マガジンひとり

music paranoiac blogger, 成人向け同人版元

舞台『贋作・罪と罰』

2006-01-05 00:54:49 | テレビ・芸能・スポーツ
渋谷・シアターコクーンにて、作・演出:野田秀樹。
95年に初演された際に奇しくもオウム事件と重なり反響を呼んだ作品の再演。
ときは幕末、場所は江戸、日本初の女性官僚になるためだけに生きてきた三条英(松たか子)は、「優れた人間は、既存の法律や道徳に縛られなくてよい」とのエリート意識による信念から、因業な金貸しの老婆を殺害する。
しかし予定外の被害者まで出し、罪悪感と逮捕の恐怖に苦しむことに。
彼女の異変に気づいた同じ塾生の才谷(古田新太)は心配するが、彼も大きな秘密を抱えていた。
そして、英のもとに婚約したばかりの妹と母が訪ねてくるが、妹の婚約者・溜水(宇梶剛士)は数々の黒い噂を持つ男。
死んだと聞かされていた英の父が現れ、溜水が才谷に近づき、「ええじゃないか」のかけ声と共に江戸幕府終焉の足音が聞こえ始める頃、英の後悔もピークに達して…

多彩な要素を盛り込んだ気宇壮大な舞台であった。
笑って見ている人もいた平田オリザの芝居に、なぜ私があれほどまでに反発したのか、ということの答えがわかった。
舞台の上での実演は芸能の根本であって、いかがわしさとかくだらなさも含む人間の本質を求めていたのに、平田オリザの知的スノッブな脚本からはそういう要素が排除されていたうえに、終盤のカタルシスも一切なかったのである。
野田秀樹さんが役者としても登場するシーンの、テレビのお笑いのコントのようなサービス満点な作り方を見て、そう思った。
その他にも、死体の発見者となる左官屋の2人のドタバタから手塚治虫先生のマンガ版でのラムネとカルピスを連想し、野田さんもきっと手塚版を見ているに違いない、とも思った。
主演の松たか子はカン高い声の切り口上なセリフ廻しがちょっと気になったが、身のこなしや全体の雰囲気がアスリート的に美しい。
原作ではスヴィドリガイロフという名のアナーキストは体のデカイ宇梶剛士が演じていて迫力があるが、圧倒的なのは冷徹な捜査官ポルフィーリーを演じる段田安則の鋭さ。
さらに原作ではソーニャがラスコーリニコフを改悛させるのにキリスト教思想が大きく関わっているのだが、ここでは坂本龍馬が命がけで追い求めた理想に置き換えられており、演劇としての壮大なクライマックスにつながっているのには脱帽させられた。
これまでかすかには存在に気付いていたのだが、プログラムを読むと、萩尾望都さんの「半神」や筒井康隆さんの「毟りあい」といった短編を膨らませた作品もあるとのことで、その2人に巨大な影響を受けた私としては、野田秀樹さんと出会うのが遅すぎたことが悔やまれる。
次回の観劇は小泉今日子・堤真一主演の『労働者M』の予定だが、他にも蜷川幸雄さんや井上ひさしさんなど高名な人の舞台は必ず1度は体験しておきたい。

コメント   この記事についてブログを書く
« 偶発性のドラマ | トップ | 現実のまじゅりん »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

テレビ・芸能・スポーツ」カテゴリの最新記事