ほよほよさんぽみちNEW

いつでも君のこと好きだったよ

てのひらプロジェクト 家族の歌

2015-09-23 22:58:32 | 日記

 きょうは午後から割付・校正作業。

 

 会場がひさしぶりの京都府立文化芸術会館。 あまりにも久しぶりだったので、はじめはどこの部屋か迷ったのですが、うす暗い廊下を歩いているうちに、そのころのいろいろを思い出したのでした。

 

 17時前に終わって、時間のあるひとで梨木神社で行われている朗読イベント「てのひらプロジェクト 家族の歌」へ行きました。

 

 普段読みなれている永田さんや河野さんの歌がどんなふうに耳から入ってくるんだろうと思っていたのですが、特に永田さん役の山下晃彦さんの声と落ち着いた雰囲気がそっくりで、引き込まれました。

 

 聞いているうちに、河野さんの声を思い出し、涙が溢れました。

 

 それと、会場には校正の続きで永田淳さんもおられて、演出があるとはいえ、河野さんの最期の場面を何度も見るのはどういう気持ちだろうかと思っていました。

 

 終わって外へでたら、ぼんやりとした月が見えて、秋の風情でした。

 

 その後、10名でパスタやピザを食べて帰りました。 ちょっと食べ過ぎたかも。

 

 

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朝顔を抜く

2015-09-22 22:07:23 | 日記

 きのう母にチューリップの球根をもらって帰ってきました。

 

 チューリップの球根は10月になってから植えるのですが、ガレージの朝顔がもう茶色い蔓と種だけになっていたので種をとり、プランターから蔓を引き抜きました。

 

 うちは庭が狭いので、植物はほぼプランターで育てているので、季節ごとに植え替えます。 ふうせんかずらもそうですが、せっかく育って種もつけて、春から秋までがんばってきたのに、根こそぎ引き抜く、というのは毎年申し訳ないような、かわいそうな気持ちになります。 なんというか、まだ生きているのにチューブをはずすようなうしろめたさに襲われます。

 

 それを放置しておくと、母の庭のようなナチュラルすぎる状態になるので、えいっと思って抜くのです。

 

 抜いたあとの土だけになったプランターは、がらんとしていて、ひさしぶりに息をしたような、少し手持無沙汰のような感じがします。

 

 10月になったら春の球根やビオラたちを植えるから、しばらく休憩してね。

 

 ここのところ時間がとれずに放置していた綿の葉に虫がついていて、虫のついた葉をとっていたら、青い実だけが残って、こちらも心もとない感じになってしまいました。 あーごめん。

 

 このあいだの旧月歌会に

 

 ・折れそうで折れない綿の細き茎に不機嫌そうな青き実は生る

 

 という歌を出したのですが、白い綿の実は見るけれど、青いのは見ないなというコメントがありましたが、葉の下にひっそりと青い実をつけるのでよっぽど気をつけていないと見えないと思います。きょうの写真は葉っぱを採ったあとなので青い実だけなのですが。

 

 きょうはのんびりひとりの休日だったので、植物の世話と今週金曜日の「あなたを読む会」の作品を読んだりしていました。 今月は小説、短歌連作30首×3、短歌連作17首、10首×2 です。どれも力作で読み応えがあります。

 

 それからたまりにたまっていた今月の家計簿をつけていたら、ほぼ1日が終わりました。 どこにも行かなかったけれど、こういう日もあっていいかな。

 

 

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実家帰省と大阪文フリ

2015-09-21 18:35:18 | 日記

 きのうの朝、父から老人会に寄稿するエッセイを書いたから見てくれというFAXが届き、読んで添削して電話すると、「おまえが書いてくれ」というので、「それならちゃんと内容きかないといけないし、やっぱり自分で書くべきだから、手伝うけれど私が書くわけにはいかない」ことを伝えました。

 

 電話を切ったあと、ちょっと冷たかったかなぁと思いながら、Twitterを見ていると、11時から中百舌鳥(堺市)で文学フリーマーケットをやっていることに気が付きました。 噂は聞いていたけれど、文フリって行ったことないし、ひとりでいく勇気がないなぁと思いつつ、でも結構知っているひともブースに座っているようだし、父の様子も見てきてもいいかなと思って、そこからシャワーをして簡単なお昼を食べて出掛けることにしました。

 

 会場に着いたのは14時半くらいで、結構にぎわったあと、の雰囲気はありましたが、まだまだ熱気は残っていました。

 

