断章、特に経済的なテーマ

暇つぶしに、徒然思うこと。
あと、書き癖をつけようということで。
とりあえず、日銀で公表されている資料を題材に。

The rise and fall of money manager capitalism: a Minskian approach 2009 の話(3)

2019-08-10 16:53:29 | MMT & SFC
続き。確か4章まで終わったと思ったから、今日は5章と6章。
夏祭りに駆り出されたり、
Mitchell, Wray & Watts の教科書を読んだりしていたもんで、
なかなか進まなかった。
今日から盆休暇だが、明日から親元へ行って、親を旅行に連れて行かなければならないので
ツイッターもよう見れん。。。。
つか、親元に帰ると、何十年かにわたり放置されているおいらの部屋で
寝ることになるのだが(普段は物置状態)、冷房、もうないんだよね。。。。
まあ、何日もいるわけじゃない、すぐ旅行行くからいいけど。。。


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5. 銀行倒産、証券化の登場、そして不動産ブーム

先進国では、相対的に厳しく規制された銀行業務から「市場ベースの」金融機関への
長期的移行があった。この移行は合衆国でもっとも明瞭であった。合衆国ではかつては
商業銀行業務と投資銀行業務(株式や証券を含む一連の金融商品を扱う)の間に分離が
設けられていた。皮肉なことだが、バーゼル合意で採用された国際基準を創設することで
安全性と健全性を強化しようという圧力は、実際にはこの展開を――今では知られている通り、
システマティック・リスクを大いに高めた――後押ししたのである。ここでは筆者は
合衆国内の展開に焦点を合わせるが、程度に違いがあるとしても、同じ移行はほかの先進諸国にも見られた(21)。

金融資本制の初期局面では合併が見られたが、それと同じように、過去数10年間、
金融力の合併集中がみられた――一つにはグラス=スティーガル法の廃止(あらゆる方面の金融サービスを行う
巨大コングロマリットの形成を可能にした)およびその他の成長を制約する規制の廃止によって、
また一つには、「大きすぎてつぶせないtoo big to fail」ドクトリンに基づき、破たん金融機関を巨大な
(建前上は健全な)金融機関に結合することが押し進められた(22)。結果として、上位機関への資産の
集中が生じた。1990年には合衆国の金融機関のうち上位10機関が保有する金融資産は10%に過ぎなかった
――今では50%である。上位20機関は70%を保有している(1990年はたった12%であった)(Kaufman, 2009)。
同時に規制対象の金融機関によって保有されていた金融資産のシェアは、終戦後の早い時期の50%から
1990年代には25%以下に減少していた(Wray, 2008A)。加えて、トレーディング業務
(融資を組成し保有することではなくて)に由来する銀行収入のシェアは2006年までには
アメリカでは90%以上(ヨーロッパ、中東、アフリカでは80%)に上った(Nesvetailova and Palan, 2008)。
最後に、金融部門は2007年には合衆国における企業生産高のわずか16%を占めるだけであったが、
利益の40%以上を占めているのである。2000年から2007年半ば、金融サービス株価は78%上昇したが、
合衆国の株式市場全体では年間たった6%の上昇しかなかった(Nesvetailova and Palan, 2008, p.174 )。
[※年間6%だと、6年半で40数%上昇。]こうしたデータは金融資本制が権力の金融部門へのシフトによって
特徴づけられるという仮説と整合的である。

 主要なイノベーションによりデリバティブderivatives――その価値が担保である原資産「から
派生するderives from」金融商品――の利用が増加した。証券化証券、CDS、商品先物契約は
すべて重要な例であり、かつ、それぞれ今次危機を可能ならしめる条件を作りだすうえで一定の役割を
果たしている。現代的な住宅モーゲージ債の証券化が始まったのは1980年代初頭である。通常は、
民間部門主導でリスクを分散させるために行われた技術的なイノベーションとして紹介されるが、
実際には――ミンスキー(1987)が論じるとおり――、これは1979年にボルカー議長主導で行われた政策によって
フェデラル・ファンドレートが20%以上にまで上昇したことに対する対応であった(23)。この新しい政策レジームのもと、
どの金融機関も長期的な固定金利のモーゲージを抱えてまごまごしている余裕がなくなってしまった。
それゆえ、規制当局は銀行と貸付組合を「自由化」し、報酬とリスクがともに高い活動を
追及させることとなった。長期的に見れば、結果的に資産を簿外化することで金利リスクを避ける行動が
とられるようになった。たとえば資産の証券化と売却がそうである。非市場活動であったもの(融資課オフィサーと
将来の住宅オーナーによる相対契約)が、徐々に、一見すると世界中で取引される一元的な金融商品を
創りだすことへと変わっていった。[※ここで「非市場的活動」といっているのは、「市場取引型金融取引」
に対する「相対取引型」のこと。経済学的にはどちらも市場取引である。]その他の債務もすぐに証券化された。
たとえばクレジットカード債権、学資ローン、自動車関連ローン、消費者ローンなどがある。
[※クレジットカードのいわゆる「リボ払い」は証券化にはそのほうが適切であったため、推進されたといわれる。]

