★ 一緒に住もうと思っていた女の子がいたから、仕事でふらりと出掛けていった西部池袋線の中村橋という駅の前にあった不動産屋で見つけた2LDKの部屋を借りることにしたのだけれど、引っ越しをするより先にふられてしまったので、その部屋に一人で住むことになった。
★ 2LDKの部屋に移ったことで月々の出費が3万5千円程増えてしまったことは、はじめの予想に反して少しも問題にならなくて、さらに意外なことには、それまで恒常的に引き出し続けていたキャッシング・ローンも借りなくなり、クレジットの残高も減る一方になった。それにはふられたことの後遺症のようなものが働いていて、誰といても、というのは誰と酒を飲んでいてもと言い換えてもいいのだが、とにかくすぐつまらなくなって、ぼくが一緒にいるはずなのはこんなやつじゃないんだという気持になってきて、2時間もしないうちに別れて部屋にもどってきてしまうようになっていたからで、飲み代と終電すぎのタクシー代が部屋代の差額の3万5千円よりもはるかに大きかったことの説明になっている。
★ 部屋に帰ってすることといっても本を読むぐらいなのだけれど、本を落ち着いて読む気になれないのには少し困った。そうかといってずっと前からテレビのない生活をしていたから見たくてもそのテレビがなくて、ステレオから音を流しながら腕立て伏せや腹筋運動をしていた。
<保坂和志『プレーンソング』(中公文庫2000)>