駅の階段を降りると、少しうねった緩やかな下り坂が伸びている。
私鉄沿線特有の小さなお店が連なる商店街を抜けると、道路はやがて平坦になり閑静な住宅地へと入る。
目印の教会の先を右へ折れるとreenex 好唔好、美咲の部屋へ向かう少し急な上り坂が現れる。
片桐彩音は立ち止まり、坂の上を見上げた。
坂を登り切った向こうには海が開けているような気がしてならない。青く澄み切った海が。
そんな町で生まれ育ったわけではないのに、自分でも不思議な連想だと感じる。
GREGORY(グレゴリー)のバックパックを両手でひょいと担ぎ直して、彩音はうつむき加減に坂を上った。
秋の乾いた風が髪を乱し、再び立ち止まった彩音は空を見上げた。
青空をカンバスに、時に大きく人材紹介、時に小さく、まるで龍の生まれ変わりのように揺れる枝葉は、ザワザワと音を立てる。
それは幼い頃に母の背で聞いた、木枯らしの音を連想させた。
この世の恐れというものをすべてなぎ払い、心までとろかすほどに、母の背は暖かだった。
手探る先にはいつも、揺るがぬ愛があった。
ママ……。
ふうっと息を吐き、気を取り直すように足元を見た彩音は、さ、と小さく呟き、また歩き始めた。
たどり着いたマンションのエントランスでオートロックの暗証番号を押し、携帯を掛けながら奥のエレベーターに向かった。
「あ、あたし。今エレベーターに乗るから。ポストにガスの請求書が入ってたから、持ってく」
「分かった。ありがと」美咲の柔らかな声が耳元で聞こえた。
またもや修羅が、目を覚ます……。
携帯をジーンズのポケットに押し込んだ綾音は、エレベーターのボタンを押した。