一瞬に永遠が刻まれて

風景/鉄道/日本の旧街道の写真が中心のブログです。

旧伊勢街道 全コース一覧

2011-09-20 20:12:39 | 旧伊勢街道
旧伊勢街道のエントリー一覧です。
追分から順に並べています。

旧伊勢街道 追分~津 (その1)
旧伊勢街道 追分~津 (その2)
旧伊勢街道 津~松阪 (その1)
旧伊勢街道 津~松阪 (その2)
旧伊勢街道 松阪~伊勢(内宮) (その1)
旧伊勢街道 松阪~伊勢(内宮) (その2)
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旧伊勢街道 松阪~伊勢(内宮) (その2)

2011-09-19 18:40:00 | 旧伊勢街道
旧伊勢街道 松阪~伊勢(内宮) (その1)の続きです。

旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。

ルートマップは、三重の歴史街道 Webサイトが詳しいので、そちらをご参照ください。
(ウォーキング・マップ → 伊勢街道 とたどると、マップがPDFで公開されています。)

撮影は、ボディがEOS 5D Mark II、レンズが Zeiss Distagon T* 2/28 ZE と、EF 17-40mm F4L USM(内宮のみ) です。

外宮を出ると、小田の橋を渡ります。
小田の橋が架かる勢田川のこの辺りは神宮のお供え物を運んだことから「御贄川(おんべがわ)」と呼ばれていました。


小田の橋を過ぎると、尾部坂です。
旅人に投銭を乞う芸人らが多くいたり、またこの先の古市では遊郭が並ぶなど、なかなかの場所だったそう。


旅籠屋「麻吉旅館」です。嘉永四年(1851年)創業の老舗ですが、現在でも営業中です。


猿田彦神社手前の牛屋坂の常夜灯です。端正な形の常夜灯が二基並びます。


内宮に到達する直前に、猿田彦神社があります。
天孫降臨の際、道案内をつとめた猿田彦命を祀ります。






土産物屋が並ぶおはらいまちです。


ここには赤福本店があり、赤福氷をいただきました。(夏季限定のようなので注意)


休日ということもあり、大変賑わっていました。


いよいよ内宮へ到着です。
パワースポット人気もあり?賑わうというよりごった返す感じでした。




内宮にはシカがおり、人気者になっています。
※使用レンズはここからEF 17-40mm F4L USM です。


参拝の途中は五十鈴川に立ち寄ることができます。夏では心地よいです。




ここは神楽殿です。ご祈祷は随時可能です。


いよいよ内宮です。伊勢街道はこれにて完結です。
内部は撮影禁止なのでこれだけです。


参拝を終えて宿泊地(松阪)へ戻ります。
近鉄宇治山田駅はその美しさで有名ですね。
※使用レンズはここから Zeiss Distagon T* 2/28 ZE です。


松阪に戻ると、ちょうど松阪鈴おどりが行われていましたので見物。






次回から熊野古道(伊勢路)に入ります。
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旧伊勢街道 松阪~伊勢(内宮) (その1)

2011-09-18 15:08:54 | 旧伊勢街道
旧伊勢街道の3回目(最終回)は、「松阪~伊勢(内宮)」です。
この区間は、2010/07/18に踏破しました。

写真の枚数が多いので、松阪~外宮間を「その1」、外宮~内宮間を「その2」とします。

旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。

ルートマップは、三重の歴史街道 Webサイトが詳しいので、そちらをご参照ください。
(ウォーキング・マップ → 伊勢街道 とたどると、マップがPDFで公開されています。)

撮影はEOS 5D Mark II + Zeiss Distagon T* 2/28 ZE です。

信楽寺と閻魔堂です。閻魔堂は写真右側のお堂になります。


JR徳和駅東の常夜灯を過ぎると、禁酒の神・沖玉の夫婦石があります。
いわゆる断ち物信仰というものですね。


櫛田川を渡る手前の民家には、かつての櫛田橋の一部?が置かれています。


櫛田川を渡ります。


近鉄漕代駅を過ぎると、外宮まであと三里(約11.7km、一里は約3.9km)を示す道標が。


近鉄斎宮駅の北には、国史跡の斎王の森があります。
斎王の御殿とその役所の跡とされています。




斎王の森から街道に戻り、やや進むと有明六地蔵があります。
県指定文化財で、均整のとれた美しさは県下随一とされています。




有明六地蔵を後にすると、閑静な街道を進みます。


近鉄明星駅手前のそうめん坂付近です。
昔そうめん屋があったことからこの名前になったそうですが、坂ではないです。
すがすがしい夏の空が広がります。


そうめん坂から少し進むと、外宮まであと二里(約7.8km)です。


相合橋を渡ると、切妻・連子格子の家が連なります。


宮川を渡ります。東国から来ても西国から来ても渡る必要があります。
橋が架かる前は「桜の渡し」で、桜花が美しく咲く堤に沿って茶屋が並んでいたそうです。




JR山田上口駅手前には、二見への道標があります。
二見といえば、二見浦の夫婦岩で有名な、風光明美な場所です。至近ですので旅程に組み入れてみては。


外宮に到着です。
何度か参拝しましたが、自分の足で参ったのは初めてです。






その2へ続きます。
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旧伊勢街道 津~松阪 (その2)

