『ベースボール不要論』

[副題]~大マスゴミと野球(よきょう)/現代日本の致命傷~
[副々題]~がんばれ日本! なくなれ読売!!~

最終章 さようなら、ベースボール!!![2]

2005年06月14日 | 最終章
[2]

〈さようなら、ベースボール!!!〉

 さて、私たち現代日本人はいま「癒しの時代」などと、ずいぶんとおバカさんな世の中に生きています。小泉純一郎という「極薄105円(税込)宰相」も総理大臣の椅子に、なんと4年も座りつづけています! ホント、「軽々薄々」な世の中です。「重々厚々」の人々はもう窒息死寸前です。
 ところで、2、3年ほど前、SMAPとやらいう薄っぺらな団体さんの「オンリ~ィワァ~ン」とかいう歌が大ヒットしましたね。「オンリーワン」──。そんなことを言ったら、何だって、だれだってオンリーワンです。
 じつはこの歌、気づいている方も多いと私は信じているのですが、「質、優劣などは一切問いませんよ」という、いわば「逃げ」の歌であります。だから大衆受けしたのです。
 むろん、価値の優劣を問う議論が行き過ぎますと「大変危険なこと」(まあ、ナチスのようなことかな?)になりうるのですが、そういった緊張に富んだ議論から徹底的に逃げ回ってきた、戦後の“へなちょこニッポン社会”を総括する、とてもわかりやすい大ヒット曲だと思います。

 このヒット曲と同じように、「野球も、サッカーも、その他のスポーツも、分け隔てなく楽しめばいいんじゃないの?」というのが、おそらく現代日本社会における平均的で、お気軽で、イージーな見方でしょう。優劣を論ずるなどナンセンスだと。
 でも、私はそうは思いません。そう思わないから書いたのです。価値の優劣をきっちりと見極めたうえで、ベースボールという競技そのもの、そして野球の人々が作り上げている社会は明らかに「劣」だ、と私は主張しているのです。
 そして、その劣っている勢力が、近年多少の衰えを見せているとはいえ、まだまだ多数派をなしてこの国の大衆社会のど真ん中でデカイ態度をとっているから「このままではマズイ!」と思い、痛烈なる批判をさせていただきました。世界を知っている者、あるいは知ろうと努力している者、そしてスポーツを心の底から愛する者にとって、ベースボールはもはや目ざわりな存在なのです!(つづく)

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