ミンスキー(1987)の議論では、証券化は金融の世界化にとって重要であった。というのは
証券化によって諸資産が国内的な縛りから自由になれたからである。証券のパッケージ化は、
ドル単位で評価される資産を望ましい水準に持っていきたいと試みている国際的な投資家にアピールした。
総ドル建証券は10兆ドルを超えるに至った。それ以外の金融資産はさらに急速に成長した――ピーク時には
グローバルCDSは60兆ドルに達し、さらにクレジット・デリバティブ総額は、少なくとも、
10倍大きかった。こうした資産は世界中のバランスシートを結びつけた。それ故、一つの小さな市場で
デフォルトが発生すると、雪だるま式に世界中に広がる可能性もあった。二つのドイツの銀行が
アメリカのサブプライム・ローン問題のためにまず破綻した(24)。

資産を財務諸表から切り離すことで、銀行は所要準備保有や資本規制を免れていた――同時に
規制や監督も。ミンスキー(1987)が論じるとおり、投資銀行は格付け会社に支払って
証券に高評価を獲得し、経済学者を雇ってモデルを開発させ、金利収入がリスクを上回っていることを
示した。リスク格付けや経済モデルは信用強化のために利用された――証券に対して、保険会社や
年金ファンドが必要とする投資格付けを与えていた。後にはそのほかにもクレジット・エンハンスメントが
加えられた。たとえば中途解約に対する巨額のペナルティーや、予想外の高デフォルト率が発生したために
キャピタル・ロスが発生した場合の買戻し保障などである――後者は金融危機が発生した時に大問題となった。
というのはこの保証によってリスクがすぐに銀行を直撃することになったからである。今一つの
クレジット・エンハンスメントは基本的な役割を果たした――証券への保険であり、MBIA(世界最大の保険会社)、
AMBAC、FGIC Corp.そしてCFIGが販売したものである。利用可能な保険と保険会社自身による
高信用格付けがなければ、多元的債務のための市場は限られたものになったであろう。

他にも展開はあった。David Li が作ったガウス型コピュラモデルがリスクの価格付けに用いられたのである
(Salmon, 2009)。証券化されたもともとのモーゲージ債は大部分、「コンフォーミング・ローン
conforming loans」といわれるもので、これはファニー・メイやフレディ・マックによって設定された基準に
適合するものであり、準政府金融機関によって保険が付けられているものであった(25)。引き受け規準が
厳しいことに加えその保証によってこれらのモーゲージ債が実質的に無リスクであるとされたため、
モーゲージ債のパッケージを元証券として発行された証券もまた安全とされた。しかし、マネージド・
マネーはリスクと、それに伴う高収益を好む。それゆえ、高リスクの資産、たとえばAlt-A
[※優良債券とサブプライム証券の中間証券]やサブプライム・モーゲージ債も証券化された(26)。
数多くの理由で、非コンフォーミングローンを原資産とする証券の価格設定は極めて難しい。
金融商品が新しければデフォルト確率を算定するための通時的資料も乏しくなる。性質が異なる貸付を
パッケージにしても、全体のリスクを査定することはさらに難しくなる。個々のモーゲージ債を
直接保有することに対して証券化証券を保有することのメリットは、一つには証券の背後にある
個別のモーゲージ債のデフォルト確率が相関していない限り、所有者はリスクを分散できることである。
国全体にわたる数多くのあらゆる地域からのモーゲージ債を取り込むことによって、このようにリスクが
分散されているように見せかけることができるだろう。だが、どうすればこの証券に価格を付けることができるのか。
やり方の一つは、パッケージされているモーゲージ債のタイプごとに一つ一つのデフォルト確率を把握し、
相関を査定することである。

