就職決まったし、論文も提出したしで、あとは卒業間近だから、
需要ないかもだけど
ずっと書きたかったパワプロの早川あおいちゃんのSSを5夜連続で書いて
就職&論文提出をあおいちゃんに祝ってもらおう企画!
『早川あおいの一生』
はじまりはじまりー(^◇^)
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「あ、ハムスター」
二十代になったばかりくらいの若い男女は買う気もないペットショップでぐるぐる回っていて、
女性はまるで子供のようにはしゃいで、犬をなでたり、金魚の水槽をのぞいたり、
今度はハムスターのカゴをのぞいで、かわいー触りたい!と声を上げた。
男性は温かい目で、けれどどこか寂しげな感じで、その女性の様子を見守っていた。
よく見れば、女性の方もどこか無理してはしゃいでいるように見える。
その二人の名前は、早川秀一、西芳寺あやめという。
のちに早川あおいの父と母になる人たちである。
二人は、あやめの両親に挨拶に行った帰りだった。
秀一は高卒の社会人2年目、あやめは大学3年で、あやめが1つ年上。
つきあって2年目。
あやめは親から、「もう3年だから進路について考えているんだろう。こっちに帰ってくるんだろうな?」
と言われ、実は気になる人がいる、その人と一緒になることを考えていると告げた。
それで「とりあえずその人を連れて帰ってきなさい」ということになり、二人はあやめの実家に向かった。
秀一は、手塩にかけた自分の娘をとられるのだから、嫌な顔くらいされるだろうと覚悟はできていたのだけれど、
結果としてはとりつく島もなく追い出された。おまけに塩までかけられて。
「社会人にもなって野球選手になりたいだなんて、君はいつまで夢を見ているつもりだ!」
ふぅ
ため息が出る。
あやめは良家の愛娘、秀一は傾きかけている零細会社の息子。
秀一は自分の境遇とあまりにかけ離れているあやめの家庭を目の当たりにした。
まず、門構えが違う。服装が違う。考え方まで違う。
あんなに大きな庭は初めて見たし、普段着が着物の人も初めて、
大学を出ていないと知っただけで態度を変えられたことも初めてだった。
ご両親に認められなかった自分をふがいないが、
自分という人間を見てもらえなかった悔しさとで、やるせない気持ちになった。
「ハムスター」
物思いにふけっていた秀一に、あやめはハムスターを差し出す。
「かわいいでしょ」
そうだね、と頷きながら、彼女は自分をなぐさめてくれている、と秀一は感じた。
ハムスターはあやめの手のひらでちょこまか動き回り、二足で立ったかと思うと毛つぐろいを始めた。
あやめの気が晴れるなら購入してもいいかな、と思いながら、ハムスターを見ていると、
「ごめんね…」
ハムスターを差し出したまま、顔をふせるようにして、あやめは泣き出した。
「こんなに反対されるなんて思わなかった」
あやめが言うには、親に説明するために、少し脚色をして秀一のことを伝えていたらしい。
容姿端麗、礼儀正しく、スポーツ万能、会社の息子で将来有望…
「嘘はついてないよ」
それが彼女の言い分。
彼女の言からイメージしたであろう自分の姿と、実際の姿があまりにかけ離れていることが、
今回の件で、余計に油に火を注ぐ結果になったであろうことは、秀一にも容易に推測できた。
会社の息子と言っても、その会社というのは下請けの下請けのような土方屋で、明日の身も危うく、
スポーツ万能というのも、高校野球でプロから声がかからず、
社会人になっても夢が捨てられなくて、社会人野球にせいを出しているだけ。
「でも会えば、きっと分かってくれると思ってたから…」
ペットショップを出て、さてこれからどうしたものかと思いながら、
とりあえず家に向かっていると、となりを歩いていたあやめの姿がない。
うしろを向くと、数メートル後方で立ち尽くしていた。
「どうしたんだ」
秀一はあやめの方に駆け寄る。
あやめはそんな秀一の手を取り、自分のおなかに手を当てさせる。
「本当はこんなタイミングじゃなくて、お母さんとお父さんの前で言いたかったんだけど」
秀一の手を握るあやめの手は震えている
「できたの。赤ちゃん」
秀一は驚いて声がでない。
子供? 自分が父親になる?
