秋止符 松浦亜弥 X 谷村新司

2016-09-30 04:53:17 | アリス・谷村新司
秋止符 松浦亜弥 X 谷村新司


http://blog-imgs-93.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20160930045552e59.mp3

左ききのあなたの手紙
右手でなぞって真似てみる
いくら書いても埋め尽くせない
白紙の行がそこにある
友情なんて呼べるほど
綺麗事で済むような
男と女じゃないことなど
うすうす感じていたけれど
あの夏の日がなかったら
楽しい日々が続いたのに
今年の秋はいつもの秋より
長くなりそうな そんな気がして

夢を両手に都会に出て
何も掴めず帰るけど
やさしさの扉を開ける鍵は
眠れない夜がそっと教えた
心も体も開きあい
それから始まるものがある
それを愛とは言わないけれど
それを愛とは言えないけれど
あの夏の日がなかったら
楽しい日々が続いたのに
今年の秋はいつもの秋より
長くなりそうな そんな気がして

春の嵐が来る前に
暖かい風が吹く前に
重いコートは脱ぎ捨てなければ
歩けないような そんな気がして




アリス17枚目のシングルで、1979年12月に発売されています。

ところで、この「秋止符」というタイトルですが、恋が秋に終わったことをひと言で表現していて絶妙なタイトルですよね。

「あの夏の日がなかったら」の1行が痛切、なんとなく消えてゆく恋もあれば、「痛恨の1日」を経て終わる恋もあります。

もっとも、それが夏の日とはかぎりませんが。(笑)


<五輪調査中間報告>スポーツ界猛反発 長時間の議論、泡に

都政改革本部の調査チームが29日、2020年東京五輪・パラリンピックの会場の建設中止など大幅な見直しを提言したことに、スポーツ関係者や競技団体は反発した。この日の大会組織委員会の理事会でも、批判的な意見が相次いでおり、波紋が広がっている。【小林悠太】(毎日新聞)

「スポーツ界猛反発 長時間の議論、泡に」という見出しですが、反発しているのは一部だけでは。(笑)

「長時間の議論、泡に」ではなく「長時間の迷走に、終止符」がホントのところのような気がします。

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ふきのとう/ひとりの冬なら来るな

2016-09-29 06:04:43 | フォーク&ニュー・ミュージック
ふきのとう/ひとりの冬なら来るな (1982年)



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涙がぽつんと落ちた あなたの 写真に落ちた
にじんで見えなくなった 酔いつぶれた部屋で
思い出せば淋し 恋の物語
すれ違いのままで 冬を迎える
かなわぬ夢なら見るな わびしくなるから見るな
あなたを 待つには遠い ひとりの夢なら見るな

夜中にぽつんと起きた 寒くて寒くて起きた
カーテン開けたら外は 雪がちらついてた
初雪みたいな恋の物語
積もらないうちから 急ぎ溶けてく
積もらぬ雪なら降るな わびしくなるから降るな
愛しく待つには辛い ひとりの雪なら降るな

通りを悲しく過ぎる チャルメラ悲しく過ぎる
屋台に腰掛けラーメン あなたも好きだった
白い湯気に映る 恋の物語
冷えた空の下 淡く消えてく
淋しい冬なら来るな わびしくなるから来るな
春まで待つには寒い ひとりの冬なら来るな

淋しい冬なら来るな わびしくなるから来るな
春まで待つには寒い ひとりの冬なら来るな




別れの言葉だけを言うのなら、案外、簡単です。
さよなら、さようなら、グッバイ・・・。
そして、ちょっと気障っぽく言うとしたら、いい想い出にしましょう、幸せな時間をありがとう、なんて言葉もいいですよね。

・・・でも、聞きたくはないけど。(笑)

恋の終わりに言葉が見つからないというのは、なんとも哀れ、登り坂なのか、下り坂なのか、歩いてる当人たちもわからない。
ただ言えることは、寄り道も、引き返すこともできない細い道。
そして、冷たい冬の雨は、逃げ場のない容赦ない激しさで襲ってきます。

ひとりの冬なら来るな ・・・






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新参者/加賀恭一郎のテーマ

2016-09-29 05:25:01 | イージーリスニング(easy listening)
新参者/加賀恭一郎のテーマ


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<東京都議会>豊洲盛り土、探求の義務 小池知事が所信表明