これはとても難しいうえ、時間がかかるだろう。李のモデルは、CDS市場の発展と結びついている
現代金融理論を独創的な形で応用することによって、こうした問題を解決したように見えた(27)。CDSの価格は、
債券それ自体のデフォルトリスクのプロキシとして用いることができる。金融市場が「効率的に」リスクを
課格付けしている、と想定することで、あらゆる種類の債務の危険性を、こうした「保険」が利用可能でさえあれば
測定することができるだろう。このようにして、CDS価格をモーゲージ債(あるいはその他の債務)の分類に
使うことで、類似したモーゲージ債のリスクを測定する(28)。2000年に、李はCDS価格設定を用いた
次の段階へと進み、デフォルトの相関関係をモデル化した――さまざまな種類の債務に対するCDSの価格が
相関しているかどうかを判定した。債務を証券にパッケージした人たちは彼のモデルを使って、
組み込まれている債務の期待デフォルト率は絶対に相関しないようにアレンジすることができた。これによって、
文字通り、債務プールのパッケージが爆発的に増加した。いわゆる債務担保証券(CDO)である(Salmon, 2009)(29)。
勿論、市場によるCDS価格設定が不適切であったと判明すれば、あるいは、将来の相関関係が価格が
形成される時点で市場が期待していたものからまったく逸脱してしまうことがあれば、その時になって
価格設定モデルは破局的に誤っていたということになりかねない。

最後に、レバレッジは時とともに華々しく上昇し、一般的な銀行のレバレッジ率の10ないし12%から、
投資銀行では30%、そしてヘッジファンドにいたっては300%という高レベルにあいなった。こうした
レバレッジの上昇は基本的には二つの要因で正当化できる。第一に、証券化によって分散化が可能になったことで、
リスクが減った。第二に、(一つにはバーナンキンキのいわゆる「グレート・モデレーション」や
「グリーンスパン・プット」――何が起ころうと、中央銀行が市場を救うであろう――のおかげで)
ボラタリティが低下し、それによってやはりレバレッジ率を大きくすることができるようになったのである。
そして、ブーム期には常に起こることだが、短期債務をベースに資産ポジションの長期化が進むので、
資金調達は周期の終わりには短期的な方向に向かう傾向がある。これも短期債務の借り換えが可能な間は
結構な話である。しかし、ブームの終焉には常に事態が逆転する――ブーム期には簡単に調達できた
短期信用が突然バーストによって乾し上げられる。ボラタリティが上昇し、突如としてリスクの相関度が
システム全体を通じて上昇する。

