旧日光街道の7回目は、「石橋~宇都宮」です。
この区間は、2005/04/23に踏破しました。
旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。
石橋~宇都宮間のルートマップはこちら。
撮影は Canon IXY DIGITAL 500 です。
JR石橋駅を出たあたりの国道4号沿いは石橋宿です。古めかしい住宅が残ります。

JR石橋駅から少し北へ行った鞘堂あたりでは新緑がまぶしいっ!

JR雀宮駅まで進むと雀宮宿で、雀宮神社があります。
雀宮神社はこの辺りの地名の由来となっています。

…さて、写真は宇都宮までワープしてしまいますが、実際にはワープしてませんw
写真を撮っていないだけです…
近年宇都宮では史跡の復元が進んでおり、例えばこの時では宇都宮城址公園が整備中でしたが、今ではオープンしていたりしますので立ち寄ってみてはいかがでしょうか?
ここは二荒山神社。宇都宮のシンボルともいえる存在です。
同じ名前の神社は日光にもありますが、関連はない別の神社と考えられています。



境内では挙式が行われていました。現在はいかが過ごされているでしょうか。

最後にJR宇都宮駅やや北にある旧篠原家住宅へ立ち寄りました。
篠原氏は江戸時代からの豪商で、重要文化財に指定されています。



旧日光街道は宇都宮からから北西へ進み日光東照宮を目指しますが、私はさらに北へ進むため旧奥州街道を進むことを選択しました。
日光まで歩けるのはいつになるやら…
この区間は、2005/04/23に踏破しました。
旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。
石橋~宇都宮間のルートマップはこちら。
撮影は Canon IXY DIGITAL 500 です。
JR石橋駅を出たあたりの国道4号沿いは石橋宿です。古めかしい住宅が残ります。

JR石橋駅から少し北へ行った鞘堂あたりでは新緑がまぶしいっ!

JR雀宮駅まで進むと雀宮宿で、雀宮神社があります。
雀宮神社はこの辺りの地名の由来となっています。

…さて、写真は宇都宮までワープしてしまいますが、実際にはワープしてませんw
写真を撮っていないだけです…
近年宇都宮では史跡の復元が進んでおり、例えばこの時では宇都宮城址公園が整備中でしたが、今ではオープンしていたりしますので立ち寄ってみてはいかがでしょうか?
ここは二荒山神社。宇都宮のシンボルともいえる存在です。
同じ名前の神社は日光にもありますが、関連はない別の神社と考えられています。



境内では挙式が行われていました。現在はいかが過ごされているでしょうか。

最後にJR宇都宮駅やや北にある旧篠原家住宅へ立ち寄りました。
篠原氏は江戸時代からの豪商で、重要文化財に指定されています。



旧日光街道は宇都宮からから北西へ進み日光東照宮を目指しますが、私はさらに北へ進むため旧奥州街道を進むことを選択しました。
日光まで歩けるのはいつになるやら…
旧日光街道の6回目は、「小山~石橋」です。
この区間は、2005/04/09に踏破しました。
旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。
小山~石橋間のルートマップはこちら。
撮影は Canon IXY DIGITAL 500 です。
まずは小山城址(祇園城跡)へ。
さくらが満開でした。



小山城址は立派な空堀が残っており、軍事的な要塞であったことを伺わせます。


小山城址を出るとひたすら北へ進みます。
ここは途中国道4号へ合流しそうで脇へそれ、新幹線と並走するあたり(喜沢)。
静かにたたずむ木立が街道歩きの雰囲気を盛り上げます。

さらに進み、JR小金井駅を過ぎてすぐに小金井一里塚があります。

小さなしだれざくらがささやかなアクセントになっていました。


小金井一里塚からも国道4号で北上を続けますが、JR自治医大駅のちょっと先から東へそれて下野薬師寺へ立ち寄りました。
…ずーっと国道というのも味気ないし…
下野薬師寺は日本で薬師信仰が盛んになりだした7世紀後半ごろの建立といわれています。
当時の敷地は広大だったそうで、現在でもその広さの片鱗を見ることができます。



