ほよほよさんぽみちNEW

いつでも君のこと好きだったよ

なにかに助けられる

2018-02-13 22:28:28 | 日記

 子供のころから、お願い事をする習慣がありました。べつに宗教とか関係なく、自分が神様と決めたものにお願い事をしていました。

 

 いまは、奈良の庚申さんが二階の部屋のドアの前に吊るしてあって、そこを通るたびに手で触れて、「災いがおこりませんように」とか「悲しいことが遠くへいきますように」とか祈っています。このあいだ、ちいさいバージョンも見つけたので、それはリビングの窓のすぐそばの壁に吊るしています。あとは、去年買った高安醇さんの「広場」という絵。玄関にあるので、出掛けるとき、帰って来たとき、「いってきます」とか「守ってください」とか唱えているのです。

 

 きのうの夕方、りんごジャムを夫の実家へ届けて、食材を買いに行き、いったん自宅へ戻り、義姉から預かっていた快気祝いのお菓子を、私の実家へ宅急便で送りにいくとき、あわてていてガレージから車を出すのにハンドルをはやく切りすぎて、右のドアをガガガガガとこすってしまいました。降りて傷を確かめようかと思いましたが、宅急便は19時30分まで。その時点で19時15分だったので、とりあえずさきに出そうと思って、そのまま走っていました。

 

 前に大き目のワゴン車が走っていて、そのあとをまあまあのスピードで走っていると、横から車が飛び出してきました。

 

 え、と思って、咄嗟にハンドルを右に大きく切りながらブレーキを踏んだら、間一髪で衝突は免れました。ああ、こわ。ちょうど対向車もきていなかったし、私の後ろにも車はきていなかったので、大丈夫でしたが、一歩間違えれば複数の車が巻き込まれるところでした。

 

 相手の車のおじさんは手をあげてごめんごめんというふうに謝っていました。もう、あぶないなぁ、気をつけてよ、と思って発進しようとしたとき、自分の車にライトがついていなかったことに気づいたのでした。ええええ。私、無灯火でここまできたのか!! こんなことははじめてで、悪いのは私だ! おじさん、ごめんなさい、という気持ちでどきどきしながら荷物を出して帰りました。

 

 ドアの傷くらいなんてことはない。人間が無事だったからよしとしよう。という気持ちになって、帰宅して夫に話すと、「こわいなぁ。迷惑やからもう免許返したら」といわれ。とほほ。

 

 そして。きょうは夫が仕事の帰りに大きな鹿が5頭くらい続いて飛び出してきて、はねそうになったけど、ぎりぎりで間に合って停止したそうです。後続車もいなくて。

 

 ひゃあ、あぶないねぇ。

 

 なにかに守られている。 とそのとき思いました。きのうも助かったし。 このあいだの横浜の関帝廟の神様か、土曜日の法事のお寺の仏様か、実家のお仏壇のご先祖様か、庚申さんか、広場か、なにかわからないけれど。ぎりぎりのところで助けられているな、と感じました。

 

 ありがとうございます。 これからもよろしくお願いします。

 

 

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