重要なのは、新しい金融商品は複雑で不明瞭であることが望まれていたことを理解することだ。頭の回転が速い、
大きな報酬を得ている「ロケット・サイエンティスト」達が平均を上回る収益を求めて巨額の資金を
マネージしているため、どんなイノベーションも即座にコピーされ、その「飽和」とともにスプレッドが
減少してゆく。きわめて複雑なモデルを使って新しい金融商品を創りだし価格設定することは、
競合他社にとっては容易にその戦略をまねできなくなることを意味する。店頭取引でカスタマイズされた資産は
差別化と価格支配力を維持するのに貢献した。デスクトップコンピューター取引の普及の貢献も計り知れない
(Ferguson and Johnson、2009、p.22)。さらに二つの追加的メリットもあった。トップ経営層も規制当局も、
これらのモデルを理解できなかった――それゆえ、制度的かつシステマティックなリスクは査定できなかった。
この手の商品には市場価格はあり得ない――価格はマーケティング機関自身が社内の独自モデルによって設定した。
価格設定は、「時価評価mark to market」というより、実際には「モデル評価mark to model」で行われていた。
後になってモデルが破綻した時、これは「神話で評価marking to myth」していたといわれることになる。
今回のペーパーの範囲を超えるが、複雑さと不明瞭さとによって不正行為も助長された。以前の危機
(1980年代の貯蓄組合危機など)あるいは今次危機のレポートから漏れ出てくる情報から判断するに、
不正行為は、最終的に明るみに出るであろう全ての経済破たん事件に関わっているようだ。
要するに、金融の性質というのは根本的に変化してきたのであり、それは脆弱性を大きく助長するものだったわけだ。
証券化の成長によってオーナーたち(たとえばヘッジファンド)は自己資金を全く投じることなく
巨大なレバレッジ率で掛けるようになり、同時に潜在的には不安定なコマーシャルペーパーやその他負債による
資金調達で証券のポジションを得た。好循環が生まれた。与信が簡単なので、資産価格はたちどころに上昇し、
そして価格上昇がさらにイノベーションと競争を促しそれがさらにレバレッジ率を高めた。イノベーションは
ローンの供給を拡張し、住宅購入を加速し、不動産価格を引上げ、それが取引に必要とされるローンの
規模を膨らませ、レバレッジ率(貸付/担保価値比率、貸付/所得比率)の引き上げを正当化したが、それも
住宅購入資金がいつでも借換え可能であり或いはもし何事かが生じたときにはあとで住宅をより高い価格で
売却できたからである。好循環によって金融システムはミンスキーがヘッジ金融、投機的金融、そして
最後にポンツイ金融とラベル張りした通りの構造へ押し進められていった――だから資産価格の妥当性検証が
必要なのである。ヴェブレンの「営業資本」の価値を築きあげる好循環に関する説明との関係に注意してほしい。
期待される継続的価値上昇を担保するのは、信用へのアクセス強化なのである。問題は、こうした価値の成長の方が、
それを正当化するのに必要な所得の成長より早いということである。金融資本制の初期段階とは一つ違っている点がある。
負債の大部分には生産者より消費者がかかわっているという点だ――住宅ローン、クレジットカード、消費者債務、
自動車ローンやリース、キャッシュアウト・エクイティ・ローン、そして学資ローン、こうしたもの
すべてがとてもあり得そうにない、あるいは実際に全く架空の所得や資産(大部分は住宅)の評価を担保とした。
問題は1970年代初頭以降、格差が広がり、大部分の労務者の実質所得の伸びが停滞することで問題は複合化された。

ポンツイ局面は金利が上昇するか価格上昇止まるときに終わるだろう。勿論、どちらの出来事も事実上不可避であり、
両者とも密接に結びついている。というのもFedがブームを冷まそうとして金利を引き上げれば(2004年に始まる)、
ついには投機が停滞し、資産価格の上昇速度が落ち、そしてリスクスプレッドが広がるからである。サブプライムの
損失がモデルの結果を超え始めた時、証券価格が低落した。問題は他の市場にも拡散し、
マネーマーケットやミューチュアルファンド・コマーシャルペーパー市場も巻き込み、そして銀行は翌日物でさえ
貸出をためらうようになった。巨大なレバレッジ率のもと、マネー・マネージャーたちは資本を大きく上回る
巨額の損失に直面し、そして売却によるレバレッジ縮小に乗り出したが、これがさらに価格の下降圧力を強めた。
サブプライム市場の惨状が明らかになると、恐怖が、たとえば商業不動産貸し付けのような他の資産担保証券へと、
さらには地方債などのようなその他債券市場へと波及していった。さらに証券が依然思われていたよりリスクが
大きいことになったわけで、会社の損失は期待されていたより大きくなるし、格付け会社も信用格付けを引き下げることに
なる。そのため、こうした資産を保証していた保険の価値が失われる――証券の格付けはさらに引き下げられる。
多くの場合、投資銀行は最悪の証券を保有しており、そしてモーゲージ債償還の引き受けを約束していたり、
ポジションに保険を保有していた――それゆえあらゆるリスクが証券会社の背中にのしかかり、その結果株式や
負債の価値が引き下げられ取り付け騒ぎが発生した。よい循環が再び悪い循環に変わった。

最後に、問題はCDSへと――デフォルトリスクに対する「保険」へと――拡散した。AIGはこうした商品の
最大の売手であり、そして損失をカバーする準備をほとんど保有していなかった――結局のところ、
通常の保険とは異なり、CDSは完全に規制を逃れていた。さらに、CDS「保険」自体は、証券とは直接関係ない人にも
売り買いできるものだった――基本的にはこうしたものは将来の破たんをネタにしたギャンブルの掛けであった。
AIGの破綻(AIGが販売したスワップによってカバーされていた証券の格付け引き下げによって生じた――そこで
担保請求の引き金が引かれたわけだが、AIGはそれに対応することができなかった)はビジネスの歴史において
群を抜いて大きなものであったし、その救済に必要な金額が何千億ドルになるか、誰にも見当つかなかった。
政策立案者たちは、この保険損失によって世界中の金融システムが崩壊するということを根拠にベール・アウトを
正当化している。

