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伊賀野カバ丸に見る女の保守主義

2010-07-14 22:57:45 | マンガ
よお、おまいら。脇役の人物への呼びかけにも、作者が徹底的に男キャラを格付けし、「たんじゅんそや」「せんさいじょーひん」を対比させて際立たせ、物語の細部まで生き生きと有機的に展開させようとする苦心の跡がうかがえる。と同時に女主人公の麻衣が読者に不人気で、2巻の駅伝のとき初めて姿を見せる疾風がみなしごの影を背負った不良キャラとしてカバ丸をしのぐ人気を集めていく、少女漫画としての恋愛結婚イデオロギーが男性キャラ優位のレビューショーに変換され「少女」の存在が消えてしまう、80年代的な広告・消費者志向も一貫しており、女たちにとって駅伝も野球もホストクラブの上位互換でしかない、結局は学歴や年収や社会的地位は女がよい子どもを産むためにあるという現実主義へといざなう。

沈寝の2人の兄がそれぞれ先行する「宗一郎シリーズ」や「かぎりなくアホにちかい男シリーズ」に登場するなどつながりがあり、正統派の少女漫画から徐々に省略したギャグ風の絵柄を織り交ぜたり、描き文字の遊びが増えたりなどの過程を経て、亜月裕さん独特の作風が最もふさわしく爆発的に発揮される場として『伊賀野カバ丸』は満を持して描かれた。私は高校当時コミックスで見たが、独特なうねりのあるストーリー展開には、月刊誌で1回に50ページ近くが描かれたことも寄与したろう。前半の山場となる80年5月号に掲載された回では、【前回に王玉の寮へ忍び込んだカバ丸がイモに例えて地図を記憶していた】→【それを沈寝らがオモテの番長・白川を護衛に立てて聞いていた様子が、彼に疑いを持つ後輩たちの知るところになる】→【王玉の生徒会長・前島は麻衣に思いを寄せており、ラブレターを書いてあったのをカバ丸が前回持ち去ってスーばあちゃんの食堂へ叩きつけたのをスーばあちゃんが発見して、自分に寄せられたラブレターだと思い込む】→【カバ丸のやきそば代を立て替えるために食堂へ訪れた沈寝に、スーばあちゃんがラブレター返信の代筆を頼む】→【前島は麻衣からの返信だと思い込んで、いよいよデート】→【ストレスのかたまりとなった前島は侵入されたのが金玉学園の仕業だと確信して、夜に後輩たちから呼び出されていた沈寝をバットで襲撃】といった濃い内容がたった1回で繰り広げられる。

今では手塚治虫・萩尾望都はじめ漫画そのものに幻滅を感じることが多く、特に『エースをねらえ』のような少女漫画の父権賛美には嫌悪感を覚えるが、カバ丸とやや先行する弓月光さんの『エリート狂走曲』の2つは少女漫画という枠の中で若い創造性を最大限発揮して読者に夢を見せてくれた、私にとって特別な位置にある作品です。


亜月裕/伊賀野カバ丸/集英社マーガレット・コミックス全12巻+外伝2巻
〝カバ丸〟こと伊賀野影丸は、人里離れた山奥でじいちゃん(伊賀野才蔵)から忍者の修行のため厳しく育てられていたが、ひょんなことからじいちゃんが死んで、じいちゃんが若い頃知っていた東京のばあちゃん(大久保蘭)に引き取られ、蘭ばあちゃんの孫娘・麻衣も通う名門・金玉(きんぎょく)学院に通うことになる。カバ丸はひと目見て麻衣にぞっこんだったが、麻衣にとっては憧れの繊細でもの静かな目白沈寝(しずね)に比べ、大食・野蛮・不潔と三拍子そろったカバ丸がわずらわしくて仕方ない。
ところが、沈寝は実は学園を支配する陰の権力者で、「諸星連盟」として他の学校を束ねる計画も着々と進めていた。学園に来たとたん、並外れた運動神経と常識破りの言動で人気者となったカバ丸は、大好物のスーばあちゃんが作るやきそばを交換条件に、沈寝に協力して駅伝大会に出場したり、駅伝大会で金玉の優勝を阻んだライバル校・王玉(おうぎょく)学園の寮へ忍び込むなどする。

実は、幼いころ兄弟同然に育てられて一緒に忍者修行に励んだが、後にカバ丸を裏切って脱走した霧野疾風(はやて)も東京にいて、王玉の指導をしていたのだ。やがてカバ丸と疾風は、高校野球の春季大会で運命的な対決へと向かう…。

1979~82年に別冊マーガレットに連載された(1~8巻)著者の最高傑作。読者の要望が強く週刊マーガレットで続きが描かれた(9~12巻)ほか外伝も描かれたものの、面白さは本編よりやや劣る。アニメ化・実写化もされ、ずっと後にもカバ丸と麻衣の間に生まれた〝こカバ丸〟を主人公とする続編が描かれた。

※2024年3月に改稿しました。
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