東京都の小池百合子知事が初めて臨む都議会定例会は28日午後に開会した。小池知事が本会議で所信を表明し、冒頭で豊洲市場(江東区)の盛り土問題に触れ「都政は都民の信頼を失った。責任の所在を明らかにする。誰が、いつ、どこで、何を決めたのか、何を隠したのか、原因を探求する義務が私たちにはある」と述べた。(毎日新聞)

都知事としては「新参者」の小池百合子さんの所信表明、在京民放各局では異例の生中継。


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心もよう

2016-09-28 05:55:23 | 井上陽水
高田みづえ 心もよう


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さみしさのつれづれに
手紙をしたためています あなたに
黒いインクが きれいでしょう
青いびんせんが 悲しいでしょう
あなたの笑い顔を
不思議なことに
今日は覚えていました
十九になった お祝いに
作った歌も忘れたのに
さみしさだけを 手紙につめて
ふるさとにすむ あなたに送る
あなたにとって 見飽きた文字が
季節の中で うもれてしまう アア

遠くで暮すことが
二人に良くないのはわかっていました
くもりガラスの 外は雨
私の気持ちは 書けません
さみしさだけを 手紙につめて
ふるさとにすむ あなたに送る
あなたにとって 見飽きた文字が
季節の中で うもれてしまう
あざやか色の 春はかげろう
まぶしい夏の 光は強く
秋風の後 雪が追いかけ
季節はめぐり あなたを変える アア……



自民、演説中に立ち上がり拍手=野党「異様な光景」と批判-所信表明

民進党は27日午前の衆院議院運営委員会理事会で、26日の衆院本会議で安倍晋三首相の演説中に自民党議員が立ち上がって拍手したことについて抗議した。
共産党、日本維新の会も同調した。これに対し自民党側は「申し合わせてやったことではなく自然発生的に起こった」と釈明。一時的に議事進行に影響が出たことから、与野党は今後同様のことが起こらないよう申し合わせた。

まるで、どこかの国みたい。

何かに向けての「心もよう」?(笑)
 

さて、本題…、

「このまえ、手紙を書いたのいつだったかなぁ…。」
思い出そうとしても記憶は遠い彼方、電話やメールはするけど、手紙はね…(^^ゞ、という方が、圧倒的に多いのではないでしょうか。
最近はメール万能ですから、若い人は勿論かなり年配の方でも、そういう親しい関係の交信をメールの中の「闇」の世界だけで行うケースが多くなりました。

もっとも、情報技術(IT=Information Technology)の進展、普及に伴って、ライフスタイルも大きく変容した昨今、それが時代の流れですね…って、ひとことで言えば、それまでなんですけどね。

さみしさのつれづれに
手紙をしたためています あなたに


つれづれに…。
この言葉で、誰もが連想する有名な古文。

つれづれなるままに
日ぐらし すずりにむかひて
こころにうつりゆく よしなしごとを
そこはかとなく 書きつくれば
あやしうこそ ものぐるほしけれ
                吉田兼好 『徒然草』

つれづれなるままに手紙を認める(したためる)…そんな美しく綺麗な日本語も、やがて忘れ去られていくのでしょうか。
そこはかとなく、なにか、さみしさを感じます。

黒いインクが きれいでしょう
青いびんせんが 悲しいでしょう


筆不精なんて言葉があります。
手紙や文章を書くために、筆を持つことを面倒がること、またその人のことを言います。

もちろん、硯で墨を磨り、毛筆で文(ふみ)をしたためるような時代はもちろんのこと、また、ガラスのインク瓶にペン先をつけながら、カリカリと、刻みつけるように書くような時代も、よく知りません。

でも、ぼくは幸いなことに、カートリッジ式インクの万年筆を使って、便せんで手紙を書いた記憶は持っています。
真新しい便せんとインクの匂い…。
そういう意味では、筆まめだったのかもしれません。

もっとも、筆まめでしたが、フォークギターでマメは作っても、ペンでマメは作りませんでした。
あれ?、ペンで作るのはマメでなく、タコ…(:。)彡やったかな。(笑)
まっ、どっちみち、ペンダコを作っても、たこ焼きには使えませんから、どっちでもいいです。(笑)

