断章、特に経済的なテーマ

暇つぶしに、徒然思うこと。
あと、書き癖をつけようということで。
とりあえず、日銀で公表されている資料を題材に。

The rise and fall of money manager capitalism: a Minskian approach 2009 の話(2)

2019-07-20 10:54:02 | MMT & SFC
ケルトンさんが来日した。おいらはあいにく参加できなかったのだが
(あと1週間後だったら、余裕で1泊ぐらいしながら参加できたのだが、
間が悪いものである。。。。)。でもネット(ツイッターや三橋さんのところの動画)の情報を見るにつけ、
様子を知ることができた。

まあ、おいらも成り行きとはいえこうしてMMTに関わり続けてきたので
うれしいのはひとしおだけれど、ただ、まあ、なんちゅうか、YouTubeあたりで
流れているマスコミとの会見でもケルトンさんが
あきれていたけれど、何とかの一つ覚えみたいにインフレ、ハイパーインフレにしか質問が
あつまらん、ちゅうのも、日本のマスコミの状態って、もうどうなっちゃってんのかなあ、、、
という気もするんだよね。。。途中、資産バブルの問題について触れた質問もあったけれど、
まあ、ここしばらくMMCをやっているおいら的には、ちょっと日本人として恥ずかしかったお。。。

というわけで、MMCの続き。




3. Minsky: the glorious restoration of finance capitalism
3.ミンスキー:金融資本制経済の栄光再来

ミンスキーのアプローチでは、現代資本制経済は高価で耐用性の長い資本資産を必要とする。そのため、
資金調達そして金融市場へアクセスする市場力が必須となる。金融と投資の結びつきこそが、
現代資本制経済の不安定性を生み出しているのである。大恐慌は、金融資本制経済の初期形態を終わらせた(14)。
ミンスキーがよく論じていたことは、たとえ工業のカルテル化は価格切り下げの圧力の前には無力だということになったとしても、
そうなれば今度は資本資産のポジションを融資するために発行した債務の償還が出来なくなってしまう。
大恐慌の期間、失業率は「たった」25%に上昇しただけなのに、株価は85%も低下した。しかし、
資本制は第二次世界大戦から、新しい制度的組み合わせの時代に入いり、かつてないほどに強くなった。
「資本制は第二次世界大戦後、好調であったが、それは戦間期より制約が小さい中央銀行を有した
巨大政府による介入を伴った経済である」(Minsky, 1993, p.19)。これはまた、金融の役割が
縮小された資本制経済でもある。勿論、経済は進化し続ける。そしてミンスキーの分析では、
この進化は現存する資本制経済からより脆弱な形態への進化であった。彼はこの、第二次世界大戦以降の段階を
「家父長的資本制」と呼んだ。それは以下の要因によって特徴づけられた。「巨大政府」財務省(その支出は
GDPの5分の1)が反循環的に変動する予算を行使し、所得、雇用、そして利潤フロー(後者はカレツキーの利潤方程式に
由来する)を安定させていることによって。さらに「巨大銀行」Fedが利子率を低位に維持し、
最後の貸し手として介入する点によって。広範にわたる政府保証(預金保険、多くのモーゲージ債に対する
政府による暗黙の下支え)によって。社会保障プログラム(社会保険、
「子供を持つ婦人への支援プログラムAid to Families with Dependent Children」、医療健康保険)によって。
金融機関に対する密接な監督・規制によって。そして大きな所得・資産価格差を縮小するための広範なプログラム
(累進課税、最低賃金法、ある種の労働組合促進法制、低所得層に対する教育・住宅の普及プログラム)によって。
これらの特徴に加えさらに、政府は融資・再融資ファシリティーの供給にも重要な役割を果たした(たとえば、
復興金融公庫the Reconstruction Finance Corporationや住宅所有者資金貸付会社 the Home Owners Loan Corporation)。また
政府支援機関の支援を通じて住宅モーゲージ市場の近代化(30年の固定金利割賦返済型 self-amortising をベースにした)にも
寄与した。


