多良川うちなぁ湧き水紀行

ラジオ沖縄で放送中の湧き水紀行(月~土 午後6時10分~15分)パーソナリティの放送日記

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読谷村親志 ジムスガー

2009年10月28日 | 中部
読谷村親志 『ジムスガー』

「ナーカヌカー」「ウブガー」とも呼ばれている。
戦前の親志集落(現嘉手納弾薬庫地域、黙認耕作地内。国道58号北向け琉球村手前右折)親志事務所の近くにあった共同井戸。事務所の近くにあったので「ジムスガー」。
※親志集落は、戦後嘉手納弾薬庫地域として接収されたため、喜名と座喜味の間へ の移動を余儀なくされた経緯がある。


戦前は四角形の石積みで囲われたカー(井戸)で、水もキレイで魚もいた様子。
主に子どもが産まれた時の産水、お正月の若水、日常の飲料水として使用された。

現在は残念ながら水脈を土で埋められ水がない状態。旧道から急な斜面を下った深いくぼみになっている。
カーへの入り口の所にちょっとした拝みのスペースがあり、お賽銭が置かれていた。

今、区長さん始め区民の皆さんが頭を悩ませているのが、この場所への不法投棄の多い事!
不法投棄はやめて頂くよう立て看板をしても、近くで畑をしている方が何度となく、また、区でも年に3~4回お掃除をしてもゴミが減らない現状です!

この場所はまちがいなく親志の方々の先祖のルーツであり、神聖な場所です。
不法投棄は絶対にやめて下さい!!

親志区でも、将来的にはカーを復元しようと郷友会の方たちと話を進めていて、また、区の先輩方から昔の話を聞き取り、字誌作りにも積極的に取り組んでいます。


放送日:10/26~10/31
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恩納村前兼久のカー その2

2009年10月20日 | 北部
恩納村前兼久のカー  『後ヌ井戸、カー拝みの様子』


後ヌ井戸:“クシヌカー”と読む。“ウフカー”と呼ばれることもあるようだ。
国道58号沿い ムーンビーチ前バス停近く、ビルの前の三角形のフェンスに囲われた中にあり、近代的な作りとなっていた。

もともと後ヌ井戸は現在の国道58号の道路の中央にあったそうだが、戦時中米軍により国道をつくるため、カーの移動を余儀なくされた経緯がある。

戦前、戦後と上水道が普及するまで近くの方の若水、飲料水などに利用された。
特に若水汲みは、元日の朝、根人が、集落の始まりにカーと言われる“比嘉川井”の水を先に汲んできて、この後ヌ井戸の水と合わせてから若水汲みをしたんだとか。

国道58号を挟んだ反対側には御嶽(ウタキ)があり、後ヌ井戸の隣には集落の祖先を祀る“神屋”もある。


カー拝み(カーウガン):前兼久集落では、旧暦1/1、8/10、12/24に行われる。
※1/1、8/10は集落の方々の健康祈願が主で、12/24は(御願解ち)1年間のお礼

今回8/10のカー拝みに同行し、お話を伺った。
夕方5時頃、集落の方々が公民館前に集まり二手に分かれて移動。私は“比嘉川井”“上口川”に参加。
区民代表の上間さんがウガン(拝み)の言葉を述べ、参加者全員で手を合わせた。

カー拝みの様子と、かつて上口川で行われた“カーウリー”のついても伺う。


放送予定:10/19~10/24
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恩納村前兼久のカー

2009年10月17日 | 北部
恩納村前兼久のカー 『比嘉川井、伊口川』

比嘉川井(ヒジャガー)と読む。
集落の南側、始めに人が住んでいたとされる比嘉川原にあり、以前はお正月の若水汲みで賑わった所でもある。
現在の民家(集落)からは少し離れた所にあるため生活用水としてはほとんど使われなかった。

伊口川(ウィグチガー)と読む。“上口川”の字があてられることもあるようだ。 
戦前、戦後と集落の方々のお洗濯、水浴び、子どもが産まれた時の報告、産着を洗う“カーウリー”も行われた。川の入り口には祠があり、拝みとしてあちらこちらから訪れるひとは多い。
昔の比べると川の幅も狭くなり、だいぶ変わっているようだが、現在でも山からの水が流れカニや大きなうなぎが生息する清流となっている。
*取材で訪れた日も目を見張るほどの大きなウナギが現れとても驚いた!


放送日:10/12~10/17
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