旧奥州街道(松前道)の11回目は、「仙台(八乙女)~古川」です。
この区間は、2006/03/18に踏破しました。
この回から松前道となります。
松前道には、交通の便のいい地点をつなごうとすると長距離行程を強いられる交通が不便な区間があります。
これからご紹介する仙台~古川~有壁もその1つです。
よって難易度高めなので、行程を組む際は入念に事前準備をされることをお勧めします。
旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。
仙台(八乙女)~古川間のルートマップはこちら。
その1
その2
撮影は Canon PowerShot S80 です。
市営地下鉄八乙女駅を出、ほぼ住宅地となっている七北田宿を通過。
東北道とクロスすると、東北マツダの手前に大清水石盥(せっかん)があります。
新妻豊前という武士が病気で倒れた家臣の喉を潤すために槍の先で岩を掘ったところ清水が湧き出したとされており、旅人の憩いの場となりました。

新規に造成された住宅地を抜け、国道4号を外れると富谷宿。打って変わって静かな旧宿場町の様相です。
かつては(先にある)有壁宿と同じような本陣があったとのことです。


再び国道4号に合流し、大きく左にカーブする手前に吉岡宿。
住宅地ですが、九品寺や吉岡八幡神社があります。
吉岡宿を抜けると山を回り込みながら工業団地のなかを行きます。
ここには旧道が埋もれているようですが、自分の足で歩くことはできませんでした。
工業団地を抜けると須木神社。源頼朝が陣を置いたことがあるそうです。


須木神社からひたすら北上し、豆坂を下って鳴瀬川を渡ると大豆坂地蔵尊。
明和2年(1765年)に死者の霊を慰めるため仙台広瀬川の巨石で建立された、高さ4メートルを誇る地蔵尊。
現在は延命・子育てのお地蔵さんとして信仰されています。
道の駅が隣接していますので、休憩にもよいでしょう。



大豆坂地蔵尊からも続けて北上し、JR古川駅を目指しました。
…地図をご参照いただければわかりますが、この区間は約38km(!)とかなりの長丁場。
身体能力に対して歩行距離がオーバーしていたため足を痛めてしまいました…
完治までには大分引きずりましたので、無理はいけないなぁ、と実感。
この区間は、2006/03/18に踏破しました。
この回から松前道となります。
松前道には、交通の便のいい地点をつなごうとすると長距離行程を強いられる交通が不便な区間があります。
これからご紹介する仙台~古川~有壁もその1つです。
よって難易度高めなので、行程を組む際は入念に事前準備をされることをお勧めします。
旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。
仙台(八乙女)~古川間のルートマップはこちら。
その1
その2
撮影は Canon PowerShot S80 です。
市営地下鉄八乙女駅を出、ほぼ住宅地となっている七北田宿を通過。
東北道とクロスすると、東北マツダの手前に大清水石盥(せっかん)があります。
新妻豊前という武士が病気で倒れた家臣の喉を潤すために槍の先で岩を掘ったところ清水が湧き出したとされており、旅人の憩いの場となりました。

新規に造成された住宅地を抜け、国道4号を外れると富谷宿。打って変わって静かな旧宿場町の様相です。
かつては(先にある)有壁宿と同じような本陣があったとのことです。


再び国道4号に合流し、大きく左にカーブする手前に吉岡宿。
住宅地ですが、九品寺や吉岡八幡神社があります。
吉岡宿を抜けると山を回り込みながら工業団地のなかを行きます。
ここには旧道が埋もれているようですが、自分の足で歩くことはできませんでした。
工業団地を抜けると須木神社。源頼朝が陣を置いたことがあるそうです。


須木神社からひたすら北上し、豆坂を下って鳴瀬川を渡ると大豆坂地蔵尊。
明和2年(1765年)に死者の霊を慰めるため仙台広瀬川の巨石で建立された、高さ4メートルを誇る地蔵尊。
現在は延命・子育てのお地蔵さんとして信仰されています。
道の駅が隣接していますので、休憩にもよいでしょう。



大豆坂地蔵尊からも続けて北上し、JR古川駅を目指しました。
…地図をご参照いただければわかりますが、この区間は約38km(!)とかなりの長丁場。
身体能力に対して歩行距離がオーバーしていたため足を痛めてしまいました…
完治までには大分引きずりましたので、無理はいけないなぁ、と実感。




