同時に基本的な事柄として、大恐慌及び第二次世界大戦が直接に金融を安定にとって好ましい環境を創りだすのに貢献した。
恐慌は大部分の金融資産と負債とが消し去られた――これによって債務を発行する企業や家計はほとんど
存続できなくなってしまった。第二次世界大戦中の巨額な政府赤字支出によって、民間部門の貯蓄と利潤が生みだされ、
バランスシートは安全な財務省債務で満たされた(戦後GDPの60%)(15)。実際、公的債務は
住宅投資や事業投資の資金調達のために担保として供され、「レバレッジ」がかけられた。民間債務は政府債務に
「レバレッジ」されていたのである。住宅や事業投資の資金調達のための借り入れの担保は政府債務であった。
中産階層の生成と、同時にベビーブームによって、消費需要は高水準に維持され、さらに郊外地域の消費者にとって好ましい
州・地方政府によるインフラ整備支出及び公共サービス支出の急速な成長に油を注ぐこととなった。政府と消費者による
高水準の需要が、次には事業にとっては投資を含むさまざまな支出を内部金融で賄うための資金を生み出した。


従って、第二次世界大戦から数10年の間「金融資本」が果たした役割は例外的に小さかった。大恐慌の思い出は
人からお金を借りることに対する嫌悪感を生み出した。組合は収入の引き上げを求め、そして獲得した――生活水準が向上し、
大体の買い物は所得の範囲でできるようになった。いずれにせよ、政府はモーゲージ債や学生ローンを保証した(どちらも
比較的低金利であった)し、大分の家計の債務は安全な範囲内に収まった。ジミー・スチュアート Jimmy Stewart の
小さな貸付組合と銀行と(不況の間、火の車であった)は慎重な融資実務 prudent lending practices を採用した。
グラス=スティーガル法では投資銀行が商業銀行から切り離され、数多くのニューディール改革では金融部門のなかでも
規制が大きな部分の市場シェアが守られていた。軍事ケインズ主義によって工業生産物に対する需要が与えられたが、
それはマーク・アップを保証する価格水準であった。低債務、高賃金、高消費、そして巨大政府が安定に貢献した。


エコノミストは1970年代初頭にターニング・ポイントを認識しており、その変容については数多くの説得力ある説明が
存在している。政府支出の成長率がGDPの成長率より低くなり始めたこと;労組が力を失うと同時に、インフレ調整後賃金が
停滞したこと;格差が増加し始め、貧困率が低下しなくなったこと;失業率が上昇傾向を示し始めたこと;経済成長が
低下したこと。貯蓄と投資を(これらが成長を再生するとの信念のもとに)促進するための努力が強化されたが事態を
悪化させるばかりであった。サプライ・サイダーは所得を富裕層の手に集中させることに手を貸すべく、そうすれば
もっと多くの貯蓄と投資が生み出されるだろう、と論じた。しかしケインジアンは、これでは貯蓄を増やすことにはなり得ず、
需要そして所得を減らすであろうと主張した。同様に、投資に有利な政策(優遇税制のような)では消費財需要の欠如を
補うことはできず、「ドーマー問題」を悪化させる(16)。


さらにミンスキーの論じたとおり、GDPに占める民間投資シェアの増加によってインフレーションと
不安定性が生み出された。第一に、投資の相対的成長はインフレーション圧力を強める。というのは、
消費財の集計的価格は、他部門で雇用されている労働者も消費可能なように、それを生産するのに必要な賃金にマークアップが
上乗せされたものにならざるを得ないからである(Minsky, 2008B)。[※当然、カレツキー的関係が想定されている。
仮に労務者以外の消費をゼロとし、労務者が全く貯蓄をしないとすれば、消費財部門のマークアップが
投資材部門の労務者の賃金と等しくなり、投資材部門のマークアップは内部循環する。投資材部門の比率が大きくなれば、
消費財部門のマークアップも大きくなり、物価が上昇する。]第二に、これは格差を広げる。というのは、
投資材部門における賃金と利潤はより大きな経済力(組合及び企業)によって引き上げられるからである。第三に、
上でもふれたが、これは需要が十分に大きくならない限り超過生産能力を生み出す。最後に、
投資によって支えられた経済成長は民間債務の比率を引き上げる傾向にあるが、これが金融脆弱性を高める
(Minsky, 2008A)。こうした理由により、ミンスキーは、政府支出主導型成長の方が持続性がある、と論じた。なぜなら
これによって民間の、債務よりは所得をベースとした、支出の成長――戦後初期の段階のように――が可能になるからである。


