きまぐれ和次朗日記帳

あわてないと思っていても
ついついあわててしまいます
酒でも飲んで唄でも歌いながら
ぼちぼちいきましょう

ターレ

2018年10月08日 | 想いで話
築地市場が遂に終えて豊洲市場になる…

随分話題になっていたがこれからどうなるんだろう

ニュースでターレの移動の話題が賑やかに放送されていた…



40年以上前の事を鮮明に思い出している
新潟から名古屋の大学に行って人生初めてのバイトが市場だった…

名古屋市西区の名古屋市枇杷島市場…
朝早くに起きて名鉄金山駅まで自転車乗って…

いろんな人たちに出会った…今でも鮮明に覚えている

ターレもあった…あの時は皆んなターレットって呼んでた

バイト慣れした頃には自由に使わせてくれた…凄く面白い乗り物で大きなハンドル❓を反転させるだけでバックする
仕事がひと段落すると他の仲卸の若い人達と駐車場でターレットのレースが始まる
Uターンの時の後輪片側がどれだけ浮くかも見どころだった…

ただただ…懐かしい思い出です
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蒲鉾板は命の板

2017年01月10日 | 想いで話
最近は板の付いていない蒲鉾も多くなった…板が無いって事は機械が作ってるみたいで味気なく感じる…

残りだったから適当に切り分け…山葵醬油で…



蒲鉾板の想い出…

小学校低学年の夏休み町内の大人達に連れられて観光海水浴場の隣の浮きで囲われた海に泳ぎに行った…

海があるから学校にプールが無い…だから海で遊んだ…
他の町内会の子供達もいるから賑やかなもんだった…

少人数の大人達はしっかり見張ってくれた…

「蒲鉾の板は命の板」

張り付いた蒲鉾を綺麗に食べて…乾かして…穴を一つあけて…首からぶら下げる紐を付けて…名前を書いて…

海に入るときは友だちの板と並べて…何度かの休憩時間には砂浜にあがり蒲鉾板を取って無事を確認…

もちろん海の中にも監視員がいる…溺れかけて助けてもらった当時高校生だったHさんは命の恩人…大人になってから酒の席でお礼を言ったがHさんは全く思い出せ無いようだった



小学校高学年になった頃は上級生について漁船の行き交う港の中を泳ぎまくった…100m以上離れた防波堤まで行ったり来たり…
今じゃ出来ないね…
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配達員としての誇り

2013年07月04日 | 想いで話

ミカさんという人がいた … 名前は若そうだが私が小学生の頃60歳を過ぎていた

女2人男1人の子供がいたが男の子には障害があった … 何も語ることはないが晴れの日も雨の日も同じ長靴をはいて早足で何キロも歩いていた … 今なら自閉症と診断されると思う

ある日 ミカさんから留守番電話が入った … 「配達員〇〇ミカです。今息子の〇〇の様子がおかしいので電話しました」と…

その時ミカさんは88才 … いつもと違う様子を感じ直ぐにミカさんの家へ向かった … 平成の年にまだ屋根に丸石をいくつものせた昔ながらの家 … 

息子さん … といっても私より30歳以上年上 … 失禁と片側の手足を持ち上げても力なく布団に落ちる … 脳障害は明らかだった

昔の人は騒ぎを嫌う … ミカさんを説得して救急車を呼んだ

一年たたない中に旅立ってしまった … ミカさんはその一年前に娘さんをガンで亡くしている

ミカさんはいつも言っていた「私が死んでもセガレ(息子)が1人で配達できるようにしてやりたい…」と

小柄でしわがれ声のミカさん … 50年以上も「配達員」をされた

ミカさんがいなければ多くの人たちは日常のための知識を得れなかっただろう … 大切な配達員

「配達員〇〇ミカです」の言葉に今でも彼女を誇りに感じている … そして障害者の母としての誇りも忘れない … ただただ感謝です

 

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打ち上げ花火の音を聞くと …

2013年06月15日 | 想いで話

今日は新潟でTOPを切る 花火大会の幕け … 家から1km位離れた 田んぼの中で打ち上げている

この花火大会を皮切りに 新潟県内は9月中旬まで多くの場所で「花火大会」が繰り広げられる …長岡、新潟、柏崎そして4尺玉の片貝花火など

今日は最初の数発を見ただけで家に入ってしまった … 祖母さんを思い出してしまった

明治22年生まれ 私が高校三年生の時に88歳 … 孫の末っ子の私が寝坊していると心配して階段を途中まで昇って「送れるぞ」ってかすれた声で呼びかける … 慌てて学校に遅れるより婆ちゃんが階段から落ちないか心配でそこへ急いだ…

婆ちゃんは「島倉千代子」が大好きで「淡谷のりこ」が嫌い … あの化粧が気に入らなかったようだ

婆ちゃんは「NHKの相撲」大好きだが高見山が嫌いだった … さすがに戦時中の人 … 戦敵アメリカ人だから嫌いということだ

婆ちゃんと2人でテレビを見ていて 「高見山だってすごいんだよ」っていうと さすがに孫の話はうなずいて聞いてくてていた

水戸黄門が好きで2人でよく見ていた

花火のことで心残りがある … 我が家は2階へあがれば半分以上の花火が見える … 婆ちゃんはそこへ行きたかったようだが友達との約束が気になって出かけてしまった

その日は一階から大きな花火があがった時だけ きっと少し見えたんだろう … 音は全部聞こえるのに …

私は翌春 私は名古屋へ旅立った … 一年もしない2月の私の19才の誕生日の2日前に婆ちゃんは旅立ってしまった

花火の音を聞くと思い出す … 胸の痛みが教えてくれている

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