下野薬師寺に隣接していくつか寺院があります。ここは安国寺。

安国寺には江戸時代後期の様式を残す六角堂があります。

つづいて薬師寺八幡宮。東北主語の大神として京都・石清水八幡宮の祭神を勧請したとされています。


下野薬師寺を後にした後は国道4号へ戻り、JR石橋駅で歩き終わりです。
この区間は、2005/04/09に踏破しました。
旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。
小山~石橋間のルートマップはこちら。
撮影は Canon IXY DIGITAL 500 です。
まずは小山城址(祇園城跡)へ。
さくらが満開でした。



小山城址は立派な空堀が残っており、軍事的な要塞であったことを伺わせます。


小山城址を出るとひたすら北へ進みます。
ここは途中国道4号へ合流しそうで脇へそれ、新幹線と並走するあたり(喜沢)。
静かにたたずむ木立が街道歩きの雰囲気を盛り上げます。

さらに進み、JR小金井駅を過ぎてすぐに小金井一里塚があります。

小さなしだれざくらがささやかなアクセントになっていました。


小金井一里塚からも国道4号で北上を続けますが、JR自治医大駅のちょっと先から東へそれて下野薬師寺へ立ち寄りました。
…ずーっと国道というのも味気ないし…
下野薬師寺は日本で薬師信仰が盛んになりだした7世紀後半ごろの建立といわれています。
当時の敷地は広大だったそうで、現在でもその広さの片鱗を見ることができます。



下野薬師寺に隣接していくつか寺院があります。ここは安国寺。

安国寺には江戸時代後期の様式を残す六角堂があります。

つづいて薬師寺八幡宮。東北主語の大神として京都・石清水八幡宮の祭神を勧請したとされています。


下野薬師寺を後にした後は国道4号へ戻り、JR石橋駅で歩き終わりです。
旧日光街道の5回目は、「古河~小山」です。
この区間は、2005/04/02に踏破しました。
旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。
古河~小山間のルートマップはこちら。
撮影は Canon IXY DIGITAL 500 です。
この日は古河総合公園で花桃祭りが行われていました。
あいにくの曇天でしたが、それでも気分は華やぎます。



ここは古河総合公園内にある旧中山家住宅。
もともと茨城県岩井市大字辺田にあった中山氏所有のものを移築したとのこと。


同じく古河総合公園内にある旧飛田家住宅。
こちらも、もともと茨城県久慈郡金砂郷村大字岩手にあった飛田氏所有のものの移築です。


熱気球も飛んでいました。間近に見るのはあまりなかったので新鮮でした。

さて、古河宿を出発し北上します。
野木宿では野木神社があります。坂上田村麻呂が蝦夷平定し京都への凱旋中に立ち寄り、報賽として現在地に社殿を造営したとのこと。

この大銀杏は坂上田村麻呂によって手植えされたものとされています。

また野木神社の境内には芭蕉句碑もあります。
「一疋の はね馬もなし 河千鳥」と冬の渡良瀬遊水地の様子を歌っています。

境内わきには池があり、ほとりにはニリンソウやスミレといった小さな春が。


さらに空には大きな鳥が。寄りきれなかったのでわかりにくいですが、オオタカ?