1960年代および1970年代には、ニューディールの制約を潜り抜けて利益機会に応じて融資するための、一連の金融機関債が
開発された。マネタリズム時代のボルカーの実験(1979-82)という災禍の後、金利リスクから金融機関を保護するために
数多くの新しい金融実務が採用されると同時にイノベーションのペースも加速した。こうしたものの中には
モーゲージ債の証券化や、金利(および為替)リスクヘッジのためのデリバティブ、そして様々なタイプの
「簿外化」オペレーション(準備規制や資本規制を免れる手段)が含まれる。金利に対する税務上の優遇措置により、
株式の代わりに債務を使うレバレッジド・バイアウトが盛んになった(標的となった企業の将来のキャッシュフローを担保にした
債務によって資金調達された乗っ取りが行われた)。次の大きな変容は1990年代に起こった。このイノベーションによって、
信用へのアクセスが増加し、企業や家計の、分別ある債務の水準 prudent levels of debt に対する態度に
変化が生じた。消費が先導となり、このままいけば1960年代のようなパフォーマンスに戻るかのように進んだ。
手堅い成長が回復したのだが、ただし今回は、民間赤字支出によって支えられたのであって、政府支出と民間所得の成長によってではない。
これらすべてによって、ミンスキーがマネー・マネージャー資本制と呼ぶものに向かっていった(17)。


以下の節ではマネー・マネージャーの勃興と没落を検討する。まずは政策当事者が果たした役割を検討し、
次いで金融部門の変容へ戻ろう。イノベーションには、証券化、「保険」としてのCDSの創造、そしてマネージド・マネーの
商品先物への動きを含んでいる。最後に、危機における三つの「引き金」が果たした役割を検討する。つまり、高金利、
コモディティ価格の上昇、最後に税収の急速な増加によって引き起こされた金融ひっ迫についてである。結論では、
資本制経済のマネー・マネージャー時代の破綻を考察する。


4. Money managers, neocons and the ownership society
4.マネーマネージャー、ネオコン、オーナーシップ社会

ジェームス・K・ガルブレイス James K Galbraith(2008)は注目すべき近作において、ヴェブレンの捕食者という概念と、
ジョン・ケネス・ガルブレイスの新しい産業国家とを統合している。そこで子ガルブレイスが作り出した言葉が、
捕食者国家[プレデターステート]である。ジェミー[子ガルブレイス]の主張では、彼の父親の分析は正しかったものの、
1970年代にブレトン・ウッズ体制が崩壊した時点で――そして金融が工業から支配権を奪った時点で――すでに
時代遅れになった。この節では、ヴェブレン/ガルブレイスのプレデターの概念を、ネオコンサバティズム(合衆国以外では
ネオリベラリズムと呼ばれている)によって行われた、マネーマネージャーの利益のための国家装置の簒奪に結びつけた。
こうした動きにより経済は、「家父長的資本制」から、ミンスキーによって「マネー・マネージャー資本制経済」と呼ばれた
形態の金融資本制へと変容することを後押しされた。


1970年代に経済パフォーマンスが悪化すると、ネオコンは「自由市場」が、回復と成長を制約するとされた「計画」に対する
解毒剤になると約束した。実を言うと、すべての経済は常にどこでも計画されている――理由は単純で、
計画とは今日の資源を明日の必要のために用いることであるからして――ので、唯一の問題はだれがその計画をしているかであり、
そして誰にその恩恵が流れるのであろうか、ということである。家父長的/新しい産業国家においては、
政府が計画に参加しており、そして、少なくともある程度は、公共利益のために運営されている。レッセ・フェールという言葉に
隠れて、ネオコンは単に受益者を換えた――富裕層に――だけで、政府の縮小は一切、行わなかった。つまり、
捕食者国家とは、巨大政府であるがレッセ・フェールの看板のもとでマネー・マネージャーの利益のために
オペレーションしている国家である――これが家父長的資本制からマネー・マネージャー資本制への変容においてカギとなる役割を
果たしているのである。

