(東洋経済オンライン)
海外で働く基本は、「郷に入りては郷に従え」。だが、言うは易く、行うは難し。知らず知らずのうちに礼を失し、なぜだかビジネスがうまくいかない、という場面も多いだろう。
そこでこの連載では、各国の人々との付き合い方の秘訣を、外交、つまり「外国人とのお付き合い」「接待」のプロである各国の外交官に聞く。隣り合った国でも異なる習慣、作法を知り、その国にあった振る舞いができるようになれば、より海外進出の道も開けるに違いない。
第1回目はタイ。微笑みの国とも言われるタイの人々は、喜びも困惑もすべて笑顔で表現し、本音がわかりにくいともされる。彼らの心をつかむにはどうしたらいいか。タイ王国大使館、公使参事官のパッタラット・ホントンさんに聞いた。
パッタラット・ホントン公使参事官
――日本人は、タイではどう思われているのでしょうか。
パッタラットさん:以前は製造業の日系企業が多かったのですが、吉野家やCOCO壱番屋、大戸屋など「食」に関する企業の進出が増えてきました。日本食はタイ人にとって、日常のランチで選ぶレストランの1つです。
日本といえばまずは「Quality(質)」です。物の質、そして人の質。だからこそ、多少高くてもタイの人は質の良さを求めて日本製のものを買います。
ただ、日本人は仕事上ではあまり笑わず、まじめ過ぎます。機嫌がいいのか、悪いのかわからず、また本当に何がしたいのかがわかりづらいです。
――タイは"Land of Smiles"と呼ばれるほど、笑顔が印象的な国です。ただ、必ずしも喜んでいるときだけではなく、困惑や怒りの感情も、笑顔で表現したりするとか。
パッタラットさん:そうです。お互い見分けづらいですね。
大前提としては、タイ人の笑顔はHospitality(おもてなし)から来ています。ゲストをもてなしたい。それが基本です。
ただ、タイ人はどう対処していいかわからないとき、人を傷つけたくないとき、直接不満を言いたくない時にも、ただ笑います。
タイ人は対立を避け、表立ってネガティブな話をすることを避けます。欧米と違ってディベートは直接しません。受け身の文化なのです。
さまざまなことは"Behind the microphone"、つまり裏で話をしたいのです。ミーティング中は笑顔でいても、本心では賛成していないことがあります。
もし、静かにミーティングが終わったとしたら、後から問題が起こる可能性が高いと思ったほうがいいかもしれません。
タイ通は「マイペンライ」を使う
――どうしたら本音を引き出し、ミーティングを進めることができますか?
パッタラットさん:タイではインフォーマルダイアログ(ざっくばらんな場での会話)がとても大切です。家族とのかかわり、1対1で接すること、個人的なつながりで物事が進みます。難しい問題ほど、直接公式な場に持ち込んではいけません。
タイ人は自分の趣味やネットワークの中でさまざまなコミュニティーを持ち、属しています。
タイでビジネスを始めようとし、クライアントにコンタクトを取りたければ、その人の趣味や属するコミュニティを見つけ、直接仕事の話をする前に会っておく必要があります。最初に個人的なつながりがあれば、ビジネスは早く進みます。
もしくはサッカーが好きな人であればサッカー観戦に誘ったり、お寿司が好きであればお寿司のイベントなど。自分で集まりを開くのも方法の1つです。そういった誘いは平日の夜であろうと、週末であろうと、タイ人は参加したいと思っています。ただ、問題は言葉ですね。
――タイの言葉で、これを知っていれば役立つ、というものはありますか?
パッタラットさん:「マイペンライ」でしょう! これは、さまざまな状況で使えます。実際に様々な時に使えば「わあっ、タイを分かっているんだね!」と言われますよ。たとえそれしか知らなくても。
――どういうときに使うのですか?
