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いつでも君のこと好きだったよ

【春の本祭り4】 toron*歌集『イマジナシオン』書肆侃侃房

2022-03-11 21:41:56 | 日記

 こんばんは。ようやく春らしくなってきましたね。きょうは歯医者の帰りに満開の梅の大きな木を見ました。やはり歩くっていいですね。家の中にいると、不安なニュースばかり流れてぺしゃんこになってしまって。春のなかを歩いていると、回復しているのがわかりました。たまにはふとんみたいに陽にあてないと。

 

 さて、春の本祭り4回目。きょうから歌集のご紹介です。まずは心が軽くなるtoron*さんの『イマジナシオン』。夢の中の町を思わせるような浅葱色を基調とした表紙もすてきだ。やはり装丁は大事だと思う。装画スヤリさん、装丁藤田瞳さん。

 

 日常から少し離れた目線で展開される世界は、不思議な眼鏡で見える世界のよう。

 

 ・果てしない夜をきれいに閉じてゆく銀のファスナーとして終電

 ・手のひらでライターの火を護るとき照らされるわたしのカルデラ湖

 ・改札という櫛の歯を通るときわたしは街の細胞だった

 ・かえりなよ、二十五時ってアコーディオン伸ばし切ってる場所なんだから

 

 意識的に比喩がいいなと思う歌を引いてみた。どれも腑に落ちる。映像がくっきりと浮かんでくる。終電が夜をとじる銀のファスナーだったり、手がカルデラ湖になったり。自分の手という一番近しいものが、場面によって表情が変わることを見せてくれる。櫛の歯もアコーディオンも、持ってくるアイテムが個性的であるのに納得させられる。

 

 ・夜空から星を間引いたさみしさの一列あけて座る劇場

 ・何処にもない国の祈りの所作に似る石鹼で手を洗うそのたび

 ・ジャムの蓋いまなお固く大人でもひとりで老いてゆくのは怖い

 ・壊れると知っているのに投げつけてしまう。花瓶のような言葉を

 

 この歌集の魅力はファンタジー的ななかにもちゃんと社会や暮らしがあって、「生きている」ことが実感できるところだと思う。浮遊感にひたりながら歌のことばを楽しんでいると、ときどき引き戻される。その落差にやられる。

 

 ・ドで始まりドで終わるように観覧車降りてもきみがまだ好きだった

 ・手のひらの川をなぞれば思い出すきみと溺れたのはこのあたり

 ・ぎんやんまみたいに頬に触れるからしばらくわたしは静かな水面

 ・きみがいつ倒れこんでもいいようにホットケーキは二段重ねる

 ・かもめさえ手紙に見える埋立地もっときみから遠ざからねば

 ・はやぶさの次はひかりに乗り換えてきみがまばゆく南下してくる

 

 そのときの思いやときめきや諦め、心弾み。そういうものが生き生きと迫ってくる。さらりと詠んでいるようでいて、あとで引き取ったほうに確かに残る。そういう魅力のある相聞歌。かもめとか、水面とか、言葉の選びが巧みだ。

 

 ・風を編む手つきできみがこれまでに鳴らした楽器を教えてくれる

 

 一番好きな歌。ふたりの間に言葉も声さえもいらないような信頼感と広い空間のなかのかけがえのない時間がこの歌に保存されている。

  

 

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