1960年代から2000年代の全体にわたってこの変容を支える数多くの規制の変更が行われた。しかし今後の議論にとって
とりわけ重要なのは近年行われた3つの立法である。:1999年金融サービス近代化法(ニューディールの機能上の分離を無効化)
;2000年の商品先物取引近代化法(規制からCDSのような新しい金融商品を除外し、エンロンの詐欺事件を可能にした)
;2000年の従業員退職者所得保障法改正(年金ファンドが購入できる資産の範囲を拡張)(Tymoigne, 2010)。
こうした変化のうちいくつかは、すでにニューディールの拘束を掘り崩していたイノベーションへの対応であった。
だがそれ以外のもののなかには明らかに、それによって利益を受けるであろう金融機関と強く結びついた行政官吏によって
ごり押しされた物があった。いずれにせよ、こうした変化によって、レバレッジ・レシオの引き上げ、より危険な業務、
より不透明な取引、監督・規制の縮小、さらには巨大機関が「つぶすには大きすぎる too big to fail」金融機関へと連結し、
あらゆる金融サービス全体にわたって営業し(商業銀行、投資銀行、保険会社の結合体)より大きなリスクをとることが、
可能になったのである。こうした変化を支持することで、議会選挙立候補者たちは巨額のキャンペーン寄付を
得ることができた(Ferguson and Johnson, 2009)。国際面では、「自己規制」への動きがあった。バーゼルIIガイドラインにて
崇め奉られた先入観である(Wray, 2006)。誰よりもグリーンスパン議長こそ、この大流行のセンチメントを
良く捉えていた。(あるいは彼ほど規制緩和の動きにおいて大きな役割を果たした人はいなかった、ということだ。)
「市場参加者は通常、自分が、ある特定の取引相手と取引することを選ぶ時には、想定されるリスクをモニターし、
コントロールする強いインセンティブを持っている・・・。個人的な規制のほうが、リスク取得を縛る方法としては、
通常は政府による規制よりはるかに優れている」(引用はFerguson and Johnson, 2009, p.31 による)。別の言い方をすると、
国家は一歩引き下がり、「自由市場」に彼らを規制させるべきなのである。


「オーナーシップ社会」化案件[※agenda]の推進は、捕食者国家とネオコンイデオロギーの勃興と一致している。これが
決定的に重要なのは、合衆国の不動産が果たした役割の故である。その役割とは、一つは合衆国政治における
イデオロギー的推進力の分野で果たされたが、いまひとつは、マネー・マネージャーたちがデリバティブ分野で
爆発的に拡大するうえで果たされた。このデリバティブこそ最終的にカタストロフ―へと進んだものである。ブッシュ大統領の
ウエッブサイトを見ると誇らしげにこう書かれている。「2001年に合衆国の大統領になって以来、ブッシュ大統領は議会とともに
オーナーシップ社会を創り上げ、すべてのアメリカ人に対して将来の安全、繁栄、そして機会を建設した。」ネオコンによって
押し進められた「改革」には、社会保障システムの民営化、破産法の強化、所得税・資産税を消費税へと切り替えること、
健康保険の重荷を親の負担へ移すこと、政府の責任を後退させ、失業保険給付を「民間再雇用・訓練会計」へと置き換えること、
「どの子も置き去りにしない法 No Child Left Behind」と教育バウチャー制度の法制化、「福祉給付制度」の廃止、
'runaway trial lawyers' の制限、民間年金制度の確定拠出型への変更、政府の「収入」に対する逆風、継続的な天然資源の
民間開発者への払い下げの試み(18)。加えて、金融市場とマネー・マネージャーの「自由化」は、住宅所有者の(一時的な)増加
――オーナーシップ社会政策の最も目に見える「成功」――に決定的な役割を果たしたであった。これら政策の推進者たちは
これによって富へのアクセスが拡大することを約束したが、筆者はこのような政策は実際には格差を広げるものであり、
オーナーシップを促進するということを目的としている政策の正当性を掘り崩す、と主張した(Wray、2005A、2005B)(19)。
もっとも雄弁な証拠を挙げるなら、2009年初春までに、持ち家率はすでにブッシュ以前の水準にまで戻ってしまっており、
百万を超える抵当権執行が予想されており、そして百万人をはるかに上回るアメリカ人の持ち家が「水没」(モーゲージ債残高の方が
住宅の価値を上回る状態)していた。