CDS界の規模の大きさと1ドルの証券債務に賭けられた多額のドルを前提とすると、10億ドルの価値を持つ
債券がデフォルトした場合、CDSの売手は何千億ドルもの「保険」をデフォルトせざるを得なくなりかねない(30)。
こうしてレバレッジはベール・アウトの障害となる――政府はモーゲージ債のデフォルトより何倍も多い金額を
費やして債券の、そしてさらにそれを上回る額のCDS損失をカバーしなければならなくなった(31)。


6.「慎重な投資」とコモディティーブームとバースト

2000年代を通じて、コモディティー市場ブームが起こり原油価格が4倍に上昇し、それに続いてバーストが生じた。
筆者による以前の分析では、コモディティー価格の破裂の要因を3つに分けて説明した(Wray. 2008)。
これらの要因は通常は対立するとみなされていたのだが、筆者は逆に互いに相乗して価格を引き上げていると
論じたのである。供給と需要はエコノミスト達お気に入りの説明である。供給は当然制約されており、
需要が高まれば、価格は引き上げられる。二つ目の物語に関わっているのはコモディティー生産者と
取引業者による市場操作である。彼らが商品を退蔵して価格を引き上げているというわけだ。最後は投機が
――その多くがマネージド・マネーによるものであるが――商品先物市場で価格を釣り上げた。この議論に
重みが加わったのは、マネージドマネーが2008年秋に流れを逆転させ商品価格が急落した時である。筆者は
コモディティーは最新の資産クラスを表現していると論じた。つまりまた別の規制のない派生的店頭取引
金融商品なのであり、マネー・マネージャー資本制の中で金融化の果実として認識されているのである。
2000年に株式価格が崩壊した後、研究者たちはコモディティー価格が固定金利商品や株式からの収益と
相関していないことを示し、それゆえにコモディティーを保有することでポートフォーリオのボラタリティが
減ると考えた。ところがコモディティーを保管するには費用が掛かる。そこでマネー・マネージャーたちは
先物取引を検討した――コモディティーに基づいた紙のデリバティブである。先物契約は契約日には終わるため、
紙上の所有者は商品を受け取るポジションにある。マネー・マネージャーは商品を欲しがっているわけではないので、
あらかじめ決まっている日に契約を「書き換え」して、また別の将来の実行日へと先送りする。

従来の投資家とは異なり、マネー・マネージャーたちはロング・ポジションしかとらない――
バイ・アンド・ホールド戦略である。配当を単純化するため、マネージド・マネーは商品先物インデックスの中から
一つを複製する――こうして「インデックス投機家」という言葉が生まれた。先物契約自体は何の収入も
生み出さないので、収入の源泉はただインデックス価格の上昇だけ――というわけで、これは基本的に
投機なのである。1990年代に先行する時期、「慎重な投資家規則 the Prudent Investor rule」は
年金がそのような契約を購入することを禁じていた(Masters and White, 2008)。2000年の株価崩落の一方で
コモディティーのパフォーマンスが株価に連動しなかったことによって、ゴールドマン・サックスや
その他インデックス投資家たちが商品先物を新しい資産クラスに押し上げたのである。

