我が郷は足日木の垂水のほとり

文化芸術から政治経済まで、貧しくなった日本人の紐帯を再構築したいものです

島尻安伊子

2010年05月12日 | 政治家

沖縄

島尻安伊子【わが郷・政治家】1965~ 島尻安伊子 政治家

 

 島尻 安伊子

島尻 安伊子(しまじり あいこ、1965年3月4日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(2期)、沖縄・北方担当大臣兼科学技術政策担当大臣兼宇宙政策担当大臣。

第2次安倍内閣において内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官を務めた。夫は政治家の島尻昇、元民主党沖縄県代表・日本新党沖縄代表。
(wikipedia)

宮城県仙台市生まれ。聖ウルスラ学院高等学校、上智大学文学部新聞学科卒業。高校在学中、アメリカ合衆国カリフォルニア州ハンティングトンビーチハイスクールに留学[1]。上智大卒業後、シアーソン・リーマン証券日本法人(現リーマン・ブラザーズ)に入社[2]。

2004年、那覇市議会議員補欠選挙に出馬し、初当選。那覇市議会では民主党系会派の「アイ・ラブ沖縄!かがやく県民の会」に所属し、2期務める。2007年、那覇市議を2期目の任期途中で辞職。沖縄県選挙区選出の参議院議員・糸数慶子の沖縄県知事選挙出馬に伴う補欠選挙に、民主党を離党して無所属(自由民主党・公明党推薦)で出馬し当選。当選後に自民党に入党し、平成研究会に所属[3]。

2009年の第45回衆議院議員総選挙では、野党は在日米軍海兵隊の普天間基地(宜野湾市)の名護市辺野古への移設に反対しており、自民党は辺野古への移設を推進する立場を取っていたが、民主・社民・国民新・共産などの野党は県外、国外移設を主張。結果、沖縄県の全小選挙区で県外、国外移設を主張する野党系候補が当選し、県内移設に賛成する与党系候補は全員落選した。島尻はこの時点では県内移設を容認しており、総選挙後しばらくは沖縄県選出の国会議員で唯一の県内移設容認派であった[4]。 (第22回参議院議員通常選挙では県外移設を主張[5]し、2013年に撤回した。[6])

2010年6月の第22回参議院議員通常選挙では、選挙対策本部長に沖縄県知事の仲井眞弘多を据え、沖縄県選挙区から自民党公認で出馬する。民主党は候補者を擁立できず、社民党、共産党がそれぞれ無所属の候補者を推薦したが、島尻が再選された。選挙戦において島尻は、沖縄の経済振興策を自身の公約の中心に据えた上で、沖縄の頭越しに日米間で協議が進められた鳩山内閣による普天間基地移設に関する日米合意(鳩山内閣は5月、旧来の日米合意を事実上継承する共同声明を、県外・国外移設を主張する福島瑞穂大臣を罷免して閣議決定した)を批判し、県内移設を容認していた従来の主張から一転して普天間基地の県外移設を主張した[7]。また、消費税増税について、所属政党の公約であるにもかかわらず、反対した[7]。なおこの参院選に際し、同年4月に結党したたちあがれ日本から推薦の打診を受けたものの断っている[8]。

2012年12月、第2次安倍内閣で内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官に任命された。2013年2月、島根県主催の「竹島の日」記念式典に出席した(この式典に政府関係者が出席するのは初めて)[9]。2015年10月、沖縄北方担当大臣に任命された[10]。

 

 

2016 02 11  人格攻撃の裏側は わが郷

                 2016 02 11 人格攻撃の裏側は【わが郷・日記】

 

 

 

 

 

自由民主党【わが郷・政党】 

 

沖縄【課題分類】 沖縄 【課題の一覧】 

普天間基地移転 普天間基地移転  課題の一覧

防衛関係のトピックス 防衛関係のトピックス 課題分類

 

わたしの里の美術館【索引】我が郷は足日木の垂水のほとり【HOME】岩水
わたしの里 美術館       わが郷 HOME

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント   この記事についてブログを書く
« 篠原 孝 | トップ | 塩村 文夏 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

政治家」カテゴリの最新記事