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『山椒大夫』

2006-12-08 21:33:36 | 映画(映画館)

京橋・東京国立近代美術館フィルムセンターにて、溝口健二監督(1954年)。
民話から題材を採った森鴎外の短編を、中世の時代考証など厳密に調査して映画化。
平安時代の末期、元は貴族の生まれだった兄・厨子王(花柳喜章)と妹・安寿(田中絹代)は、人さらいの罠にかかって母と生き別れにされ、丹後の因業な豪族・山椒大夫の経営する荘園に売られる。
そこでは老若男女が奴隷として重労働を強いられ、逃げようとした者は、仲間の手によって額に焼きゴテを当てられる。
10年間の労働を経て青年となった安寿と厨子王は、あるとき逃亡できるかもしれない機会を得るが、安寿は少しでも兄の逃亡の手助けとなるため、自分はとどまって時間稼ぎをして厨子王ひとりを逃がそうとする。
厨子王の逃亡は成功するが、山椒大夫が安寿を拷問にかけて逃亡先を自白させようとすることは必定、安寿は自ら湖に入水して果てる…

思ってもみなかったところから、『嫌われ松子の一生』に追いつく同点ホームランが放たれた。
松子は見る人を選ぶ映画であり、松子に自己投影できない人間には拒否反応を起こさせるであろうが、この作品は白人だろうと黒人だろうと全人類に普遍の説得力を持っているに違いない。
描かれるのは1000年近く昔の荘園の奴隷制度、描くのは自分の生まれる前に亡くなった監督、そんな感情移入を妨げる二重の隔たりをものともしない、人間の真実の姿が臓腑をえぐるほど悲痛に表現されている。
しかし溝口健二監督というのは、一般的には黒澤明・小津安二郎両監督ほど知られていない。
それも当然である、ここでは人間が他の人間を労働力としてのみあつかう、徹底的に搾取するという、現代でも解決されていない、むしろ資本主義の発達によってより巧妙になっている問題が克明に描かれているからである。
派遣社員という名の非正規雇用の増加、外国人研修生への徹底的な差別・搾取、国際的な生活水準の著しい格差。
権力者・支配者にとっては、奴隷たちが宗教やら夢の世界やらに慰められているほうが都合が良いことはもちろんである。
朝日新聞のような既成権力にとっては、村上春樹や江原啓之の嘘八百のファンタジーは都合が良い!村上春樹などは強者の自己正当化まで手抜かりなくサービスしてくれるのである。
全人類に普遍の説得力と書いたが、他人を支配しようとするヤツら、人間ではないヤツらは目を背けたくなり、他の人間には見せまいとするであろう。
古典的作品の中では断然他を圧する傑作、12月13日・24日にも上映される。
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