますねぇ。今の季節、川の水も未だ匂わずほんとうに気持ち良さそうです。

なにしろ江戸時代には立てに横に運河があって水の都ベニスのようであったというはなしもありますし、移動は船でゆっくりなんて風流じゃありませんか



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扇橋

2008-05-17 08:42:04 | 東京の水辺
新高橋と扇端を望む位置、つまり小名木川と横川(大横川)が交わる場所は狭い下町のなかでちょとばかしり広々し感じが私は好きです。今ではすっかり綺麗に整備されて四本の松が江戸のなごりをかもし出しています。川縁のこじゃれたマンションが素敵です。ここに住む人たちは毎朝気持ちの良い風景を見ながら食事をしているのかなぁ、きっと余裕のある一日を過ごしているにちがいないだろうなんてかってに想像させていただいてます。

さて、この扇橋の直ぐ近くに扇橋ロックゲート、日本語でいうと閘門(こうもん)があります。閘門は水門を二つ直列にした形をしていて水位の異なる川を調節して船が通れるようにする働きをします。そうですあの有名なパナマ運河のロックゲートと同じ原理です。なんであっち側とこちら側の水位が違うのだろうか、結局、川は海へ流れるのだから海より水位が低いほうの川には海水が逆流して結局水位は同じなちゃうのじゃないの?と素朴な疑問がういてきました。

そこで、ちょと調べてみると;
                     
墨田川と荒川(昔は中川)に囲まれた地域は江戸時代に陸地化された後、明治、大正、昭和と工業地区として発展することとなった。しかし、もともと海であった土地だあることと当時は上水道が完備されておらず工業用の塩分を含まない水を得ることが必須であった。そこで、地下水を利用することになったのだが、大量の水の吸い上げは何万年も架けて蓄えた地下水をたった40年~50年で吐き出す結果となり、深刻な地盤沈下の原因となった。地盤沈下は昭和40年ごろまで続き、ついに昭和40年代に地下水の使用禁止が法令化された。ここで地盤沈下は防止できたのだが、もともとが海抜0メートルだった地域が海抜マイナス3メートル~5メートルとなってしまった。

この地域の川は用水路として掘られたものなので直接海へ流れ出る川は隅田川と荒川だけなのだ。だから隅田川のこちら側(下町側)には水門で満潮時に水位の調節して高潮の被害を防いでいる。つまり墨田川と荒川にかこまれたデルタ地区は巨大な堤防で四方からの浸水を防いでいる。扇橋閘門は隅田川と中川の水位あ(2mぐらいかなぁ)を調節、荒川閘門は荒川と中川の水位(3mぐらい?)を調節して隅田川から荒川へ船が通行できるようにしている。

ところで江戸時代、小名木川は塩などの物資を江戸から中川を通る海運の重要な役目をしていたそうで、この二つの閘門の完成によって江戸時代以来途絶えていた隅田川と荒川の船の行き来ができるようになった、とお役所は絶賛している。
     

ざっとまぁ、調べてみてわかったのはこんな感じです、ふーっ。

船の行き来といっても今じゃレジャーボートぐらいで、こんなにお金をかける必要があるのかなぁ。今お都知事さんがヨット好きだから国に働きかけて作ったとも思えるし...。いつかは私も船を持つ身分になればありがたみはわかるかもね。
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新高橋

2008-05-16 07:20:59 | 東京の水辺
【写真】新高橋、小名木川にかかる1径間鋼製トラス橋で昭和54年の架設です。

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当時の橋が両側に積み上げた石にで橋を渡したので近くの家から見ると二階ほどの高さであったところが「高橋」の由来のようです。

この橋は藤沢周平の「狂気」という小説の舞台です。この小説には横川にかかる大栄橋も登場します。時代小説の作者は小説を書く時は古地図を参考にしたのはもちろんでしょうが、もしかしたらこのあたりを実際に歩いて距離感へ地域の雰囲気をものにしているのかもしれません。

そういえば宮部みゆきの小説にはほんとにマイナーな「南辻橋」が登場しますが、氏はこのあたりに在住しているといことです。実際に橋が登場する本を読んでからこの辺りを回ってみるとプロの作家の表現力というか想像力といのか、その影響で当時の水辺の生活が私にも易々と想像できてしまうのでおどろきです。