中学の入学祝いに買ってもらったパーカーの万年筆。
あんなに大切にして、大事に使っていたのに、いつのまにか、無くしてしまいました。

使っていたインクは黒いインクではなくて、やや心もち青みがかった、ブルーブラックインク。
そして、しなやかながら、やや厚手の紙質で、横に罫線が入った、淡い青い色の便せんで書く手紙。

そんなこだわりで…、…で、誰に出したのかって?
あはっ、(^_^ゞ-☆ 忘れたことにしましょう。(笑)

そして、手漉き和紙の渋みのある便せんや、キャラクター入りの可愛い便せんで書かれた手紙。

そんな返事をもらうのも嬉しいですよね…、…で、誰にもらったのかって?
あはっ、(^_^ゞ-☆ 忘れたことにしましょう。(笑)

あなたの笑い顔を
不思議なことに
今日は覚えていました
十九になった お祝いに
作った歌も忘れたのに


でも、忘れたことにしましょう、というのは、裏返して言えば、まだ覚えている、ということでしょうね…。

そして、ときとして、絶対に忘れるはずもないと思ったことを意外に忘れてしまうことがある反面、また、なんで、こんなことを、いまだに覚えているのかと、不思議に思うこともあります。

記憶というのは、不思議なもので、強烈な印象を与えたものが、必ずしもいつまでも記憶にとどまっているわけでもなく、逆に印象の薄いものが、なぜか長く記憶にとどまっている場合もあります。

そして、その記憶の再生が、ある日、あるとき、思いがけないときに、ふとよみがえるのです。

いつまでも覚えておきたいと思った笑顔の代わりに、思い出せば身を切るように辛くなるような、泣き顔しか思い出せない…。

君のためにと作ったメロディーが、行き先を見失って五線譜からつぎつぎと飛び去っていく…、タイトルだけを形見に残して…。

そんな遠い記憶の中に住んでいる想い出たち。

でも、こんな厄介な想い出たちだからこそ、美しく、哀しく、また、せつないのでしょうね。

遠くで暮すことが
二人に良くないのはわかっていました


恋愛関係の構成要素のひとつに、親和欲求というのがあります。
つまりは、一緒にいたい、という欲求です。

そして、逆に言えば、一緒にいたい、というこの欲求が満たされないことが、長く続くと、恋愛関係も次第に崩れてしまうことを意味します。

遠く離れてしまえば
愛は終わるといった  チューリップ「心の旅」

遠くで想うてくれても
近くの誰かの氷まくらで
熱のやつ下がりよる  山崎ハコ「ごめんしてね」

もっとも、遠距離恋愛という言葉もあるとおり、物理的な距離は遠く離れ、遠くで暮らすようなことがあっても、心理的な距離が離れていなくて、いつも近くに感じ続けていれば、恋愛関係の持続も可能です。

逆に、物理的な距離は近くにいても、いや、一緒に暮らしていたとしても、心理的な距離が遠く離れていけば、もはやそこには、恋愛関係は失われているのです。

しかし、物理的な距離は、交通手段の高速化が進んだとしても、容易には縮まりはしませんが、心理的な距離は、互いの努力や工夫によっては縮めていくことは可能なのです。

もっとも、それが難しいのは言うまでもありません。

くもりガラスの 外は雨
私の気持ちは 書けません


ラブレター(love letter)…、素直に恋心の想いを書き綴り、相手にその想いを伝える手紙…。
万葉の時代から相聞歌(そうもんか)のやりとりをした伝統のある我が国では、ラブレターのことを、恋文(こいぶみ)とも言いますが、さらにたどれば懸想文(けそうぶみ)とも言いました。

文字どおり、想いを懸ける文で、それを、神社などの梅の枝に懸けて、願掛けをしました。
相手に直接渡したり、下駄箱の中に入れるなんて、もってのほかの時代だったのでしょうね。(笑)

ところで、その懸想文が売られています。
カブラのような丸い形の聖護院大根(しょうごいんだいこん)や、ニッキ(肉桂=シナモン)味のする京菓子の聖護院八つ橋などで有名な聖護院を東に入った所にある須賀神社では、2月3日の節分の日に懸想文を売っています。