エネルギー関連のコモディティーがこうしたインデックスの中心であり、特に石油関連製品は58%を占めている。
農業で最も大きな比率を占めているのはトウモロコシ、大豆、小麦である。金属ではアルミニウム、銅、金となる。
通常は、マネージド・マネーはポートフォーリオの4ないし5%をコモディティーに充てている。これは小さく
見えるかもしれないが、マネージド・マネーは商品先物の規模に比べれば莫大である。比較すると、
コモディティー価格ブームの期間にわたり、中国の原油消費の増加は合計で9億2千万バレルであったが、
インデックス投機家達による原油契約は8億84百万バレルの増加であった(Masters, 2008A, 2008B)。もう
一つ別の例だが、インデックス投資家たちは2年分のアメリカの穀物需要に応じられるだけの小麦先物契約を保有しており、
合衆国のエタノール産業1年間の供給のために十分なトウモロコシ契約を保有している(Masters, 2008A, 2008B)。
Masters and White(2008, p.20)の見積もりでは、ブーム期間中、投機家たちは販売された新規先物契約の
丁度半分を購入した。対照的に、現物を扱うヘッジ投資家が購入したのは5分の1であった。2002年には
インデックス市場で運用されているマネージドマネーは総額500億ドルほどであったが、2006年には1000億ドル以上へと
成長し、そして2008年半ばのピーク時には3000億ドル以上であった(Masters, 2008A)(32)。

要するに、先物価格が2000年以降、マネージド・マネーが市場に流入する――年金ファンド、ソブリン債ファンド、
ヘッジファンド、銀行(大部分ヨーロッパの)等々から――と同時に急騰したのは偶然ではないのだ。これによって
他の価格引き上げ要因も強化された。たとえば中国やインドの急成長であったり、いくつかの供給制約の拡大、
在庫改ざんなどもあった。たとえば輸出規制や合衆国のバイオ燃料インセンティブなどといった政府の政策も
一定の役割を果たした。こうした政策選択自体はコモディティー価格の上昇によって引き起こされたのではあるが、
それが同時に価格上昇の一因ともなった。大規模な馬鹿騒ぎ――その中にいるほぼすべての人々の利益が、
価格上昇の継続にゆだねられている――が創りだされた。不動産ブームとの類似点は顕著で、そして実際、
両者は結びつく。というのは、Fedはコモディティー価格の上昇(CPIインフレーションを後押しする)に対応して
金利を引き上げ、不動産市場が崩壊へと投げ落とされることになる一因を作った。

マネージド・マネーが望ましい比率でコモディティーの間に配布されると、大きな資金流入は沈静化する。おまけに、
議会がマネージド・マネーの役割を調査し始めたとき、年金ファンドは撤退した――悪影響のある規制が
公的に行われる可能性を恐れてのことである。突然、価格は上昇を止めた。正統派の投資家は期待を見直し
コモディティーの売りへ回った。強力な価格の方向転換が生じたのは、7月半ばのことである。原油価格は
1バレル150ドルに向かって上昇していたのだが、8月半ばには115ドルへと下がった。(2009年1月までに価格は
40ドルへと垂直落下した。マネージド・マネーの3分の1が2008年秋までにこの市場から逃げ去っていたと見積もられる。)
価格上昇を前提にしてビジネスの計画を練っていた生産者たちはコモディティー価格が下落すれば
彼らは成功できないことに気が付いた。農産物コモディティー価格低下の結果については前世期でも繰り返し
見られた。勿論、最も大きなものは『怒りの葡萄』に描かれた時代のものだ。農村部のアメリカや銀行にとって、
結果は深刻なものになり得る。世界中の農家たちはすでに危険を感じ取っている。コモディティー価格ブームでは
都市部の貧困層が食糧難に襲われたが、今度は農村部の貧困層が飢えに襲われる番だ。



