また空を飛びたい

事故で飛べなくなったけれども空の世界をあきらめられないで復帰を目指す元フライヤーの日記

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夢の中

2008-07-31 10:51:19 | 事故直後
術後の苦しい時期は、いろんな夢を見たことを覚えていますが、この時の夢は、普段見るような断片的な夢ではなく、長く続く夢が、いくつかあったので、その中から印象的なものを書き出してみました。
① 何度も人生を繰り返す
まあまあいい夢としては、パラグライダーで、海外で飛んだ時のことが何度も特にNZやカナダ、ニューカレドニアでの楽しかったフライトシーンがカラーで鮮明に繰り返してでてくるのですが、結局最後に、地元のエリアで、事故を起こして落ちて(もちろんパラグライダーで)死亡する光景をスクリーンで、客観的に、見ている自分の姿を夢の中に、見るのです。そして、また生き返って、同じようなパターンを繰り返し、まるで人生というのは何度も繰り返すような夢でした。ただ、昔やっていた山のことや、カヤックで川下りしたり、最近のハンググライダーでのフライトシーンとかが出てこなかったのが不思議です。
② 三途の川は渡らず
とても不思議な夢として、三途の川を渡る夢。これがまたおかしな夢で、川は、溶岩流でオレンジ色で、その中には、白装束の人たちが燃えながら流されているのです。そして、渡る橋もあるんですが、手前に番人(はちまきした?普通のおっちゃん)がいて、通行料を払え!と…言われるので、いくらですかと、聞くと、通行料は、お前の顔じゃ!…???と言われて、近くにある石臼を指差すのです。???すると、後から来た人が、顔を石臼に、押し付けると、その人の顔は、真っ白いまっ平らな顔になって、そのまま川にかかっている橋をわたってゆくのです。で、川の向こうの山を良く見ると、溶岩の山と思っていた凹凸した山肌は、実は、すべて人の顔型の岩でした。そして、もう1つ、川の反対側に、小さな湯船があって、その湯船からは、滑り台のような溝が、2つついていて、片方は、ゆっくりと、もう片方は、急角度で、谷の底に向かって、すべり落ちるように、なっていて、番人に、これはなんですかと、聞くと、知らないという返事。ということで、そこで、3つのなかから、といっても、通行料を払わずに、橋を渡らないで直接溶岩の川の中を渡るのは、考えられないから、実質は、2つに1つの選択…という場面で、夢は、終了。この夢も、繰り返し見た記憶があります。

ナースコール

2008-07-28 12:20:07 | 事故直後
人工呼吸器を抜管したあともタンの吸引(HCUに移ってから概ね2時間おきくらい)のために気管をふさぐバルーン付きのカニューレを取り付けていたため、この間は、声を出せないし、全身まひでナースコールも押せないため、こちらからの意思の伝達ができない時期があって。このころは、顔や頭、耳、鼻がかゆくても我慢するしかありませんでしたが、そのうちに慣れてくると、少しだけ我慢すれば、あとは収まることに気がついて、あまり気にならなくなってきました。これは蚊に刺されたときに最初のひとかきを我慢すれば、あとはかゆくないというのと同じです。逆に付き添いの人が居る同じような全身まひ状態の患者さんが、1度かいてもらうと、すぐにまたかゆくなってエスカレートして行くのを見ていると、やはり我慢するのが正解だと思いました。ただ、タンが詰まって来て呼吸が苦しくても(モニターはついているけれどかなりサーチが落ちないと警報しない)看護婦さんを呼べないのは結構きつかったです。
もちろん声がでないので、看護婦さんが来ても結局唇の形で読み取ってもらうしかなく、これについては読み取ってもらえる人もいれば読み取ってもらえない人も多く不便な思いをしました。解決策として、五十音順の表を作ってきてもらって、右目のウィンクで横の順序、左目のウィンクで縦の順序(たとえば、右目3回でサ行、左目2回でシというように1語はづつ)を指すようにして、ややこしい言葉はこれで伝えるようにしました。
そうこうしてるうちに、普通のボタン式のナースコールではなく、本体は10センチ×10センチ×20センチの大きな箱型の本体から変形自在のパイプが出ていてその先に感知部分がついているナースコールをつけてもらいました。これは感知部分を舌で舐めるとナースコールのスイッチが入る優れものでしたが、そのころは頭も固定されていて、舌の届く範囲に感知部セットしておく必要があるんですが、ふかふかベッドの上に本体を置いているものですから、やはり時間が経つと位置がずれてしまって、舌が届かなくなる事があり、結局最後は食事用のケーブルを胸の上に取り付けて(たまたま、僕が小柄だったのでできましたが)その上に本体をおくことで、解決しました。
今の病院に、転院したときも、最初は、ナースコールがなく、このときは、インターホンを常時ONにしてもらって、何かあれば、直接ナースセンターと話をできるようにしてもらいました。その後、前の病院と同じようなナースコールを用意してくれて、こちらの方は、感知部に、息を吹きかけると、感知する構造で、だいたい30センチぐらい離れていても感知できる優れものでした。本体部も小さく、ベッド冊に固定して置いて、変形自在パイプで、邪魔にならないところに、セットできるため、非常に重宝しています。

