わたしの話にコメントしてくださった方がいた。
わたしは、社会にとって必要だと。
クリスチャンの仮面をつけている人が多いかも知れないと。
あなたの言っていることは正しいと。
やっと、届いた。
その方は、問題を抱えているけれど、神から、もし強い信仰の決意を与えられたら、罪から解放されるかも知れない。
神の力はイエスの十字架以降、働いている。
ただ、肉欲の力があまりにも強いため、その力にほとんどの人間が押しつぶされている。
罪と死との法則が体を支配しているからだ。
パウロはあなたがたは、知らないのか?あなた方の内に御霊がいることをと手紙に書いている。
コリントの人たちは、十字架に逆らい、肉的であってもだ。
とういうことは、もしかして、これを読んでいるあなたにも、御霊が働いている可能性がある。
もし、何かが欠けているとしたら、体の圧力は続かないという経験と快楽と徹底抗戦する決意だけかも知れない。このこころがあれば、肉的欲望を満たすことは、決してあり得ないのだが・・・。
情欲が消えているのに、それを燃やすことは不可能だからだ。神の霊の支配によって。
こうして、正気になって、正しい生活をし、罪をやめて、光の中を歩んでいれば、神のみこころを行っていることになる。
あとは、主イエスの教えたことのすべてを守りおこなえばいい。イエスさまは、わたしに従う者は、決して闇の中を歩まないと言われている。神と隣人を愛し、聖くあり、霊と真理をもって、神を礼拝すること等である。
その人たちは、携挙がいつ来ても、空中に挙げられる。
これで、この手紙は終わる。



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