「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
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【介護】さよならの準備

2011-01-11 | ●介護録(~2015.2月)

「なんで認知症なんかになるんだよォ」…と、そんなことが頭をよぎっても
大抵は「あ~あ」とか「なんでこんなことに…ヤダヤダ」
…ってそんなものなのに

昨夜は…

「どうしてこんなふうになっちゃうんだろ…認知症って残酷だ」
と思いだして涙が止まらなくなっってしまった

もう一度、お母さんと「フツーの話」がしたい
なんてことない世間話
くだらないテレビのスキャンダル話に「ばかだね~~」と言い合い
「これってどうしたらいいと思う?」と、ちよっとしたことを聞いてみたり
懐かしい思い出話をしたり
通販でゲットした服を「これ、いいと思わない?」って自慢したり
なんでもいい、ちよっとでいい、たった一度だけでもいい

でも叶わない
このまま最後まで二度とフツーの話は出来ない

母はなーんにも知らずにご機嫌で笑ってた

私の涙はなかなか乾かなかった

アメリカでは認知症のことを「Long good-bye」とか「Slow good-bye」と言うらしい
今日の記事のタイトルは「さよならの準備」にしてみた
「さよならの準備」はTMネットワークの初期のアルバムの中の一曲
彼らの曲のタイトルは横文字が多いからか、この言葉が印象深く残っている

介護中の私の「今」ってまさしく「さよならの準備」
その期間は三年かもしれないし10年かもしれない

最後の最後の瞬間に「フツーの話」が出来るなら………

そんな奇跡は起こらない
神様なんていない
おとぎ話じゃないんだから

私の記憶の中、「母が母であったころの記憶」がだんだん薄れていく様な気がする
この後何年続くのかわからない「認知症になってしまった母」を見つめている期間
長くなればなるほど、全てが終わった時に強く残るのは
「認知症になってからの母の記憶」になってしまいそうだ

残酷な「さよならの準備」