わだつみの華

あなたの心という大海原を
心地よい風が渡っていきますように

(記事はリンクフリー)

祈りは 我人ともに

2015-09-21 05:18:23 | 癒し
我人とともに祈りをささぐ
っていう
言葉がありますが
実際祈りというものは
大きな大きな
広大な世界の中に
入ってゆくようなものです

最初は
一人祈り出す
ところが
祈ってゆくうちに
一人じゃないということに
気付いてくる
みなさんの
守護霊さんや
守護神さんやね
あらゆる天地の
神霊達が
祈りのなかに
とけこんでくる
世界人類が平和でありますように
っていう祈りは
そういう祈りなんです

自分というものが一つもない
みなさんの想いを
抱きとりはしますよ
けれど
そのおもいを
そうかよしよしと
抱きとってね
もっと
光のある方へ
もっと
愛のある世界へ
世界人類という
大きな大きな
とてつもなく大きな
流れのなかに
入れてしまう
とたんに
みなさんは
世界人類になるんです
世界人類という
大きな流れのね
みなさんは
一滴の
水なんですよ
そして
この水は
流れは
神様に
ずっと
つづいてゆくんです

祈りというのはね
何も世界平和の祈りばかりじゃない
南無阿弥陀仏でも
主の祈りでも
アラーでもですね
それはみんな
この
神様の流れのなかに
とけこんで
一つになって
神様の愛と一体になる
ということの
あかしなんです
かがやく
いのちを
宣り出すんですからね

で、こうした
祈りの中でも
一番
世界平和の祈りというのが
光にみちている
なぜなら
この祈りのなかには
人類共通の願い
世界人類が平和でありますように
という願いがね
悲願が結集しているわけですよ

我々
現在今生きてる人間だけじゃない
人と生まれた以上
誰もが持つ
願い祈りが
このなかには入っている
このなかには
みなさんの先祖のおもい
ねがい、祈りね
そうして
世界人類ったって
この地球だけじゃない
宇宙の星々の
兄弟たちが
宇宙人類たちが
みんな
世界人類が平和でありますようにって
祈っている
こんなにやさしい
子どもでも唱えられる
祈り言のなかに
みんなが
参加してるんです

これまで
地球を何とかしようと思って
苦労した
釈迦や
キリストや
日蓮や
聖者達が
この祈りを
みなさんが唱える時には
一緒にきて
唱えている

祈りというのは
一人でするようでいて
決してだから
一人のもんじゃない
わたくしは
最初に
我人ともに
っていいましたけれど
本当に
我人ともに
なんです

この肉体界にいて
働いている我々と
もう肉体を
脱いでしまって
それぞれの
霊界の修行場
天地にいる霊人たちと
それから
すぐれた宇宙の兄弟たちと
霊肉ともに
一つになって
祈っている
そうして
それぞれが
本源の神のいのち
本心の光を
かがやかせることに
よろこびを感じて
益々
神様に
ありがとうございます
という
感謝のおもいを
届かせてゆく
世界平和の祈りというのは
そういう祈りです

いつの間にか
心があらわれて
子どものように
素直になって
自然になってゆくんです
とにかく素直になってゆく
神様の前に
裸でたって
さあいつでも私のいのちを
お使い下さい
っていえるように
なるんです
自分がなるんじゃない
神様がさせて下さるんです
神様は
それぞれの
働きの場所を
ようく御存知です

世界人類が平和でありますように
という祈りを
かさねてゆきましょう
大調和の祈りのなかに
自分のいのちを
とけこませて
参りましょう
     昭和62年3月6日 朝