(21) 世界経済における合衆国の大きさや、同じような発想で世界中の政策立案者や金融機関の
マネジメントが行われていることを考えれば、驚くことではない。
(22) メイヤーは簡潔な文で商業銀行と投資銀行の基本的な違いを押さえた。「商業銀行は借手と向き合うとき、
この借手がどのようにして返済するつもりかを知ろうとする。投資銀行家は借手と向き合うとき、
彼はどうすればその証券を売却できるかを知ろうとする」(Mayer, 2009, p.7)。
ヘンリー・カウフマンHenry Kaufman との共同声明で、メイヤーは次のように結論付けた。「切り離しておくべき活動が
三つある。貸し出し、証券のアンダー・ライティング、株式投資である」(Nayer, 2009, p.4)。気を付けてほしいが、
これこそまさにグラス―スティーガル法が行ったこと、金融資本制の最初の形態の失敗に対する対応だったのである。
 (23) Kuttner(2007)とレイWray(1994)も参照のこと。
 (24) Nesvetailova and Palan(2008)は、最終的に危機をもたらした資産の供給はアメリカに
由来していたとしても、これらの資産に対する需要はグローバルであったと主張している。合衆国の全モーゲージ債の
10%は合衆国外で保有されていた。ファニー・メイ、フレディ・マック、そのほかの政府系企業が発行した証券の
5分の1が海外で保有されていた。
(25) 財務省は明示的に保証していたわけではないが、市場は政府が必要に応じて介入すると見込んでいた――
この期待は、後にファニー・メイとフレディ・マックが実際に損害をカバーしきれなくなった時、証明された。
(26) カウフマン(2009)が述べたように、このイノベーションは「市場性のない債務の証券化」であり、
「金融商品を市場で取引させれば、その信用リスクを減少させることができるという幻想」を生み出した。
(27) 金融機関は債務の発行者が債務不履行を起こした場合でも債券保有者に対する支払いを約束するCDSを
販売することができる。CDSの買手は、たとえば100ドルの債券の保証料として年間1ドルのフィーを支払う。この保険の
「価格」は債券がリスキーになれば高くなる――たとえば、デフォルトの確率が5倍の債券100ドルの年間保険料は5ドルである。
(28) 債権を買うかCDSを売るかの選択がある。理論的にはどちらも同じリスクと収入があることになる。しかし、
倒産「改革」によってある意味でうわべはCDSの方が債券の購入より安全になった。信用デリバティブの保有者たちは、
倒産が起こった時最初は一列に並んでいる。だが倒産に陥った企業から「利益を得る」ことができるかどうか、
つまりポジションを清算し取引相手に担保を供出することができるかどうかを巡って幾つか疑問があった――というのは
そんなことをすればほかの債権者の回収額を減らすことになるからである。ウォール・ストリートは、
住宅所有者がモーゲージ債務から救済されることを不可能にしているその同じ法律の中に、この点を明確にする
文言を挿入すべく画策した[※自分たちの債権回収が優先されることを法制化した]――これはもう一つの、
政府を支配するネオコンからマネー・マネージャーたちへの素晴らしい「信用強化」策であった。
(29) 驚くことに、CDOのなかの最悪のトランシェはさらに小さなトランシェ――CDOスクエア――に分割でき、
それがAAAトランシェ(合衆国国債と同格の安全性!)を獲得していたのである。; さらにこうした製品の
最悪のトランシェッは、他の完全に安全なAAAトランシェと組み合わせることによって、CDOキューブとして
トランシェ化することもできた。そして警戒心もある投資家に対しては、対デフォルト用CDSの保護も付けた。
こうしたやり方で、毒入りローンのプールは、無数の証券やデリバティブに一時的な価値の生命を与えることとなった。
ローンにデフォルトが発生した時には、裁判所は虚偽の文書と複雑な請求権に分け入って、誰が合法的な
請求を行っているのかを特定しなければならない――裁判所によってはすでに明瞭さに欠けるという理由で
訴えを棄却している(Wray, 2008A参照)。ピーク時にはCDSは60兆ドルかそれ以上(これは規制対象外なので、
我々にはわからない)に達した。こうした債務の多くはおそらくヘッジされている。例えばある銀行
(あるいはAIG)が500万ドルの「保険」を発行し、証券化されたモーゲジ債のデフォルトリスクをカバーするとして、
CDSを500ドルでヘッジファンド(証券を保有している場合もあればいない場合もある)に売却する。信用格付け会社が
証券を格下げすれば、CDS価格は750ドルへと上昇する。ここでCDSの保有者は新しいCDSを発行し、
それを750ドルで売却すれば、250ドルの利益(750ドルの収入から500ドルの支払いを差引)が記録される。
ヘッジファンドは完全にヘッジされている。もし証券の価値がなくなれば、5百万ドルをCDSの保有者に
支払わなければならないが、しかし保有しているCDSを作成した銀行から5百万ドルを受け取ることになる。勿論問題は、