懸想文を売っているのは、覆面をして、水干(すいかん)と呼ばれる赤い装束に、烏帽子(えぼし)をかぶった懸想文売り。

もっとも、この懸想文は、縁談や商売繁盛などの願を叶える符札で、鏡台や箪笥に入れておくと容姿が美しくなり、着物が増え、良縁にめぐまれるというので、古くより町々の娘や嫁にあらたかなものとして買い求められた縁結びの縁起物のひとつです。

したがって、恋文を代筆したものではないので、あわてて買って、ぼくに送らないように…ってか。(笑)

さみしさだけを 手紙につめて
ふるさとにすむ あなたに送る
あなたにとって 見飽きた文字が
季節の中で うもれてしまう アア


手紙には、やはり手書きの文字が似合います。
達筆でなく、みみずの這ったような悪筆であっても、稚拙な丸文字であったとてしても、その人の個性がにじみ出すものです。

ワープロやメールでも文章は送れます。
そして顔文字などで個性も現れます。
でも、やはり、手書きの文字ような体温を感じるような温かみは、なかなか表現できません。

もちろん、それが、別れにつながる恋文であったとしても、(^_^)/~~ばいば-い!や、またd(^-^)ネ!と即時に送信されるよりも、やはり趣があります。

もっとも、こんな趣は誰も望みませんけどね。(笑)

あざやか色の 春はかげろう
まぶしい夏の 光は強く
秋風の後 雪が追いかけ
季節はめぐり あなたを変える アア……


色褪せた手紙を燃やせるようになるには、やはり幾度かの季節を、めぐらないといけないのかもしれません。

あなたが変ったように、わたしも変わる…、新しい風が吹く前に、自分が変わらなくっちゃいけないと思い続けながら…。

前半の心象風景の穏やかな描写とともに、後半の四季折々を歌いこんだ、見事なリズム感のあるフレーズとともに、せかせるような、たたみかけるような旋律が、なんともせつなさを感じさせます。

「心もよう」は、井上陽水さんが当時の人気女性フォークデュオであるベッツイ&クリスに、提供しようとした曲が、なぜか結局、採用されずに、お蔵入りになり、その歌詞を書き直して、「心もよう」として「氷の世界」というアルバムで自分で歌ったものということです。

名曲ヒットの裏側事情というものは、なかなか興味深いものがありますね。


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一ツ星

2016-09-27 04:55:36 | マスターお薦め曲
きくち寛さん 一ツ星


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150521052527a87.mp3

片親育ちとおちょくられ
負けず嫌いの この俺は
でこにタンコブたえなんだ
そんな男におまえは惚れた
愛の温みを教えてくれた
なにわ嫁なの初情け
惚れて暮らした
一間の部屋の
裸ランプがなつかしい

おかずは梅干 ひとつだけ
日の丸弁当で 行く俺に
おきばりやしゃと 声かけた
あれが最期の おまえの笑顔
やっとつぼみも 膨らみかけた
春も待たずに なぜ死んだ
いつか可愛い 花嫁衣裳
着せて 頬ずりしたかった

おまえは夜空の 星になり
俺は下から 仰ぐだけ
酒も喧嘩も あの日から
止まらないまま 転げていった
さいの河原の 渡し場あたり
あわてちゃ 駄目よと 声がして
空を仰げば おまえの星が
俺を見つめて 濡れていた

やっとつぼみも 膨らみかけた
春も待たずに なぜ死んだ
いつか可愛い 花嫁衣裳
着せて 頬ずりしたかった



この曲は、20世紀を代表する天才漫才師横山やすしさん(本名:木村 雄二、1944年3月 18日 - 1996年1月21日)が奥様である木村啓子さんに贈られた曲です。



元々は1981年頃、きくち寛さんがやすしさんから詩をもらい、すぐ作曲した曲なんだそうですが、やすしさんがすぐに唄えずお蔵入りしていた楽曲でした。

その後7・8年経って再度レコーディングし、発売になるわけですが、やすしさんの身辺でのいろいろなトラブルが重なり、結局はまたしてもお蔵入りになります。

その後、やすしさんは吉本興業を解雇され、不遇の数年を過ごし、そして病に倒れ他界。

・・・その告別式で出棺のおり、会場に流されていたのがこの曲でした。

テレビでその光景が流されと、あの曲は何という曲なのかとテレビ局に問い合わせが殺到、・・・それならばと発売元のクラウンが急遽「追悼盤」として発売、ようやく日の目を見たというわけです。