本当にオーナーシップ社会といえるかどうかは、住宅[※生活住居home]所有に掛かっている。というのは、
全ての所得・資産階級にわたって、家族が所有するもっとも重要な資産とは、その住処となる住宅だからである。ところが、
住宅「所有者」の約半数が自分の財産を担保にモーゲージ債を組むようになり、そしてその債務比率は急激に上昇した――1984年の
個人可処分所得の40%からブームのピークには100%へ。実際、近年では資産から現金を引き出す to cash out equity ――住宅
「ATM」現象――傾向が見られ、これが債務比率の引き上げに一役買っている(そしてこうしたローンが高デフォルト率に
直面している)。さらに、金融資産と純資産が富裕住宅保有層に偏っている反面、債務はより「民主的に」分配された――資産分配の
下半分層が実際に所得との比較でより多くの、いくつかの場合には絶対額でより多くの、債務を「享受した」。
[※ブッシュ時代には減税のバーターとしていくつかの増税も行われた。そうした中の一つとして家計の所得税から債務の返済を
控除する制度が廃止された。ただし住宅ローンについては税子所廃止の対象にならなかった。そのため、少なくない家計が、
消費財の購入のためにローンを組むのではなく、住宅ローンの借り換えによるキャッシュ獲得を選ぶようになった。例えば
10万ドルで住宅ローンを組んで10万ドルの住宅を購入した家計があるとしよう。毎年均等返却していたとして、3年後に住宅の価値が
11万ドルに上昇していたとしよう。そうすると3年たった時点で住宅ローンを借換えする場合、この住宅を担保に入れることで
11万ドルを借り入れることが可能になる。ローンの残高は7万ドルしかないので、純粋な借換えに加えて4万ドルのキャッシュを
手に入れることができる。この11万ドルのローン返済は税控除の対象になった。これがアメリカで「ホーム・エクイティ
ファイナンス」と呼ばれるもので、これにより借金をしてでも住宅を保有することに価値があるとされ、
住宅価格を維持上昇させることになった。これが「所得から所有へ」「オーナーシップ・ソサエティ」政策といわれたものの
一環である。もちろんこれは住宅価格が上昇し続ける(少なくとも、所有している住宅の価値下落がローンの返済ペースより遅い)ことが
前提とされている。]


エクイティのクッションはほとんどあるいはまったくなかった。ほんのわずかでも不動産価格の減少――あるいは
家計の所得の減少――があれば、抵当権が行使されることになるだろう。家計が所定の債務を負っており、
典型的な家計において家族の住居用建物が中心的な資産であり、住宅バブルが職業を創りだすうえで極めて重要だ、という
条件のもとでは、不動産市況の停滞ははるかかなたまで反響する。皮肉なことだが、30年物のモーゲージ債は
ニューディール政府保証によって我々にもたらされた――アメリカの労務者にとって、初めて我が家を持つことが
可能になった――のであるが、これは投機の材料、債務を押し上げ住宅所有者を負債の山にうずめてしまうカジノへと変わった。
債権者は差し押さえをした住宅の所有者となり、かつ債務者に対する請求権を持っている。債務者は永久債務奴隷の状態に
陥りがちである(破産「改革」は1件目の建物の債務の免除を認めていない――これはサブプライムモーゲージ債証券を
安全にするための「クレジット強化」――のであるが、しかし住居を二つ以上持つのに十分な富裕層――マケイン大統領候補のような
――の債務免除は依然として認められている)(20)。数多くの「住宅オーナー」は実際には単にその家に居ついており、
手入れしており、リフォームしているだけである。本当の所有者は所有階級――多くの資産、とりわけ金融資産を保有している人々
――である。

かようにネオコン政策は少数のオーナー階級と大多数の非オーナー階級――中には、多額の債務を抱えた名目だけは
オーナーというのもいる――との鋭い分断を生み出した。ネオコン捕食者が国家を把握した時、こうなることは不可避であった。
というのは政府の政策が徐々にオーナーによるオーナーのためのものに変わったからである。捕食者については
もっと多くのことを言えるであろうし、ニューオリーンズやイラクにおける随意契約(これらは巨大なオーナーシップ実験場に
なった)や、横行するインサイダー取引、買収、不正行為、泥棒政治cleptocracyなど、ロシアマフィアがやっているのと
張り合うがごとき行為の数々についても然りである。格差が広がるにつれ、実際のオーナーシップ階級は実際に縮小してゆき、
政府の政策はほんの一握りの捕食者によって、それらエリートの利益によって先導された。住宅価格評価が急落した。価格が
崩落した時、経済がクラッシュし、失業が爆発し、そして国内の実質的な資産が捕食者たちの手中に集中した。