 友達に買ってきてと頼まれていたものを探していると(こういうとき、目的があってよかったと思いました)、「ふじたさん!」と声をかけられて、振り返るとこのあいだ東北集会で会ったOさんが立っていました。 「ひとりで岩手から来たの??」と思わず相手を中学生のような扱いをしてしまったのですが、21歳といえばもう大人なのでした。 Oさん、かわいいなぁ。

 

 そこへ、神楽岡のミツマさんと濱田くんと出会い、「この本探してるんだけど」といって、ブースに連れて行ってもらってきいたら、すでに売り切れていました。

 

 そのブースは「庫内灯」というBL俳句詩を売っていて、きれいな本だなぁと手にとったら、濱田くんが「これは内容充実してますよ。お買い得ですよ」と自分のブースでもないのに勧めるので、ほうほうと読んでいたら、ミツマくんが「僕、これ買います」といって、「え、じゃあ私も」と私も買って、濱田くんも「帰りの電車賃なくなりそうだけど僕も」といって、一気に3冊連続買いとなりました。売っていた人もとても親切で、「それは見本なので新しいのをどうぞ」と取り替えてくれて、「対談が特におすすめなので読んでください」と熱心に語ってくれました。

 

 それから神楽岡歌会の記念誌を置いてくれている京大短歌のブースへ挨拶に行って、短歌のコーナーをうろうろしていたら、塔の学生浅野くんや濱松くんもそれぞれのブースに座っていました。 浅野くん、東北じゃなかった? えーみんな遠くから来てるんだね、とか話して、「立命短歌第3号」と「かんざし」を買い、ぐるっとまわったら神楽岡でいっしょの土岐さんもブースにいたので、少し話して「サンカク」を買いました。

 

 それから、小説のコーナーとか詩のコーナーもぐるりと巡ったあと、体育館の舞台みたいなところに見本誌が並べてあることに気がついたので、そこへあがってちらちら読みました。こういう、お店の人と離れたところで手にとれるっていうのはいいなと思いました。 

 

 それから、母に電話して「いま中百舌鳥なんだけど、原稿見に寄ろうか」といったら、驚いて、「ええ、ほんと? 晩御飯食べていけるの? 泊まってもいいの?」というので、「いいよ」というととても喜んでいました。

 

 普段妹にばかり両親の用事や様子を頼んでいるので、連休のうち1日くらいはと思っていたからちょうどよかったです。

 

 実家へ着くと、午前中に私が直した原稿がさらにふたりで考えたといって、直されていて、読んでみたらとてもよかったので、「これでいいと思うよ」といったら、父はすごく喜んで、すぐに会長さんに電話したりしていました。 

 

 きのうの夕方から今朝までは、永田淳著『河野裕子評伝』を読み続け、あと少し。 とてもいい内容で、ちょっと泣けるところもありました。

 

 きょうは、難波も梅田も京都も混んでいるだろうと思って、天王寺経由で大和路快速で帰ったら、結構空いていたし、景色が好きなので旅行気分で帰ってきました。

 

 それから、23日の再校作業のための、全国大会の写真の整理を5時間。 ひえー 写真を見過ぎて眩暈が・・・・ 3か所から送られてきた写真数百枚をすべてチェックしてようやくまとまりました。

 

 実家でためたパワーをもう使い果たしてしまいました・・・ きょうは息子も合宿でいないので、外食にしようかな。

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神楽岡歌会 旧月歌会

2015-09-19 22:53:41 | 日記

 きのうは神楽岡歌会でした。

 

 詠草18首、参加者13名という比較的少ない人数だったので、1首にいつもより時間をかけて、票を入れたひと、入れていないひとの意見ともにきけてよかったです。

時間をかけると細かくみていけて、傷と思える部分についても話し合えるせいか、かなり辛口の批評が多かったように思いました。 

 

 私の歌は

 

 ・プラットホームに布団を敷いて寝る夢の覚めても冷えている左肩

 

 5票。 「布団」がいい。 寝ている間も左肩が冷えていたことを思わせる、と好意的な意見と、「起きなくてもいい。ずっと寝たままがよかった」という意見もありました。

 

 私が票を入れた歌も、細かいところの矛盾が指摘されたり、いいなと思ったフレーズが逆に「狙いすぎている」と言われたり、いろいろだなぁと思いました。

 

 13人中10人で焼肉屋へ。 年代関係なくわいわい話せて楽しかったです。 

 

 きょうは朝から塔事務所で企画会議。 オムライスを食べて、午後は旧月歌会でした。

 