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「忘れられた部屋で」 谷山浩子 

2016-09-26 02:19:45 | 谷山浩子
忘れられた部屋で/谷山浩子


http://blog-imgs-93.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20160419034303eca.mp3

あなたが誰かと汽車に乗る頃私は部屋の中
白い子猫をひざにかかえて黙って座っていました
ゆうべのあなたの煙草の吸いがら灰皿にそのまま
少しでも動けば心くずれて
泣き出してしまいそうでした

すまなそうに出かけるあなたを背中に感じながら
気にもとめないふりをして
テレビの画面ばかり見つめてた

あなたが誰かと旅に出た日忘れられた部屋で
優しいやつだとあなたの口ぐせ
真似して無理に笑いました

ひとつだけお願いあるのわかってくれるなら
あの日歩いた思い出の場所
あの人連れてなんかいかないで

あなたが誰かと旅に出た日忘れられた部屋で
優しい女と呼ばれることに疲れた私ひとりきり
優しい女と呼ばれることに疲れた私ひとりきり




別れのありふれた情景ともとれますが、「少しでも動けば泣き出してしまいそう」とか、出て行く彼の気配を背中で感じながら「気にもとめないふりをしてテレビの画面ばかり見つめてた」というあたり、女性の悲しい強がりが表現されていますよね。

また、「ひとつだけお願いがあるの」自分との想い出の場所に新しい「彼女をつれてなんか行かないで」と歌っていますが、これは新しい彼女との差別化を願っており、まだ彼が好きだからを表現している様に思えます。

しかし、歌詞の最初の部分で「あなたが誰かと汽車に乗る頃」とあることから、この主人公の女性は、新しい彼女を知らないということであり、新しい彼女の事を教えていない彼の優しさもわかって欲しいです。(笑)

新しい彼女の名前や容姿を知ってしまえば、また違う辛さが出てくるでしょうから・・・





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Siberia

2016-09-24 01:50:47 | エレキ(electric guitar)
The Mustangs - Siberia


http://blog-imgs-75.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150618040903d53.mp3


■子猫の授乳

子猫は生まれてから2~3日のうちに、母親のおっぱいの中から自分専用の乳首を決め、離乳までずっとそれ以外の乳首から母乳をもらうことはない。
匂いによって判別しているので、母親をキレイに洗ってしまうと分からなくなってしまうようです。


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Dark Rose

2016-09-24 01:48:37 | エレキ(electric guitar)
The Mustangs - Dark Rose


http://blog-imgs-75.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150618041535226.mp3

■イカの足

「イカの足は10本」と一般的に知られているが、正確にいえばイカに足は無い。
背中から順に第一腕、第二腕、第三腕・・・と数え、他より長い2本は触腕。
なので、イカについているのは全て腕。

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坂本スミ子  たそがれの御堂筋

2016-09-22 18:11:47 | マスターお薦め曲
坂本スミ子  たそがれの御堂筋


http://blog-imgs-93.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20160922181409446.mp3

御堂筋の たそがれは
若い二人の 夢の道
お茶を飲もうか 心斎橋で
踊り明かそう 宗右衛門町
送りましょうか 送られましょか
せめて難波の 駅までも オーオ
今日の僕等の 思い出を
テールランプが 見つめてる

銀杏並木の 御堂筋を
肩を並べて 二人きり
もっと歩こう 中之島
川の向こうに ネオンの灯り
遠い夜空に 流れる星を
じっと二人で 見つめつつ ウーウ
今夜もここで 別れましょう
ビルの谷間の 淀屋橋



