ねぶた家の人々 (ねぶたけのひとびと)

2011年1月5日オープン!青森市文化観光交流施設ねぶたの家ワ・ラッセ公式BLOGです。

ねぶた師手塚茂樹さんのルーツ

2017年05月29日 15時41分52秒 | 日記

こんにちは

今日の青森市内の最高気温は27℃らしいです

そりゃ暑いわけであります

 

さて、昨日のブログでべりょうさんが告知した通り、先日ねぶたガイド隊の研修会で

ねぶた師手塚茂樹さんの講演がありました

私ササキングが聞いてきましたので、お伝えしたいと思います

 

手塚さんは5才のとき、第3代ねぶた名人の佐藤伝蔵さんが制作した日立連合の

「前田犬千代 出世の武勲」(1980年)を見てとてつもない衝撃を受けたそうです

生首の不気味さ、反り返ったねぶた、グロテスクでおどろおどろしい感じから、

迫力と華麗さがあると述べていました

昔からねぶたッコであったことがうかがえます

 

ちなみに祭りでは跳人として一回も参加したことがないそうです

ねぶたが「見れない」からで、完全に「見る専門」だそうです

 

青森工業高校2年生のとき、夏休み前7月の全校集会のことです

(この頃は工業高校にねぶた部がまだなかったそうです)

この頃は跳人のマナーが悪かったそうで、

健全な気持ちで跳人参加してもらいたいということで

学校側が企画してねぶた師による講演が行われました。

そのとき来たねぶた師が千葉作龍さんでした

周りの生徒はあまり興味がなさそうな雰囲気でしたが、

手塚さんは目をキラキラさせて千葉作龍さんのお話を聞いていたそうです

(スーパースターがきた!っというような感じだったそうです)

 

講演の中で、

「もしよかったらねぶた小屋を見に来て」というようなお話があり、

手塚さんは翌日から、早速ねぶた小屋に通ったそうです

この頃は浦町小学校にねぶた団地があった最後の年だったようです

 

途中、送りの色を塗ってみないかと言われ、色の入ったバケツを渡されたそうです

塗っていると紙に穴を開けてしまい、「やってしまった・・・怒られる!」と思ったが

「やっぱりな」というような感じだったそうです

 

その後、10年くらい千葉作龍さんのお手伝いをしていました。

市内の印刷会社に就職し、仕事が終わったら夜にお手伝いをしていました

「忙しかったですがねぶたに触れられるのがうれしかった。」と語る手塚さん。

 

次第に自分のねぶたを作ってみたいという気持ちになったそうです

この頃ねぶた師竹浪比呂央さんのねぶたに魅かれるようになりました。

きっかけを作ってくれた千葉作龍さんから離れることに葛藤したが、

平成13年、ついに竹浪比呂央さんに弟子入りしました

弟子入りすると環境が変わりました。

「自由がなくなり、空いた時間は全てねぶた。スタッフの延長だと思っていた。」

夢と現実のギャップに打ちひしがれた手塚さん

何度も竹浪さんにやめると言った時期もあったそうです。

100%ねぶたに向き合えなくなった手塚さんに竹浪さんから

「やめろ」とついに言われてしまいました

師匠から言われたことに「このままでいいのだろうか」と考え、

踏みとどまったそうです。

それでも仕事とねぶたを両立することは難しく、

ねぶたをとるか仕事をとるか選択を迫られたそうです

 

「ねぶたをとった」手塚さんはついに会社へ辞表を提出

そのとき社長から「ねぶたも立派な社会貢献だ」ということで、

5月~7月は休業し、それ以外の時期は在籍するのはどうかという

提案がありました。

「正直、家族もいたし不安だった。とても感謝している。」という手塚さんは

社長の提案を受けました。

悩んで動いた結果、物事がいい方向に進んでいったそうです

 

2年後、会社を円満退職し、

平成21年に開所した竹浪比呂央ねぶた研究所の職員として働きました

そんな手塚さんについにチャンスが訪れました

 

ある日師匠の竹浪比呂央さんから

「大型ねぶたをイメージして下絵を描いてみろ」と言われました。

出来上がった下絵を、裏で竹浪さんはマルハニチロ侫武多会に

持って行ったそうです。(手塚さんは全く気付いていなかったとのこと)

そして手塚さんに、マルハニチロ侫武多会から大型ねぶた制作のオファーが届きました

 

こうして平成26年、念願のねぶた師としてデビューが決まったのです

「とにかく最初は大きなねぶた」ということで

デビュー作の題材は「雷神」

定番ですが自分なりに表現した一人ねぶたを制作してみたかったそうです。

その時のちょっとした失敗談もあり、雷神の横にいた雷獣も一対にしたため、

色を塗る際の足場に困ったそうです

(次の年からはパーツを分けて制作したそうです)

 

今年でねぶた制作4年目に入った手塚さん

締めくくりに今年のねぶたの骨組みは9割終わったと

お話していただきました

いろいろな葛藤があり、今の手塚さんがあるんだなと、

ねぶた師手塚茂樹さんのルーツが知れた研修会でした

今後のさらなるご活躍に期待しています

ご講演いただき、ありがとうございました

 

ササキングのレポート

 

コメント
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