 ヨルダンの千種さんも久しぶりの参加で、少しだけ話をしました。 歌は35首で参加者33人。 問題作もあったり、人が褒めていてそうかなぁと思った歌もありましたが、やっぱり傷を言うには時間がないのでした。 はじめての参加の人の歌がとてもよかったです。

 

 歌会のあと、お茶に行きかけて、大森さんと千種さんがいまから間に合うから大阪のマラソンリーディングへ行きますけど、いっしょに行きますか、と言ってくれたので、じゃあ行ってみようかと思って電車に乗りましたが、よくきくと、マラソンリーディングそのものには間に合わなくてそのあとの打ち上げだけの参加だということを知って、そのまま帰りました。 エネルギーがなくなりかけていたので、きょうは帰ってきてよかったと思います。

 

 連休あけから、出張が続くので、体力温存しないと。 そうそう。 きょう帰宅したら実家から梨が届いていました。 秋ですね。

 

 

 

 

 

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月と六百円の会 近藤芳美『黒豹』

2015-09-17 22:56:48 | 日記

 きのうは月と六百円の会でした。

 

 17時31分にタイムカードを押し、45分のバスに乗り、塔事務所に着いたのが18時20分ごろ。 18時30分からなのでぎりぎりです。

 

 事務所の1Fはガレージですが、そこで濱田くんと会いました。 濱田くんは今回の『黒豹』のレポーターのひとり。 一瞬の間があったあと、「この歌集大変だったねえ」と声をかけあいました。

なんというか、歌集を読む楽しみ、というものが私には感じられなくて、わっと心を鷲掴みにされるような歌とか、じわ~っと奥のほうから湧いてくるようなものがなくて、ああ、なるほどと思ったりしました。

 

 すごくいいからと勧められて、期待して読んだらまったく自分にはよいと思えなくて、最後まで読めなかったり、自分がいいと思った歌集を他のひとが「ピンとこなかった」と言われたりしたことがいままでにもあったのですが、歌集にしても歌にしても、自分にとって「ああ、こういうのが詠みたいな」というものがなければ、いくら志が高かろうと、技術が高かろうとそれは「ピン」と来ないのですね。

 

 濱田くんのレポートは歌に即して丁寧に助詞のこと、「クセ」のこと、キーワードなどをまとめてあって、読んでいけば読んでいくほど、「近藤芳美って、歌うまいの?」という疑問が参加者の間からも意見が出ました。 

 

 『黒豹』は迢空賞を受賞しているのですが、その当時の迢空賞は歌集だけでなく、それまでの歌業に対しての評価もあったそうで、『黒豹』の受賞はそれまでの近藤芳美の仕事に対して与えられたのかも、ときのうの会では言われていました。

 

 私のレポートは「内なる兵」「妻について」を中心に、30首から100首の大きな連作の内容に触れながら話しました。 せっかく塔の若いひとも多いので、資料として「近藤芳美と高安国世」、「同時代の歌集、歌書、同人誌」、「目次と歌数」「当時おこっていた戦争、紛争」をつけました。 

 

 結局、近藤芳美は戦後直後から「いかに生きるか」「それを歌に詠め」と繰り返し叫んでいて、戦後二十年経った『黒豹』のころには前衛短歌最盛期で、高安さんは『虚像の鳩』あたりで前衛を取り入れた歌をたくさん作ったのに、前衛風にもならず、力の入った兵の歌が「いかに生きるか」にとらわれすぎて成功したとは言えない歌になってしまったのではないか、と思いました。

 

 参加者の人からも自然詠も材料が1首に3つある歌がいくつもあって、盛り込み過ぎということになぜ気づかなかったんだろうとか、歌会で指摘されることはなかったんだろうか、という声がありました。 たぶん、このころは多忙であったと思われますが、50首とか100首とかという依頼があって書いていた、という感じがしたし、歌集に載せるときは少し歌数を減らしたりすると思うのですが、あきらかに全部載せたと思われる作りでした。 「未来」の人がいたらもっと別の意見がでたかもしれません。 ぜひきいてみたいと思いました。

 

 私がいいなと思った歌

 ・森くらくからまる網を逃れのがれひとつまぼろしの吾の黒豹

 ・未来とも過去とも知らず霧の舷吾は図嚢を負うひとりの兵

 ・りんごの皮まきたる芝の夕光に尾長はつどう妻のひと日に

 

 あ~ とりあえず「黒豹の日々」は終わりました。 終わってみると結構楽しかったです。 いろいろ調べてわかったこともたくさんありました。

 

 来月は葛原妙子『橙黄』だそうです。

 

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