とても他愛無い、ただのご当地ソングかもしれません。

ただ『楢山節考』の名演技でおなじみ、女優でありラテン歌手でもあった坂本スミ子さんが歌うこの曲を聴くと、夜の御堂筋の雨の匂いと、そこはかとない切なさが漂います。


蓮舫体制はや亀裂鮮明 出席者半数…野田氏起用、「国籍」尾を引く

21日に正式発足した民進党の新執行部は、蓮舫代表が目指す挙党態勢とはほど遠い布陣となった。役員には野田佳彦幹事長に近い顔ぶれが並び、早くも「お友達執行部」と揶揄(やゆ)される始末。役員人事を決めた21日の両院議員総会の出席者は約70人で、党所属国会議員147人の半数にも満たず、役員人事などに関する委任状すら出さず欠席したベテラン議員も。蓮舫氏は船出早々、お家芸の「党内分裂」の危機に直面している。(産経新聞)

「2位じゃダメなんでしょうか」ですっかり有名になった蓮舫さん、1位が勤まるのでしょうか。(笑)

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永井龍雲・三度目の秋

2016-09-17 05:48:27 | マスターお薦め曲
永井龍雲・三度目の秋.wmv


http://blog-imgs-93.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201609170551283a6.mp3

マニキュアを塗る時の
無心な気持ちが好きです
時々 遠く爪を眺めて
溜め息ついたりする

ドア・チャイム鳴る音も
夢中な私へ届かず
貴方に急に声を掛けられ
泣き出した事もある

三度目の秋が来ても
貴方のこと思いだす
忘れてたつもりでも
忘れられる筈もない

約束をすっぽかし
謝る貴方を打った
取り留めもなく些細なことを
反省してたりする

観葉植物(プラント)に水をやり
洗濯物を取り込んで
空を見上げたふとした隙を
寂しさにおそわれる

三度目の秋が来ても
私はまだ一人きり
人並みの幸せを
考えなくもないけど

三度目の秋が来ても
貴方のこと思いだす
忘れてたつもりでも
忘れられる筈もない

ラララ・・・・



永井龍雲さん、ビッグヒットこそ無いのですが、隠れた名曲を数多く作られています。

どちらかと言うと、ちょい地味目な方ですから。(笑)

龍雲さんの魅力は、先ずは声質 が高音ながらも柔らかさと艶やかさ、その中に響く切なささのある歌声でしょうか。

そして、彼の織り成すメロディーは、日本人好みのラインと沁みわたるサビに有るような感じですよね。


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やさしい瞳/村下孝蔵 

2016-09-16 05:54:57 | 村下孝蔵
やさしい瞳/村下孝蔵 


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201503030635366f8.mp3

花が咲いた 音もたてず私の庭に
あの人の笑顔だけ見つめている花
何気なく口ずさんでくれた あのメロディー
大好きな 片思いの唄でした

夏の風鈴ゆれて すだれの陰 私黙りこむ
白いTシャツに 汗の匂い 青い空と似合ってた
やさしい気持ち伝えたい
やさしい瞳になりました


草の香り 川原を包む花火の日に
目をとじて あの人をひとり待っている
目の前で 好きと言ってくれなくてもいい
でも 今は道に迷わないでね

町の夕暮れどきは 無口な色まざりさびしくて
七色の絵の具 きっと二人夢をいつかぬりわける
やさしい気持ち伝えたい
やさしい瞳になりました




「思い出」ってなんだろうと、改めて考えるために、まず「思い出」を広辞苑(第五版)で調べてみました。

①前にあった事柄で深く心に残っていることが思い出されること。また、その事柄。また、そのきっかけとなるもの。
②後々まで思い出しても楽しくなること。また、そのさま。

さすがは、広辞苑です。
いつも分かったような分からんような解説です。(笑)
でも、特に②については意外に感じました。

この定義によると、思い出とは、後々まで思い出しても楽しくなること、ということですから、つまりは思い出は、楽しい思い出のことを指すのでしょうか。

どちらかというと、いままでは、過去に経験したことの記憶に、喜怒哀楽の感情が加わったものが、思い出になるのだという認識がありました。

だから、思い出というものには、もちろん楽しい思い出もあれば、悲しい思い出もあり、辛い思い出もあるはずと思っていました。

考えてみれば、思い出たちが優しすぎるということは、その思い出たちが、楽しい、嬉しい、幸せな思い出たちだけだった、ということになるのでしょうか。

ところで、ある調査によれば、人に思い出を列挙させてみると、楽しい思い出が5割~6割くらい、悲しく辛い思い出が2割~3割くらいとなり、残りがどちらでもない思い出となるそうです。