パッタラットさん: 「Doesn’t matter」 「Take it easy」でしょうか。
たとえば遅刻して、謝りに来た人に対して「いいよ」という時に使います。それから、失敗して落ち込んでいる人に「大丈夫だよ。何とかなるよ」という時にも使います。
問題が起こってどうしていいかわからなくなった時に、自分自身に「マイペンライ、マイペンライ」と、気持ちを落ち着かせるために言うこともあります。
――去年のタイの洪水でも、タイの人々は「マイペンライ」の気持ちが強かったと聞きました。
パッタラットさん:もちろん心配をしていないわけではなく、また本当に楽観的なわけでもないのです。行動を起こさないわけでもない。安心させて、次に進むため、現実と向き合う気持ちを作るためのものです。ですから、この言葉をタイの人に言うと、とても安心して信頼されると思います。
――あれだけの大災害があり、多くの企業がダメージを受けたにも関わらず、進出企業は増えています。最近は日本企業でも、人をつなぎとめるのが大変だと聞きます。
パッタラットさん: タイの人は日本の企業はとても制約が多いと感じています。日本企業ではルールがあり、そのルールに従わなくてはいけません。とても狭い中に閉じ込められているようで、働く環境がよくない。仕事を抜きにした関係がないのです。職場の雰囲気自体も、まじめすぎて明るくない。それが、日本人がタイで働く時の難しさの1つです。タイ人は「これがルールだ」と言われて聞きはしますが、従いません。
欧米の企業であれば、いつもスタッフを励まして、チームとして働こうとする。しかし、日本企業はチームでも日本人のリーダーシップの下でのチームなのです。だから長く勤めると居心地がよくなく、つまらなく感じてしまうのです。
タイ人は自由を好みます。個人主義なのです。決められたセッティングの中にいたくない。
タイ人は無駄話や不必要な挨拶が嫌い
――タイでは朝、職場に来たときや、帰るときも何も挨拶をしないと聞きましたが、そうなんですか?
パッタラットさん:たしかに!日本では朝来たら「おはようございます」、帰る時には「お疲れさまでした」という決まったフレーズがありますが、タイにはありません。出社後、挨拶はせずに席に着き、話しかけるのはしばらくしてからです。笑顔は向けますけどね。
タイ人は無駄話や不必要な挨拶が好きではないのです。朝出社して挨拶をしないのは機嫌が悪いからではなく、自分から不必要に挨拶をしないだけです。
タイの挨拶だと「サワディクラッ(プ)」を思い浮かべると思いますが、普通の挨拶としてこれは言いません。
――タイに行ったときは至る所でこの挨拶をしましたが、タイの方はしないのですか?
パッタラットさん:それは竹村さんがゲストだからです。同僚や親しい人との間では言いません。普段は、「昨晩どうしてた?」「どこに行くの?」「もう朝ご飯食べた?」などいろいろです。
それに対しても、まじめに答える必要はありません。「ちょっと近くに」ぐらいでいいのです。ここにもタイ人の決められたものに従うのが嫌な気質が出ていますよね。
タイ人はアイスブレーカーではありません。たとえばパーティでも日本人は気軽に近くの人に話しかけますが、タイ人は誰にも話しかけず、静かにしているだけです。
自分から自己紹介はしません。必要があるときに話をするだけです。内に秘める文化なのです。ソーシャルアクティビティは好きです。でも積極的に行動を起こすほうではありません。
――タイの方を型にはめようとするとうまくいかなそうですね。
パッタラットさん:さらに言えば、タイ人は人前で批判されてメンツを失うのをとても嫌います。
そもそも自分の間違いを認めるのも嫌なので、いろいろと理由をつけます。注意したり、批判したりするのは必ず別室に呼んで個別に言わなければいけません。批判されているのを他の人に知られるのも嫌なのです。
ミーティングの場で個人的に批判などしたら、もうその人との関係はうまくいかないでしょう。
タイには女性の大使がいっぱい
――日本人は人前でも構わず叱ったりしますよね。たまに他の人への見せしめのようにすることも…。
パッタラットさん:それをタイで行ったら、関係をとても悪くします。
さらに女性の扱いにも気をつけなければいけません。タイの女性は強いです。社会も女性に優しく、キャリアを築けるようにいろいろなチャンスがあります。自分がやりたいと思えば、ワークライフバランスは大変ですが、タイの女性は強いのでできます。
ですからタイでは女性と男性は平等です。女性大使もたくさんいます。夫婦で女性のほうが収入が多い人もたくさんいます。でも、それは別に当たり前のことです。
――女性の肩を抱いて日本に帰国させられた方もいるという話を聞きました。身体に触る事はしてはいけないことですか?
パッタラットさん:はい、ダメです!タイではお互いに体には触りません。特に、頭に触ることは絶対ダメです。頭の上を通して物を渡すことも、とても失礼です。
握手だけは社会常識として行いますが、それもワイ(胸の前で手を合わせるタイの挨拶)のほうが普通です。触られることはとっても不快に思います。簡単なことでもセクシャルハラスメントになるので気をつけてください。
――日本人がしがちで、タイではタブーなことはなんですか?