カウンターパーティーリスクである。もし銀行が支払えなければ、ヘッジファンドはどうすればいい?準備金は
巨額になるし、融資関係はあまりにも複雑で相互連関しているため、全体としてカンターパーティーがどれほどになるか、
知ることは不可能である。今でははっきりしている通り、AIGはカウンターパーティーとしてはいいものではなかった!
これまで同社は2000億ドルの政府によるベールアウト支援を受け取り、そして資本の80%が政府所有になっている。
同社が破綻したとき、保有していたCDSは4400億ドルである。それらに対して担保はなかった。驚くことだが、
こうしたCDSの大部分は2005年に組成されているがその時には、この会社は総資産額200億ドルしかなかった
――つまり会社の価値の2倍の額を、損失準備金なしのまま、賭けていたのである。2009年3月、AIGは未だ帳簿残にして
300億ドルのCDSを抱えていた。そのうち235億ドルは外国銀行に売られたものである。後に明らかになったが、
AIGはこのベールアウト資金を大部分カウンターパーティーに支払っていたわけだが、その中には
外国銀行も含まれていた――これが大きな政治的反発を引き起こすことになる。と、こんな形で合衆国政府の
ベールアウトによって、世界金融システムは保護されたわけだ(Morgenson, 2009)。
 (30)ピーク時にはCDSは60兆ドルかそれ以上(これは規制対象外なので、我々にはわからない)に達した。
こうした債務の多くはおそらくヘッジされている。例えばある銀行(あるいはAIG)が500万ドルの「保険」を発行し、
証券化されたモーゲジ債のデフォルトリスクをカバーするとして、CDSを500ドルでヘッジファンド(証券を
保有している場合もあればいない場合もある)に売却する。信用格付け会社が証券を格下げすれば、CDS価格は
750ドルへと上昇する。ここでCDSの保有者は新しいCDSを発行し、それを750ドルで売却すれば、
250ドルの利益(750ドルの収入から500ドルの支払いを差引)が記録される。ヘッジファンドは
完全にヘッジされている。もし証券の価値がなくなれば、5百万ドルをCDSの保有者に支払わなければならないが、
しかし保有しているCDSを作成した銀行から5百万ドルを受け取ることになる。勿論問題は、
カウンターパーティーリスクである。もし銀行が支払えなければ、ヘッジファンドはどうすればいい?準備金は
巨額になるし、融資関係はあまりにも複雑で相互連関しているため、全体としてカンターパーティーが
どれほどになるか、知ることは不可能である。今でははっきりしている通り、AIGはカウンターパーティーとしては
いいものではなかった!これまで同社は2000億ドルの政府によるベールアウト支援を受け取り、そして資本の
80%が政府所有になっている。同社が破綻したとき、保有していたCDSは4400億ドルである。それらに対して
担保はなかった。驚くことだが、こうしたCDSの大部分は2005年に組成されているがその時には、この会社は
総資産額200億ドルしかなかった――つまり会社の価値の2倍の額を、損失準備金なしのまま、賭けていたのである。
2009年3月、AIGは未だ帳簿残にして300億ドルのCDSを抱えていた。そのうち235億ドルは外国銀行に
売られたものである。後に明らかになったが、AIGはこのベールアウト資金を大部分カウンターパーティーに
支払っていたわけだが、その中には外国銀行も含まれていた――これが大きな政治的反発を引き起こすことになる。
と、こんな形で合衆国政府のベールアウトによって、世界金融システムは保護されたわけだ(Morgenson, 2009)。
 (31)これが、いうなれば「たったの」20%のデフォルト率で苦しんでいる10兆ドルの証券業界がなぜ、
何十兆ドルもの損失を生み出しえるのかの理由である。さらに、CDSの保有者は実際にはデフォルトを
好んでいたかもしれないのだ。債券の市場価格プラスCDS「保険」の価格が額面より低ければ、債券とCDSを購入し、
デフォルトに賭けることは有益である。これはネガティブベーシストレードと言われ、多数の債権者が
この戦略をとれば、企業には金融的困難が生じても、債務の再編が出来なくなってしまうだろう。そして、
市場はCDS価格を信用力の指標としてとらえているので、「保険」価格の上昇によって格下げが引き起こされ、
それがCDS価格を押し上げ、次の悪循環が始まる。これらは完全に規制のない不透明な市場であるため、
少数の巨大取引業者が[※保険の対象となっている企業の]存続の反対に賭けることで、
信用市場には恐ろしい損失がもたらされることがある。
 (32)先物価格と現物価格の間のリンクは明確ではないかもしれないが、一般的に、商品の現物価格は
先物価格を参照して決定される(Wray、2008B参照)。これが、インデックス投機家によって先物市場を通じて
現物価格が引き上げられる理由だ。
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