多良川うちなぁ湧き水紀行

ラジオ沖縄で放送中の湧き水紀行(月~土 午後6時10分~15分)パーソナリティの放送日記

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

メリークリスマス!

2007年12月24日 | 那覇・浦添地区
先日、取材でおじゃました浦添市経塚自治会では、25日までのクリスマスシーズン、自治会の通りに飾られたイルミネーションの電飾を楽しむことができる。

昨日の夜おじゃましてみると、およそ250メートルの中通りが夢の世界のようにきらびやかに彩られていた。

道路の真ん中にどんとかまえるガジュマルの枝先にまでイルミネーションがキラキラ輝いている。通り沿いの住宅もイルミネーションでおめかししているところも多く、家族連れやカップル、友達同士とたくさんの人たちが楽しそうに通りを歩いていた。

手にした携帯のカメラでイルミネーションを撮影する人、かわいいお家の装飾をバックに記念撮影する人、通りであたたかいぜんざいを売る地元の方、自治会館の前では、地域の人たちがテントを張り、楽しそうにお酒を飲みながら談笑していた。

クリスマス、みんなの笑顔がイルミネーションと共にキラキラ輝く美しいとき。
どうか、皆様にとってもステキなクリスマスでありますように!!

追伸:ラジオ沖縄では24日の正午から25日の正午まで、ラジオチャリティミュージックソンがパレットくもじ前広場の本部席を中心に24時間放送で行われています。音の出る信号機を贈るために毎年行っているイベントです。

私も25日の午前9時から正午まで、本部にて募金の呼びかけとレポートを行う予定です。近くをお通りの際は、(または各拠点を訪れた際は)是非、募金へのご協力もよろしくお願いします!!
コメント

糸満市真栄里のカー

2007年12月23日 | 南部
糸満市真栄里のカー(写真はアガリガー)

糸満市真栄里には今も数カ所の共同井戸が残されている。
それぞれに地域の方々の飲み水、せんたく、水浴び、雑用水、家畜の世話などに利用され豊富に水があった。

水道が完備された今でも、農業用水として利用しているところも多く、池(くむい)も一部残され、活用されている。

糸満は激戦地だったにもかかわらず、奇跡的にも破壊をまぬがれたものが多い。
大正時代に改修されたアガリガーは、その時の改修記念にうえられたガジュマルの木が今も大きく枝を広げ、カーを見守っている。

カーの屋根や正面をみると、『注意書き』が刻まれていたり、当時、青年達が力比べをした「ちち石」が残されていたりと、生活の様子が想像できるところなどとても興味深い。

お正月には若水を汲んだそれぞれの井戸にまつわる思い出話も伺っている。

(放送は12月17日~1月18日を予定)
コメント

企画展 Water [水:mizu]

2007年12月07日 | 県外
先日、六本木 東京ミッドタウン内 21_21 DESIGN SIGHTで開かれている 企画展 『Water』を見てきた。
http://www.2121designsight.jp/

様々な角度から人と水の接点をつくり来場者の五感に訴えるというユニークな試み。

ある人は水との関わり合いを短い文字にしたため、ある人はアートに託す。
水の底に広がる景色をぼんやりとながめたり、水玉を転がしながら芸術を感じてみたり、水の音が広がる空間にしばし身をゆだねてみることができたり、不思議な世界を体験できる。

水と地球との環境問題や自分のと水の関わりなどもわかりやすく理解することができる工夫がされている。

例えば『体水計』乗ると自分の体に含まれている水の量がわかるというもの。ちなみに私の体の中には、およそ26リットルの水があるらしい。

写真の撮影は禁止されていて、文字で表すにも表現しがたい内容だが、実際に会場に訪れて感じることが多くある企画展だと思う。

水は私たちの生活になくてはならない大切な物であると同時に、人の心を癒したり、形も色もない不思議な水という存在が、美しい芸術を生み出すその瞬間を心でそして五感で感じることによって、それぞれ個人が感じる「水」がここではテーマといえるのかもしれない。

私は仕事で湧き水を訪ねているが、その中で感じることが多くある。
「こんな風に表現できる方法があるんだ!」
ととてもいい刺激になった。

ラジオの放送の中でインタビューを流したり、感想を述べるほかにも何かいい表現方法が更に広がるのでは?というアイディアが産まれそうな予感がした。

開催は来年の1月14日までなので、感心のある方は、是非どうぞ!!
(毎週水曜日には、トークイベントなども計画されているようです)

コメント

取材日記

2007年12月03日 | 南部
糸満市 真栄里のカーを訪ねた。

井戸の屋根を見つめながら、インタビューに答えてくださった玉城さんは、静かな口調でこう話してくれた。

「この屋根は、昔はもう少しこう配がゆるかった。ここで若者たちは三線をもちより毛遊しびーしよった。毛遊しびーってわかるねぇ?男と女たちが日が暮れてからここで集まって、歌ったり踊ったりしてすごしたわけ。昔はね、16,7になったら戦争にいくから、はやくコレ(小指をたてて)探しておかないとね。だから、早かったよ」

 好きな歌は恩納ナビーの恩納節だったそうだ。
 若者達の出会いの楽しい場を権力が抑えてそれを禁止する立て札を立てたが、女流作家恩納ナビーは、歌をよんで反発した。

 玉城さんも楽しい青春時代のひとときを戦争という権力の象徴ともいうべき事態に奪われるくやしさをこの歌にのせて歌っていたのかも知れない。


「昔はね帰ってくるのは恥だった。お国のために死んでくるといって行ったからね」
 そんな話をしながら、財布の中から戦争中、中国で取ったというご自身の白黒写真を見せてくれた。
「これはね、壁を背にして背景がどこだかわからないようにして取ってもらった写真。これを沖縄に帰る人がいたからもたせたんだよ」

「奥さんにですか?」
「そう」

幸い玉城さんもその方も無事、沖縄に帰還することができ、この写真は直接、玉城さんが受け取ることになったようだ。

私はマイクを握りながら、涙があふれ出ることを抑えきれなかった。
玉城さんに会えて、こうして話を聴くことができて本当によかったと心から思った。
(写真 中央 玉城さん)

(放送は12月17日~の予定)
コメント

取材日記

2007年12月03日 | 南部
南城市大里島袋の学校ガーを訪ねた。
まだ、市町村合併をする前の「大里村」という地名がなじみ深い。

大里は、かつて城下町として栄えた村。
城内にある「チチンガー」や真境名樋川をはじめ、素晴らしいカーが存在する。
学校ガーも歴史が古く、当時のままの石積みがとても美しい。

地域によって井戸の形に特徴のようなものが見受けられることは多い。
大里のカーは、口が広くおおきな円形型の掘り下げ井戸が多いことが印象的。

地域の特色と井戸の形態の特色は地形や生活習慣など様々な影響があると考えられる。

市となった今でも、地域の特色が残されていることはとてもほっとする。
(放送は12月10日~15日を予定)
コメント