2011-09-18 01:02:26 | 旧伊勢街道
旧伊勢街道 津~松阪 (その1)の続きです。

旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。

ルートマップは、三重の歴史街道 Webサイトが詳しいので、そちらをご参照ください。
(ウォーキング・マップ → 伊勢街道 とたどると、マップがPDFで公開されています。)

撮影はEOS 5D Mark II + Zeiss Distagon T* 2/28 ZE です。

JR六軒駅から南下すると、久米に入ります。


古きたたずまいをよく残すいちのやです。地元および旅人の憩いの場となっています。


いちのやからやや東へ行くと、忘れ井があります。
斎王群行に同行した官女甲斐がが詠んだ、
「別れゆく 都の方の恋しきに いざ結びみむ忘井の水」
の和歌(都を離れ望郷の念がやまない心境をあらわした)で有名です。




近鉄山田線をパスすると、街道は東へ折れます。この地点には常夜灯や山神が並びます。


伊勢街道は山神が多いです。


松阪市の中心部へ入ります。
これは薬師寺で、薬師如来坐像は県指定文化財です。


松阪市の中心部はかつての城下町の雰囲気が色濃いです。


松阪といえば松阪牛ですが、ここは有名店の牛銀本店です。
このときは立ち寄りませんでしたが、以前食事したことがあり、霜降り肉のすき焼きが絶品でした。
値が張りますが、予算のある方はお勧めです。


松阪城址です。戦国時代末期の天正12年(1584年)に蒲生氏によって築かれました。




奥に見えるのは、松阪市立歴史民俗資料館です。


松阪城址は石垣が見事です。


かつて天守閣があった場所です。今は何もありません。


松阪は本居宣長ゆかりの地でもあります。松阪城址内には本居宣長旧宅があり、別名「鈴屋」で親しまれています。
なぜ鈴屋なのかというと、宣長が書斎に取り付けた36個の小鈴の音色を楽しんでいたから、だそうです。
そのこともあってか、松阪市内では鈴にまつわるものを多く見かけます。








松阪城址から街をを見下ろします。
中央左に見える大きな旧屋は御城番屋敷で、松阪城を警護した武士が住んでいた武家長屋です。
今でも現役で子孫の方が住まわれています。


下に降りると、御城番屋敷はこんな感じの旧屋が連続しています。


近鉄・JR松阪駅です。駅前には鈴のモニュメントがあります。

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旧伊勢街道 津~松阪 (その1)

2011-09-17 15:52:00 | 旧伊勢街道
旧伊勢街道の2回目は、「津~松阪」です。
この区間は、2010/06/20に踏破しました。

写真の枚数が多いので、津~六軒間を「その1」、六軒~松阪間を「その2」とします。

旧街道記事の掲載ルールも併せてご参照ください。

ルートマップは、三重の歴史街道 Webサイトが詳しいので、そちらをご参照ください。
(ウォーキング・マップ → 伊勢街道 とたどると、マップがPDFで公開されています。)

撮影はEOS 5D Mark II + Zeiss Distagon T* 2/28 ZE です。
写真の数が多いのは、このコースを踏破する前日に購入したばかりのDistagonで撮るのが楽しかったからだったり。
このレンズは近接域からパンフォーカスまで安定した描写なので、足を使うことで様々な写真が撮れます。

津駅から少し進むと、四天王寺があります。聖徳太子ともゆかりがある古刹です。








かつての町はずれにたたずむ閻魔堂です。街の守護のために建てられました。


閻魔堂から南下する街道は、かつての雰囲気たっぷりです。


香良洲道との分岐点です。この道は香良洲神社を経由しつつ南下します。


先へ進んで、称念寺の手前へ。梅雨らしい気候でした。


称念寺です。周囲はアジサイが咲き誇っていました。






続いて高茶屋神社です。街道の休泊所として使われたとのことです。






雲出川の手前、島貫の様子。


雲出川を渡ります。大きな常夜灯が迎えてくれます。




雲出川を渡った先は松阪市に入ります。
ここは松阪市肥留。すごい地名ですね…(もちろん清潔ですよ)


奈良街道との分岐点です。


その2へ続きます。
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