術前術後

2008-07-26 09:57:45 | 事故直後
手術に入るまでは、呼吸も、意識も、普通だったので、
神経損傷は治らないから、仕事はクビになるな
嫁も子供もいない1人者で良かったわ
残り30年かぁ…最初の15年はまぁ貯金で、後は年金+貯金てなんとか食べていけるかな。
それにしても、これから医療費どの位かかるのかな?
昔、山やってた頃に1回救助ヘリ飛ばしたら100万円とか言ってたな…
でも、何らかの形で、仕事しないとな~といっても、こんな体でできる仕事って?
全身まひで、残り30年…なんか楽しいこと見つけられるかな…
などなど、いろんなこと(自己中的なことばっかり…)が、頭の中で渦巻いてましたが、その合間合間に、それにしても、早く頭を固定してくれないと、いつ急変するか分からないという不安が持ち上がってきていました。
でやっと、これから、クビを固定しますというときに、このハローベストは60~70万円するんですけど、保険がききませんとか、説明してくれるのですが、心の中では同でもいいから早く固定してくれ!という感じでした。で、さあ装着するというときに今度は警察官が来て、事情聴取したいと?なんやて~。勘弁してくれよと思っていると、ドクターがきっぱりと、治療が最優先です!ときっぱりと拒否してくれて、安心。
その後は、クビを固定してからレントゲン、MRI、CTなどの検査後、ドクターが兄に頸椎が破裂骨折しているので非常に危険な手術になりますが、という説明を受けて、承諾。そしてすぐに手術します。といわれて手術室へ。

で、手術から、目覚めたときは、人工呼吸器がついているにもかかわらず肺にタンが溜まって呼吸困難で苦しく(あとで聞いた話ですが、看護婦さんが交代でつきっきりで15分置きに吸引を行っていたらしい)、頭も、ぼーっとして、このときは、夢の中にいたかと思うと、その次に目が覚めて、現実に戻されて、また呼吸が苦しく、そのうちにまた夢の中に、戻っていくということを繰り返していました。とにかくこの時期は、生きるか死ぬかの瀬戸際というのは、こういうことなのかなと思うぐらい苦しい時期で正直なところ、もっと麻酔で寝かして置いて欲しかったです。

事故当日

2008-07-24 08:22:43 | 事故直後
事故で頸椎損傷(第4第5頸椎粉砕骨折で4肢麻痺)になってから、あっと言う間、約2年半、今になって、振り返ると、同じように頸椎損傷による障害を受けた人に参考になると思われる知識がずいぶんと溜まってきたので、日記形式ではないけれど、以前の出来事を思い出しながら、記録として残すためにブログを始めようかと。

ということで、事故当日(当時50歳)のことから
受傷の原因は河川敷で河原の石に頭をぶつけるという事故でした。その時の頭の衝撃は、ヘルメットのおかげでそれ程強く打った感じはなく、背中のあたりで、ピシッという音がしたので、すぐに、体のチェックをしなければ、と、思うものの、すでに首から下の感覚が全くないことから、首が折れたんだなとすぐに判明。
すぐに、近くにいたバーベキューをしていた人が、近寄ってきて、どうすれば良いですか?と聞かれましたが、首が折れているので、体を動かさないでください。すぐに、仲間が、来てくれるので良いです。と返事をしているうちに、仲間が来てくれたので、すぐに、首が折れているので、体を動かさないように頼んで、救助隊を呼んでもらえました。
このとき、運良く、
①気を失わなかったために、自己診断できたこと。
②ドクターヘリがあって、着陸できる河原であったこと。
③迅速に、救急医療室に、運び込まれて、頸椎損傷の専門医師が待機していた。
ということで、死んでいても、おかしくない状況でしたが命が助かりました。
このなかでも特に幸運だったのは、気を失わずに自己判断できたことです。というのは、C4と、5の粉砕骨折だったので、ちょっとした首の動きで、最悪脳幹損傷あるいはC1までの損傷にまで影響した可能性があり、その場合には当然呼吸停止…という最悪のパターンが避けられたのです。おかげで、手術直前まで、普通に呼吸もでき意識もあったため比較的冷静に色々と情報のやりとりをすることができました。
もちろん和歌山県がドクターヘリを導入してくれていたことにも感謝です。おかげさまで、体が揺れることもなく、非常にスムーズに運ばれました。