この比率についても、多少、意外かもしれません。

そして、その思い出たちが、最近のものが多いほど、悲しく辛い思い出の比率が高いのですが、その逆に、その思い出たちが昔のときのものが多いほど、楽しい思い出の比率が高まってくるというのです。

よく考えてみると、思い出が、過去に経験したことの記憶ならば、その記憶というのは、時間の経過に伴って、必ず、忘れていく、薄れていくものです。

楽しい、嬉しい、幸せな思い出は、思い出すことが苦痛ではない分、いや快楽ともいえる分、なんども思い出しては、記憶の強化を図ります。

一方、悲しい思い出は、思い出すことが辛い分だけ、できれば思い出さないようにするはずです。

そうすることにより、時間の経過により、楽しい思い出たちの記憶は強化保存されて、悲しい思い出たちの記憶は減退消失されて、結果的に、楽しい思い出たちが残っていくものです。

だから、思い出とは、楽しい思い出であるというのも、あながち楽天家の戯言(たわごと)と、一概にはいえないのかもしれません。

でも、残念ながら、ひとは悲しみにとらわれると、ネガティブになり、暗く否定的な考え方、消極的な行動しかとれなくなることが多いと言われています。

そして、悲しい思い出たちの記憶を強めて、再生産していき、これがいわゆるマイナス思考へとつながっていきます。

しかし、よく考えてみてください。
悲しい思い出となるできごとがあったとしても、そのすべてが、悲しいできごとだったのでしょうか。

たとえば、ある人と別れたとします。
そして、もう会えないということになります。

それは、悲しく辛いできごとに違いないでしょう。
かならず悲しい思い出になるでしょう。

そして、それはそれでいいのです。
悲しみは悲しみと受け入れてください。

意地を張って無理することはありません。

でも、その人と別れたということを、改めて見つめ直してみてください。
別れたのは、その人と、出会えたからなのです。
出会えたからこそ、別れがあったのです。

そして、その人と過ごした時間があったのです。
そんな中でのできごとのひとつひとつまでもが、悲しく辛いできごとばかりでは、なかったはずです。

思い出して楽しくなるようなできごともあったはず。
幸せな気持ちになるようできごともあったはず。

その記憶を呼び起こし、その思い出たちを大切にしていけば、楽しい思い出の数は変わらなくとも、比重は増していくはずです。

そう、それがプラス思考です。

そうすれば、いつかきっと、ポジティブになって、明るく肯定的な考え方、積極的な前向きな行動がとれるはずです。

そして、それがまた、忘れたくない思い出たちに、つながっていくものなのです。


「みゅーじっくふうちゃんねる」の設立は平成19年5月、妻の死がきっかけでした。
中学2年と高校1年の息子、そしてちいちゃんという2才のオス猫を残したまま・・・48歳、早すぎる旅立ちでした。

それからだったと思います、・・・子育て、猫育てのおりふしに、妻と巡り合ったころよく聴いていた村下さんのこの曲が、なにかむしょうに懐かしく脳裏に浮かんできたのが。

そうだ、幾たび季節を見送ろうとも、忘れたくない思い出があるならば、忘れられないようなものを作ってみよう。

思い出の曲たちと、いつでも出会えるサイト。

そう、それが「みゅーじっくふうちゃんねる」の原点でした。

そして、パソコンに無知だったため悪戦苦闘、サイトの作り変えを重ねながらようやく昨年から落ち着きはじめた有様です。

どこまで走れるか、それは分かりません。
歩くより遅い走りかもしれません。(笑)

しかし、その思い出たちが手を振ってくれる限り…。
そして、その思い出たちが、ここに来るみんなを優しく包み込んでくれる限り…。

もちろん、ぼちぼちと…ですけど。(笑)




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コンドルは飛んでゆく

2016-09-16 00:30:04 | 世界の民謡
JAMES LAST El Condor Pasa


http://blog-imgs-80.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150702010234806.mp3

I'd rather be a sparrow than a snail.
Yes I would.
If I could,
I surely would.

