きまぐれ和次朗日記帳

あわてないと思っていても
ついついあわててしまいます
酒でも飲んで唄でも歌いながら
ぼちぼちいきましょう

サトシンさんサンキュー ~絵本作家~

2015年09月19日 | 詩人・画家
「うんこ」の絵本で知られている絵本作家「サトシン」さんに直接選んでもらって姪の子供らにプレゼントした





リボンちゃん





わたしはあかねこ





年齢にあわせて選んでくれて
一冊一冊に丁寧なサイン…

まだまだ活躍する新潟市在住の絵本作家です

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チューリップの作詞者

2014年03月27日 | 詩人・画家

「咲いた咲いたチューリップの花が …」 … 「チューリップ」 作詞は近藤宮子氏 … 他に「こいのぼり」「オウマ」などがある

今でも歌い継がれて親しまれている童謡です

教科書でしか習ったことのない「満州事変」の頃 作られた歌 … この頃の曲は作者不詳が多い

著作権の法律問題の流れの中 曲の延命を図るため作詞者が一時 著作権協会の方の名前になっていた

1970年頃 新聞「赤旗」の記者をしていた宮子の長男が同僚に「子どもの頃 母親に 私が作ったのよと聞かされた」と話したことから 同僚が取材を始め記事となり話題となる 

紆余曲折の中 1993年裁判で近藤宮子氏の曲として認められる … 宮子氏86歳

近藤宮子氏は1999年 92歳で天に召された

チューリップの花言葉 「愛」テーマです 「赤…愛の告白」「黄…実らぬ恋」 さて他の色は …

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こころの絵唄 ~詩人 nozoMi~

2011年09月02日 | 詩人・画家

私は彼女を0歳から知っている 娘がお世話になっていた名古屋の保育園の友達だ

0歳の二人はいつも何かを話し合っていた 何を話しているのかかわからないが 何故か会話が成立していたようだった

nozoMiさんは 自分のプロフィールの中で「現在 こころの病にかかり ぼちぼち療養中」と書いている

八月にはじめての個展を 在住の長野県飯田市Cafe & Esthe Fukuume で開催した

「療養生活の中で、感じた気持ちを詩にしました。悲しい詩の多い私ですが、前向きな詩をできるだけ集めました。」と nozoMiさんは語る

好評を得て 飯田市の「南原苑」でも近く開催される

『ぬくもり』

くたびれた背中、
そっとさする手があったかい。

まっすぐなあったかい心は
どこまでも どこまでも
あったかい。

じんわりしみるお茶に似てる。

傷ついた背中に
心細い背中に
疲れた背中に

そっと元気をくれる。

 

 

まじめで やさしすぎる nozoMiさん 「nozoMi の スローライフ」というブログで 「こころの絵唄」を綴っています

「きまぐれ和次朗」にもブックマークされています

 

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夭折の詩人 矢沢宰をたずねて ~三条結核病院跡~

2010年06月27日 | 詩人・画家
合唱曲「光る砂漠」の中にもある曲
再会

誰もいない校庭をめぐって
松の木の下にきたら 秋がひっそり立っていた
私は黙って手をのばし 秋も黙って手をのばし
まばたきもせずに 見つめ合った


多感な少年期を三条結核病院に併設する三条養護学校で学んだ
済生会三条病院の隣 ケアホーム三条の正門前に
まだ新しい石碑があった





奇跡的な回復で18歳で退院する
その春 栃尾高校に入学した
充実した2年間を送ることになる
初めてのアルバイト 初めての単身上京
彼にはまだやりたいことがたくさんあっただろう

高校二年の冬また病気が再発した
三条結核病院に再入院することになる





私が三条市に引っ越してきたのが4年前
彼を知ったのはその後ネット上で
彼が最後まで入院した三条結核病院は数百メートルしか離れていない所
済生会三条病院にあった

起き上がれない彼は手鏡で外の景色を見たという
その頃からあったであろう川沿いの木々



21歳
絶筆になる詩が彼の病室のベットの下にあった

小道が見える

小道が見える 白い橋も見える
みんな思い出の風景だ
然し 私がいない
私は何処へ行ったのだ
そして私の愛は


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夭折の詩人 矢沢宰をたずねて ~上北谷 河野~

2010年06月20日 | 詩人・画家
上北谷という地名は旧村名 新潟県見附市にある
地図検索しても出てこないが
小学校や郵便局などには今もその名がついている
矢沢宰は昭和十九年 一才の時 中国から
親のふるさとであるこの地
上北谷河野(がわの)地区にたどり着いたという





彼は上北谷小学校に通った
彼の眠る墓は上北谷小学校のすぐそこにあった
墓碑に刻まれていた詩

風が

あなたのふるさとの風が
橋にこしかけて
あなたのくる日を待っている





彼は刈谷田川に架かる河野橋(がわのばし)を渡ったのだろう
現在の橋は矢沢宰没より五年の後昭和四十六年に架け替えられている


14才の時病床で書きとめた詩の中から

一本のすじ雲

一本のすじ雲 このはてしない青空に
何かと何かを 結ぶかのように
夕日で 銀色にそまる
僕は好きだ この一本のすじ雲が


読み返すほどに彼をもう少し知ってみたいと思う



ふるさとは田園風景の中
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