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読書メーター #7 — 世の中ががらりと変わって見える物理の本、ほか

2018-05-22 21:24:45 | 読書
陽が沈み、また陽は上る。虫の一生、草木の一生、星の一生。時間はどこから来るのか。相対性理論によれば、物体が光速に近づくと時間の進み方が遅くなると聞くが、時間が止まるということはありうるのか。あるいは時間旅行というのは理論上ありうるのか。

これらについて、ひとまず納得に近い見解を得られるのが『世の中ががらりと変わって見える物理の本』である。熱の移動があるときだけ、過去と未来が異なる。そして物理学では熱の移動は確率=相対的な関係性によって、厳密なミクロを見定めることができない=と大きく関わる。不確かに流れてゆく一瞬一瞬の積み重ねが時間であり、変化することそのものが時間の源であると。




1970年と72年、それぞれ別の雑誌に短期連載されたが、計200ページ余り描かれて中絶に終った、手塚治虫さんの『ガラスの城の記録』。手塚さんの青年向け作品にありがちな、エロ&デカダンス色濃く、やや散漫な、中絶やむなしの作品ながら、いまみても痛切な問いを投げかけているのはさすがである。

成り上がり者の男が、自分とその一族を人工冬眠で長期眠らせ、家族それぞれの「たった今・現在」を奪ってまで得ようと目論むのは、銀行に預けたお金の利子。確かに、私の20代前半くらいまで、郵便局の定額貯金で10年預けておくと2倍くらいに殖えたんだよ。

手塚さんの漫画では、人工冬眠には人間の脳を侵す欠陥があって、これを試みた金持ちや権力者を因果の泥沼に引きずり込むのだが、利子の問題には触れられない。ゼロに近い低金利、場合によってはマイナス金利なんてことまである現在、いざという時は公的資金で救われる代り厳しく縛られ、自由な商売ができない銀行が考えたビジネスモデルが、不動産業者と組んで、年収や勤務先など属性の高い勤め人に、億を超す融資を行って投資用物件を買わせ、サブリースなどの家賃保証、その約束が破られたら本業の給料から返済させる(約束を破るつもりの業者が大半)。

低金利といっても、億の借金ともなれば、利子総額も千万単位だ。十年一日サービスの変らない、変化が時間の源だとすれば、長時間労働でも日本経済に何ももたらさない銀行のみなさんが、勤め人の時間を強奪して奴隷化しているとみることもできよう—



世の中ががらりと変わって見える物理の本
Carlo Rovelli,竹内 薫,関口 英子
河出書房新社

カルロ・ロヴェッリ/世の中ががらりと変わって見える物理の本/河出書房新社2015、原著2014
ロンハーの格付け女・混ぜるな危険SPでは10人の大半が離婚経験あり、いままさに揉めている最中という出演者もいて、個々の経験値から生まれるトークのバリエーションは無限に近い。贅沢な時間だ。本書によれば、極大の世界、極小の世界とも、すべては相対的で、干渉し合って関係性が変化してゆく(多くは熱の移動)、この変化こそ「時間」の源だという。もしいっさい変化がなければ、時間は存在しないし、全宇宙に共通の「現在」があるというのも幻想に過ぎないとのこと。平易な文章で書かれているが哲学的かつ実用的で、蒙を啓かれました


予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
Dan Ariely,熊谷 淳子
早川書房

ダン・アリエリー/予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」/ハヤカワ・ノンフィクション文庫2013、原著2009
『世の中ががらりと変わって見える物理の本』で、極小も極大も、相対的な関係性の変化こそ「時間」の源という記述が。本書によれば人間の心・行動も、あらゆるTPOや先入見や対人関係、相対的に変りうる。飲酒や性的興奮、煽られれば欲望は強まり、とくに賭博の「報酬がいつ、いくらもらえるか予測不能」なことは人をのめり込ませるとか。盗みも、直接人から盗むより、会社の経費の水増し請求⇒横領やハッキングなど、ワンクッション設けることで抵抗が薄れる。ご本人が楽しんで研究していることが伝わる、欧米の資本主義の強靭さを知らされる一冊


情報経済の鉄則 ネットワーク型経済を生き抜くための戦略ガイド (日経BPクラシックス)
カール・シャピロ,ハル・ヴァリアン
日経BP社

カール・シャピロ&ハル・ヴァリアン/情報経済の鉄則 ネットワーク型経済を生き抜くための戦略ガイド/日経BPクラシックス2018、原著1999
生まれついての少数派である。お気に入りの食品がスーパーの陳列から姿を消してしまうことが多い。コモディティ(必需品・汎用品)なので少数派は駆逐されてしまう。本書によれば「情報」はそうではない。人によって価値が異なる。同じ情報を、大きな儲けに結びつけられる者と、そうでない者。この経済では、高く買ってくれる顧客を囲い込む「正のフィードバック」によって勝ち組はより強く、負け組は何も得られない。これを活用できない負のフィードバックの一例として、そもネットビジネスにとって顧客の住所など個人情報を得ることさえ難しい…