野木神社を後にすると味気ない国道4号を北上することになり、JR小山駅で終わりとしました。 /
この区間は、2005/04/02に踏破しました。
旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。
古河~小山間のルートマップはこちら。
撮影は Canon IXY DIGITAL 500 です。
この日は古河総合公園で花桃祭りが行われていました。
あいにくの曇天でしたが、それでも気分は華やぎます。



ここは古河総合公園内にある旧中山家住宅。
もともと茨城県岩井市大字辺田にあった中山氏所有のものを移築したとのこと。


同じく古河総合公園内にある旧飛田家住宅。
こちらも、もともと茨城県久慈郡金砂郷村大字岩手にあった飛田氏所有のものの移築です。


熱気球も飛んでいました。間近に見るのはあまりなかったので新鮮でした。

さて、古河宿を出発し北上します。
野木宿では野木神社があります。坂上田村麻呂が蝦夷平定し京都への凱旋中に立ち寄り、報賽として現在地に社殿を造営したとのこと。

この大銀杏は坂上田村麻呂によって手植えされたものとされています。

また野木神社の境内には芭蕉句碑もあります。
「一疋の はね馬もなし 河千鳥」と冬の渡良瀬遊水地の様子を歌っています。

境内わきには池があり、ほとりにはニリンソウやスミレといった小さな春が。


さらに空には大きな鳥が。寄りきれなかったのでわかりにくいですが、オオタカ?

野木神社を後にすると味気ない国道4号を北上することになり、JR小山駅で終わりとしました。 /
旧日光街道の4回目は、「幸手~古河」です。
この区間は、2005/03/30に踏破しました。
…写真はまだまだ少ないです。ご容赦ください…
旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。
幸手~古河間のルートマップはこちら。
撮影は Canon IXY DIGITAL 500 です。
東武幸手駅を出発し、北上を続けます。
ここまで来ると周囲が開け、開放的な道になります。国道とも離れますので散策を楽しめると思います。
利根川が迫ると栗橋宿です。
メインストリートの一帯は旧宿場で、所々に古めかしい住宅が残ります。
栗橋宿を抜け、利根川を渡る直前の土手には栗橋関所跡の碑があります。

利根川を渡ります。広大な川で渡りきるにはかなりの時間がかかります。

この日は風が強く、橋の上では吹き飛ばされそうでしたw
(風の強さは水面の波立ち具合でお分かりになると思います。)

利根川を渡ると古河宿を目指します。
途中、JR宇都宮線を横断すると当時の様子を復元するためと思われる若い(小さな)松並木が出迎えてくれます。
古河宿に入ります。
JR古河駅を通過し左折する曲がり角には道標があります。
この道標のあたりからは旧宿場で、趣のある商店が立ち並びます。

この回は街道から西へ外れた雀神社にお参りして終わりとしました。
雀神社は出雲大社から勧請したとされ、創建がはっきりしないものの徳川家や古河藩主などの重鎮からも崇敬の厚い神社だったとされています。



この区間は、2005/03/30に踏破しました。
…写真はまだまだ少ないです。ご容赦ください…
旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。
幸手~古河間のルートマップはこちら。
撮影は Canon IXY DIGITAL 500 です。
東武幸手駅を出発し、北上を続けます。
ここまで来ると周囲が開け、開放的な道になります。国道とも離れますので散策を楽しめると思います。
利根川が迫ると栗橋宿です。
メインストリートの一帯は旧宿場で、所々に古めかしい住宅が残ります。
栗橋宿を抜け、利根川を渡る直前の土手には栗橋関所跡の碑があります。

利根川を渡ります。広大な川で渡りきるにはかなりの時間がかかります。

この日は風が強く、橋の上では吹き飛ばされそうでしたw
(風の強さは水面の波立ち具合でお分かりになると思います。)

利根川を渡ると古河宿を目指します。
途中、JR宇都宮線を横断すると当時の様子を復元するためと思われる若い(小さな)松並木が出迎えてくれます。
古河宿に入ります。
JR古河駅を通過し左折する曲がり角には道標があります。
この道標のあたりからは旧宿場で、趣のある商店が立ち並びます。

この回は街道から西へ外れた雀神社にお参りして終わりとしました。
雀神社は出雲大社から勧請したとされ、創建がはっきりしないものの徳川家や古河藩主などの重鎮からも崇敬の厚い神社だったとされています。