パッタラットさん:タイでは、非常に年功序列が大事です。
学歴や年齢がとても大切です。もしビジネスをしていて、ボスの連絡先を知っていたとしても、担当を飛ばしてボスに連絡を取ってしまったら、ボスは受け付けてくれないでしょう。
時間がかかってもちゃんと下から連絡をして、1つずつステップを踏んで上にコンタクトを取る必要があります。もしステップを飛ばして直接ボスに連絡を取ってしまったら、ボスから受け入れられないだけでなく、担当者とのコンタクトもなくします。
それでも決定権はボスにあるので、ビジネスを行うときにはまずは誰が決定権を持っているかを聞いたうえで、その人にたどり着くように下からアプローチします。
タイでは物事を進めるときにとても時間がかかります。だからインフォーマルでの関係がとても大切なのです。
腕を組む、足を組むのはNG
タイの人はとても「遠慮」をします。絶対にその人に何かをしてほしければ、「あなたにしてほしい」とはっきり言わなければ次の人に回し、その人がまた次の人に回し、ずっと終わらないということにもなりかねません。はっきり言うことが必要です。
――挨拶や作法で気をつけるべきことは?
パッタラットさん:タイの挨拶「ワイ(Wai)」にも日本のお辞儀のように、さまざまな角度や方法があります。
目下の方は胸の前で手を合わせ、お辞儀します。目上の人は手を合わせるだけでお辞儀をする必要はありません。ワイは必ず目下の人から先に、目上の人に対して行います。
タイでは、ミーティングなどでも目上の人の前で腕を組むことは許されません。つま先を人に向ける事も失礼なので、足を組む事もいけません。
打ち合わせなどで部屋に案内されたら、座るように言われるまで座らない。足は男性でも女性でも膝をそろえて座り、手は膝の上に置きます。
――パーティでは夫婦で参加することが普通ですか?
パッタラットさん:夫婦で参加することが多いです。たとえ専業主婦であろうと、タイでは平等です。ですから、招待状には夫婦連名で記載したほうがいいです。それで一緒に来るかどうかはその人次第ですが、タイの女性は社交性があり、キャリアを積んでいる人も多いのでパーティなどに参加することが多いですね。
――知り合った方はどのように呼べばいいですか? 肩書きですか?
パッタラットさん:タイではビジネスでも必ず下の名前で呼びます。ファミリーネームで呼ばれても気がつかないかも。
日本の「さん」はタイでは「クン(Khun)」と言います。その後に名前を入れます。たとえば竹村さんの場合「クン マキコ」です。クンも親しくなるとつけません。
――ほかに、産まれてすぐつけられるニックネームもあるとか? それも「鳥」「豚」「チック(時計の音)」など面白いニックネームのようですね。
パッタラットさん:そうなのです。私は「パン」です。「白い粉」という意味です。これは産まれてすぐに親がつける名前で、昔はニックネームをつけないとおばけがその子を見つけて連れて行ってしまうと考えられていました。
ニックネームをつけると誰が誰だかわからないので連れて行かれないのです。迷信ですが、昔は子どもの死亡率が高かったことも理由かもしれません。ニックネームは産まれてからと、学校に入ったときに新しいものをつけることもあります。
会社でもより親しみを持って呼ぶならば、「ニックネームで呼んでもいいですか?」と聞いてニックネームで呼んでください。
タイの人は「私は…」と自分自身のことを言うときも自分のニックネーム、たとえば私で言えば「パンは…」と言うのですぐわかります。
――日本では自分のことをニックネームで呼ぶのは子どもぐらいですよね。
パッタラットさん:タイではビジネスでも当たり前です。死んだ後にお墓にもニックネームを刻むこともあります。ニックネームでタイの人を呼ぶことは、とてもその人のことをよく知りたいのだと取られ、親近感を持たれますよ。
――タイでは好まれる数字があると聞きました。
パッタラットさん:タイでは「9」はとてもよい数字です。縁起を担ぐために祝典などは9月9日9時9分に行ったりします。
9はタイの言葉では「カオ」と言って、「Progress(進歩する/前に進む)」という言葉と同じ発音なのです。
逆に悪い数字は「6」です。6は「ホ」と言って「落ちる・悪い」という意味の言葉と同じなのです。色で言えば、ゴールドや黄色、オレンジが好まれます。包み紙なども白や黒で包むことは避けて、こういう色で包みます。
――白や黒はあまりいい色ではないのですか?
パッタラットさん:会社に白や黒を着ていくと「今日はお葬式に行くの?」と言われますよ。
細かい話になりましたが、タイでは個人的なつながりがとても大切です。1人を知ったら、その人の家族も友人も知ることと思ってください。たとえばパーティに誘ったら、「友達も一緒に行っていい?」と言われ、友達を連れてくることは当たり前です。それで友達の友達を知り……と人脈が広がることを楽しんでください。
タイではグループに属すること、共通点を探してつながること。ビジネスでの公式の場よりも、インフォーマルな場でさまざまなことが進んでいくので、公式なミーティングよりもどれだけ仕事以外の場で人とつながれるかがビジネスでの成功につながります。
(撮影:梅谷 秀司)