つまり思いがけない相乗作用があった。政府政策によって「オーナーシップ」が推進されたこと、「自由市場」によって
実際には格差の拡大が生じたこと、イノベーションによってリスクが高くなったこと、そして――次の節で見るが――密教的な
金融商品によって住宅のオーナーシップがより手の届きにくいものになったこと。これらの結果が債務の増加であり、
それが最終的に金融システムの崩壊へと導くことになるのである。


脚注
(14) 「60年前、資本制は経済的秩序を失った、、、」(Minsky, 1993, p.2)。

(15)1912年(最初の金融資本制経済段階の期間中)、合衆国の総債務残高は620憶ドルであり、そのうちわずか
13億ドルだけが連邦政府債務であった(事業債務は360憶ドルであり、消費者金融・モーゲージ債務は合計で
150憶ドル)。商業銀行は、金融機関が保有するすべての債務の約2/3に相当する210億ドルを保有していた
(Kaufman, 2009)。対照的に、今日の連邦政府の負債は6.4兆ドル(総債務残高の20%)、家計債務は14兆ドル、
事業債務は11兆ドルを超えている。今日、銀行が保有する債務は、金融機関によって保有されている債務総額のわずか
四分の1である。金融資本制経済の現代的バージョンでは、政府が巨大となる一方で、銀行が「市場」あるいは
「シャドーバンキング」に比べて小さな役割しか果たしていない。

(16) 手短に言うと、資本節約的イノベーションがあると、投資がサプライサイドあるいは生産能力に与える効果の方が
需要サイドへの影響あるいは乗数効果を上回っている――資本を遊休させ、需要を抑圧する(Vatter and Walker, 1997; Wray, 2008C)。

(17) ミンスキーは以下のように定義した。「合衆国の資本制経済はいまや新しい段階、マネー・マネージャー資本制であり、
そこでは広範な金融商品の直接的所有者はミューチュアルファンド及び年金ファンドなのである。ポートフォリオの総収益は
これらのファンドのマネジャーの業績を判断するために使用される唯一の基準であり、これがビジネス組織のマネジメントの
ボトムラインの強調へとつながる」(Minsky, 1996)。

(18) 空間的な制約だけではこうした政策やネオコンサーバティズムイデオロギーとマネー・マネージャーの利益の間の結びつきを
説明しきれるものではない。

(19) 支持者の主張では、オーナーシップは責任、市民権、社会への積極的参加、環境への配慮を促進することになる。ケイトー
研究財団 Cato InstituteのDavid Boaz氏は次のように説明する。「オーナーとなった人達は、より高い尊厳と誇りを持ち、
自信を高める。彼らは自分の財産だけでなく、地域社会や社会にも強い利害関心を持つ」(Boaz, 2005)。所有者は資源の
「借手」や一時的な「ユーザー」が持つことの無い利害を持っている。資源の公的所有やサービスの給付は濫用を助長する――
ガレット・ハーディンの「共有地の悲劇」(Hardin, 1968)に示される通りだ。公的に所有され供給されるサービスに依存することから
不確実性が生じうるのは政治家はアクセスルールを変更できる(し、現にしている)からである。私的所有だけが個人に力と
規律と真の自由を与え、アメリカ人は自らの健康、環境、教育、年金を、自らの手でコントロールできるようになるのである。
従ってニューディール、その他障害を排除することこそ富へのアクセスを民主化することだと言えるのだ。」

(20) 住宅のオーナーシップの広まりは有益であるし、少なくともオーナーシップ社会推進派によって
数え上げられた理屈のうちの
いくつかはその通りだ。だが、抵当担保にいれられた家族の住宅を「市民投資家」階級への会員証と見なす(ネオコンが
言っているように)というのは妄想とあまり変わりない。

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