I'd rather be a hammer than a nail.
Yes I would.
If I only could,
I surely would.

Away, I'd rather sail away
Like a swan that's here and gone
A man gets tied to the ground,
he gives the earth
its saddest sound,
its saddest sound.

I'd rather be a forest than a street.
Yes I would.
If I only could,
I surely would.

I'd rather feel the earth beneath my feet,
Yes I would.
If I only could,
I surely would.



世界中で最も有名なペルーの民謡の一つといえるかも。
ちょっと不可解な内容の歌詞ですが、この歌詞はソビエト(現ロシア)に対する消極的抵抗を表しているという説があります。

歌詞を和訳すると

カタツムリより雀になりたい。
そう、雀に。
もしなれたら、絶対そうなりたい。

釘よりハンマーになりたい。
そうハンマーに。
もしなれたら、絶対そうなりたい。

遠く、飛び立ちたい。
ここにいた白鳥が行ってしまったように。
男は大地に縛り付けられた。
この世に最も悲しい音を響かせる、一番悲しい音を。

路より森になりたい。
そう森に。
もしなれたら、絶対そうなりたい。

足で地球を感じたい。
そう、大地を感じたい。
もしそうすることが出来たら、絶対そうでありたい。

スズメは自由ですばやく好きなところへ行ける
一方カタツムリはなかなか前へ進むことが出来ない





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月あかり  村下孝蔵

2016-09-15 09:46:23 | 村下孝蔵
月あかり  村下孝蔵


http://blog-imgs-93.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201609150948489a1.mp3

朧月夜に障子を開けて
注しつ注されつほろ酔い加減
小川の流れに耳を澄まし
君はほんのり頬を染めていた
君が誘った最後の旅に
何も把めず迎えた夜は
交わす言葉も空しく 

「もうこれ以上飲んだらだめよ」
「もうこれ以上飲んだらだめ」と
何故かいつもと違ってた君の言葉が優しくて 

夜風吹きぬけ障子を閉めて
向かい合わせの旅の宿
夜も深まり二人の声も
川の流れに溶け込んで
傷つけ合って暮らせぬ事に
二人気付いて頬づえついた
夜のしじまに時は消えていた 

「もうこれ以上飲んだらだめよ」
「もうこれ以上飲んだらだめ」と
こんな夜は寂しすぎて一人飲む程想い出す 

「もうこれ以上飲んだらだめよ」
「もうこれ以上飲んだらだめ」と
今も聞こえてくるような君のつぶやき悲しくて 



今夜は旧暦の8月15日、中秋の名月です。

残念ながら、雨や曇りで見えない地域が多そうですが、見える地域の方はぜひ。(笑)

連日、悲しい、つらい、腹立たしいニュースの中、月あかりで心やすめるのも一興かも。

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James Last - Gypsy Melodies

2016-09-10 01:53:32 | イージーリスニング(easy listening)
James Last - Gypsy Melodies


http://blog-imgs-93.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20160910014734dda.mp3



目もくらむような、まぶしさだった思い出たちが、いつしか深まりゆく秋の弱まった日差しの木洩れ日のように、やさしくなっていきます。
そして年を経るごとに、思い出たちは丸くなっていくような気がします。
そういえば、木洩れ日が地面に映るときに、その木洩れ日の形はまん丸なことを知っていますか。
イチョウであれ、ポプラであれ、イロハモミジであれ、プラタナスであれ、また、若葉であれ、枯葉であれ、葉のどんな形状にもかかわらず、地面に映るときの木洩れ日は、まん丸な形なのです。

この形は、いわゆるピンホールカメラ(針孔写真機)の原理から、つまりは太陽の形が、そのまま地面に映し出された形なのだそうです。
だから、部分日食などで太陽の形が三日月形になれば、おなじように木漏れ日も三日月形になるといわれています。

思い出は丸く、体型も丸く、身体がおもいでぇ~となったいま。

あの日別れた駅には、しゃれた駅ナカなんてできちゃったいま。

待ち合わせ場所を間違えても、携帯電話ですぐ会えるいま。

青い枯葉かむ代わりに、青汁を飲むようになったいま。

そして、いまはむかしと、ふと見渡せば・・・・・ポケモンGO。

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