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春の雪

2008-05-15 07:17:30 | 東京の水辺
【写真】崎川橋
仙台堀川にかかる1径間鋼製トラス橋です、架設は昭和49.です。
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藤沢周平、池波正太郎、宮部みゆき、平岩弓枝、あたりの本を読んだ後にこのあたりの橋を回ると気分はすっかり小説の舞台に立っているようになったりして面白いです、他人から見ると何の変哲もない橋の袂でニヤニヤしたり、深刻な顔している私はかなり怪しいかも。


ところで藤沢周平の小説には江戸の下町が舞台となることが多いけど、どちらかというと両国周辺より深川、木場周辺が多いみたい。その中でいくつもの橋が登場するのだけど、結構地元の人しかしらないような小さな橋が多くて私しては嬉しい限り。
かたや池波正太郎、皆さんご存知の「鬼平犯科帳」はどちらかというと両国周辺から竪川にかかる橋が多く登場するのだけど、これは鬼兵が「本所の撤」と呼ばれいたころに本所入江町、三の橋の近くに住んでいたからどろうね。

とういうわけで、今回は藤沢周平「春の雪」の舞台となった橋です。

幼馴染のみさと作次郎、茂太はで19歳になった今は同じ木場の材木商に奉公している。何事にも才にあふれ男気のある作次郎にくらべ茂太はのろまで気が弱かった。みさと作次郎といつかは夫婦になることが当然の成り行きだろうと考えていた。みさと作次郎は茂太が最近博打に手を出したことを知り、堅気としての道をはずさないように助けるのだが、茂太は耳をかそうとはしない。みさは作次郎と二人で茂太をたすけることに喜びを感じていた。

そんなある日、お使いの帰り道みさが筋の悪い若者に絡まれる。その場に居合わせた茂太はみさを助けたために喧嘩に巻き込まれて大怪我をしてしまう。茂太の看病をするうちにみさは茂太のこれまでの行動がみさへの純粋な想いが届かぬための反動からであったこと理解する。自らの作次郎への想いを犠牲にすることを決心して、茂太を救うために、みさは一度だけ茂太に自分を捧げる。みさと茂太の関係を知った作次郎は潔く身を引いたが、身を崩し荒れた生活をおくるようになってしまった。茂太を救うことができたみさだが、その代償として作太郎が犠牲になってしまった。

と、まぁ粗筋はこんなところなのだが、この話のハイライトで作次郎がみさと別れる場面がこれです。
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 「女って不思議だな」
 むしろ快活な口調でそう言うと、作次郎は手をあげて、じゃと言い背をむけた。
 盲縞の長身の背が、いさぎよい足どりで遠ざかるのを、みさは立ちつくして見送った。自分が泣いていることに気づいたのは、作次郎の姿が崎川橋を渡り、木場の方に小さく消えて行くのを眼で追っているときだった。
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なかせますねぇ。この場面が両国橋でも永代橋でもなく、小さな崎川橋というのもなんかもうたまりませんじゃないですか? 

崎川橋でもうすっかり周平ファンとなってしまった私です。
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木場

2008-05-14 07:25:59 | 東京の水辺
木場公園に戻ってきました。
その名の通り江戸幕府の貯木場として作られて木場です。いまはは公園となって貯木場は新木場に移転しました。この写真は木場公園の真ん中にある葛西橋通りと千台堀公園をこえる陸橋です。木場公園の駐車場に車を留めてから自転車でゆっくり橋めぐりというのも面白いかもしれませんね。
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木場橋

2008-05-13 07:31:52 | 東京の水辺
【写真】木場端 大島川東支川に架かる1径間鋼製トラス橋で架設は昭和62年です。
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木場公園はもう目の前です、大島川東支川は現在では埋めたられています。たったひとつだけ取り付けられているレトロな橋灯が設計者の誇りを感じる橋です。この手の橋はみな形がにていますが、それぞれの個性のある橋灯に注目すると面白い発見があります。
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鶴歩橋

2008-05-12 20:21:03 | 東京の水辺
【写真】鶴歩橋(「かくほはし」と読みます)。歴史はありそうですが、詳細は不明です。今の橋は昭和57年架設のものです。親柱には鶴のモチーフがありました。

名前の由来が知りたいものです。何方か教えていただけますでしょうか?
よろしくお願いします。


安西水丸さんの「青いインクの東京地図」の中にこんな記述がありました。
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木場から冬木町にかかる鶴歩橋は、やはりこのあたり(木場1,2丁目あたりで昭和6年まで島田町、入船町、鶴歩町と呼ばれていた)を埋め立て開発した平野甚四郎忠重の俳号鶴歩からつけられた。
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0806加筆)
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