社会人になったばかりの半人前で、収入も少なくて、
人に誇れるようなキャリアもなく、さきほど両親に話すら満足にできずに追い返され、
なにより、まだ夢をあきらめきれない自分がいる。
「いやだった?」
「そんなことない。うれしいよ。ただ、」
心の準備が。そう言いかけたところで、
「早川君」
呼び止められる。
声がする方を向くと、ニット帽をかぶりヒゲを生やした中年男性が立っていた。
「影山さん」
スカウトの影山氏だった。
「こんなところで会えるとは。よかった。ちょうど今、君の家に向かおうとしていたところなんだよ」
「私の家にですか? それはわざわざ」
「君にしっかりこの話をしておきたくてね。今、時間いいかね」
あやめを見るが、あやめは気にしないでという感じで笑って顔を振った。
「今度のドラフトで君を指名することがほぼ内定したんだ」
「本当ですか!?」
念願の夢。
秀一はわきあがる喜びを隠せない。
「ああ。君は実に数年間で成長した。バッティングセンス、地肩の強さを持っていたが、
それに加え、守備や走塁技術、状況に応じたバッティングができるようになった。
君は一級品だが、知名度が低い。なるべく上位指名するように掛け合っているが、
君の希望に添えないかもしれない。それでも我がスワロースに来てもらいたいと思っている」
「もちろんです。ありがとうございます。身に余る光栄です」
「ありがとう。そう言ってくれるとうれしいよ」
影山氏は高校時代から目をかけてくれていた。
願ってもない話だ。
「詳しい話は、もっとあとになると思う。また寄らせてもらうよ」
影山氏は去っていった。
「やったね!」
あやめは我がことのように、秀一の手をとって飛び跳ねて喜ぶ。
そんなあやめを秀一は抱き寄せた。
「ありがとう。頑張るよ。君と、生まれてくる子のために」
家に着くと、何か雰囲気が違っていた。
仕事場と家が一緒なので、建築で使う機材やらが庭を占拠していた。
トラックが何台も止まっていて、いつもと何かと騒がしいのに、それがない。
トラックが一台もない、機材や資材もない。ひと気もない。
ガランとした家。空っぽになった仕事場。
その中央にに秀一の父と、スーツの女性が立っている。
「なにごとですか?」
秀一はスーツの女性に尋ねる。女性は振り向く。
真っ赤なルージュの唇、ウェーブかかった髪、いかにも敏腕OLというイメージの人。
「早川秀一さんですね?」
ええ、と答えると、スーツの女性は名刺を差し出す。
「神高燐と申します。ちょうどよかったですわ。あなたの話をしていたところなんですよ」
父はうつむいたまま、こちらに目を合わせようとしない
「単刀直入にいいますと、あなたの会社が倒産しました」
神高の言葉に、秀一は耳を疑った。
危ないとは思っていたけれど、まさか自分がしらないところでこんなに追い込まれていたなんて。
「それで、あなたの会社には多くの負債を抱えていらっしゃいます。
多くの所から、銀行をはじめ、ローン会社、街金…」
この女性は借金の取り立てにきたのか。
「おいくらですか」
「合わせると、一億、とんで859万円ですね」
くらっときた。
そんなに火の車だったのか。
「そんなバカな。信じられない」
「心中お察ししますわ」
「親父。どういうことだよ」
「秀一、すまない」
父親はうつむいたまま、そう言うにとどまった。
父を問い詰めてもどうにもならないことは分かっている。
けれど、秀一はあまりのことに父親に説明を求めるしかない。
「ご安心下さい」
神高は言葉を続ける。
「私どもがあなた方のの負債を全額請け負いましたから」
「は?」
秀一は狐につままれたような顔で、そう言葉を発することしかできない。
目の前にいる女性は赤の他人で、面識すらない女性が、俺達の借金を肩代わりするなんて。
「もちろんただではありません。あなたに全額返済していただきますから」
「俺に? とてもじゃないが今払う当ては」
「今はなくても、これからならありますよね? 早川秀一さん。
社会人野球で名をはせているあなたなら、もうどこかの球団が接触しているんじゃないですか?」
その言葉を聞いてはっとする。
「野球で得た契約金や年俸で支払っていけという話ですか」
「悪い話ではないでしょう? あなたは好きな野球ができて、多額の借金が返せるのですから。
その代わり、私がスポンサーになっている球団に入団してもらい、給与と財産は管理させてもらいますが」
あやめを見ると、震えている。
こんな状況に出くわして怯えているのだろう。
秀一は、あやめと、お腹の子を守らなくては、と思った。
一瞬、脳裏に影山氏の顔が浮かんだ。
それでも秀一は、神高の提案を受け入れた。
それが、悪魔のささやきだともしらずに…。
つづく