花に棲む (講談社漫画文庫)
林静一
講談社

林静一/花に棲む/講談社漫画文庫1976
日本の漫画ほど市場と密着した、マーケティング手法の張り巡らされた表現形態も珍しいだろう。まるでテレビ番組やCM。出版社がコントロールする計画経済で、自由がない。メジャーもマイナーも同人誌でさえ市場を意識し過ぎて縛られている。いっぽう、本書の収録作が描くのは貧しい無力な人びとで、とくに「花ちる町」の父娘などはいたましいが、漫画としてはとても贅沢。目のご馳走。自由を謳歌し、将来への視界を切り拓くような表現だ。他にも70年代の小学館文庫と講談社漫画文庫から良い本を探したいです


憂国
いしかわじゅん
けいせい出版

いしかわじゅん/憂国/けいせいコミックス1980
橋本治が代表的長篇・桃尻娘シリーズの中で自身を投影したとおぼしき人物を他の人物に「都会の天使」と称させていて、いまにして、なるほど天使なら諸々の責任関係を免れるだろうと。80年代サブカルの、資本主義のシステム自体は問わず、その枠組みで遊ぶ、老成と幼稚の共存。当時いしかわじゅんは老成代表というか、とてもシニカルな芸風に感じられたが、再読してみて、少年キング掲載作などかなり流行に寄せたものもあるし、自由で風通しのよい大人のおもちゃ箱のような作品集だなと


それゆけ、小松くん (スーパーサイキック、どまんが)
スージー甘金
宝島社

スージィ甘金/それゆけ、小松くん (スーパーサイキック、どまんが)/宝島社1985
さまざまなペンネームでさまざまな媒体=多くは広告紙誌=に発表された子どもの落書き。当時もヒドイと思ったが、アート的な意味が少し生じてるかもと思ってひさしぶりで目にして、やはりヒドイ。こんなんでも世に出られる時代だった。80年代のサブカル、いまのネット以上に玉石混交


歴史修正主義とサブカルチャー (青弓社ライブラリー)
倉橋 耕平
青弓社

倉橋耕平/歴史修正主義とサブカルチャー/青弓社ライブラリー2018
学術実績のないネトウヨタレントの女が、海上自衛隊の幹部学校で客員研究員の肩書を得ていると報じられた。本書によれば前防衛大臣の稲田朋美も、正論の投稿が目に留まって安倍晋三から政界にスカウトされたのだとか。恐ろしい退廃。ハガキ職人という言葉はビートたけしが生んだ。アマチュア参加。私見では、人間の欲望を解放する80年代の新自由主義に、たけし・村上春樹・秋元康・小林よしのりらが文化面で呼応し、さまざまに細分化されたサブカルそれぞれに売名タレントが既得権を得て、文化・社会・税金を食い荒らす亡国状況へ導いたといえよう


強欲の銀行カードローン (角川新書)
藤田 知也
KADOKAWA

藤田知也/強欲の銀行カードローン/角川新書2017
「報告しない秘書官」「混乱を避けるため改元後も一部で平成を使用」。その方が混乱しません? なにせ総理がバカの実力世界一のため、官僚制タテ社会にっぽんは急激に劣化。じゃぶじゃぶ金融緩和・マイナス金利に苦しみ、投資用不動産に過剰融資、プチバブルを膨らませている銀行など劣化腐敗の筆頭といえよう。カードローンも。銀行ブランドをテレビで大量宣伝し、与信や管理は傘下のサラ金やサラ金出身者による子会社任せ、ゾンビ業種の延命のため債務者を食いものに。とはいえ本書、正義ぶっているわりにヒトゴト感漂い、あまりお勧めできない


デービッド・アトキンソン 新・生産性立国論
David Atkinson
東洋経済新報社

デービッド・アトキンソン/新・生産性立国論/東洋経済新報社2018
日本の労働者は優秀だが経営者は「奇跡的な無能」。高品質・低価格・賃金下降・需要不足のデフレスパイラルに生産年齢人口減少が拍車を掛ける。社会保障を改め、女性の社会参加と賃金上昇を促し、改められない企業は淘汰を。いちいちごもっとも。しかし「和の国」というくらい対人関係がすべて、社内政治に長けたタイプが出世し、ドすけべ事務次官のようにエリートや大企業ほど女=無料の商品という認識が。元金融マンとして政治主導や階級社会には肯定的なアトキンソン氏が「無能な日本のエリート層」を意識改革することは不可能でしょう


軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い
松本 創
東洋経済新報社

松本 創/軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い/東洋経済新報社2018
常に疎外感を感じているひねくれ者の私にとって眩しすぎるほどの一冊。「トップや幹部が悪いせいでこうなったと問題を単純化するのは、会社側が運転士個人のミスに帰そうとする姿勢の裏返し」。組織の要求に個人が応えきれないときヒューマンエラーは起きる。遺族の一人で妻と妹を亡くした浅野弥三一氏は元々建築・都市計画のコンサルタントで、巨大組織JR西の構造に根差す問題を、社の良心派と気脈を通じて時間をかけて掘り起こし、その安全対策を良い方向へ導くことに成功した。言うは容易だが行なうは難しい。頭が下がる。著者の筆致も好ましい
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