バリエーション山行同人

バリエーション山行を志向する登山者の集まり(主に、東京、神奈川、埼玉エリア在住の方向け)

南ア 日向八丁尾根、鋸岳(2019.8.9-11)

2019-08-12 12:16:10 | 尾根

昔、初めて甲斐駒から鋸岳に縦走したとき、六合石室を早朝に出発してしばらくして尾根の山梨県側に伸びる踏み跡を進んだところ道を失いかけたことがあった。磁針で方向を見定め、しばらく藪をこいだところ、ひょっこり登山道に出たことがあった。これが八丁尾根の烏帽子岳から三ツ頭の稜線との出会いであった。日向山から続く日向八丁尾根は「風雪のビヴァーク」にも出てくる(冬の記録だが)ので、以前から知ってはいた。それが最近、有志による整備が進んだとのことが今回行くきっかけになった。実際、「山と高原地図」が今年改訂されたが、従来、登山道の表記の無かった大岩山から西の部分に赤い破線が加わるようになった。

今回、計画を立てるにあたって留意したのは持参する水の量で有った。昨今の下界の猛暑を考慮すると2,500m前後とは言え、それなりに暑いだろう。増して、盛夏の単独縦走が久々の私にとっては、暑さに耐えられるかが心配で、結局、7リットルの水を担ぐことにした。また行程も日向八丁尾根を踏破して三ツ頭から鋸岳方面に向かうことを基本にするものの、場合によっては中ノ川乗越からの下山、もしくは小屋の多い甲斐駒ヶ岳方面へのエスケープも念頭に置いて今回臨むことにした。

 

いつものように、中央線の初電を乗り継ぎ、朝7:18に長坂駅に到着。この駅と隣の日野春辺りから見る甲斐駒ヶ岳の姿にはいつも目を奪われる。

▼今回初めて降り立った長坂駅。北杜市の中心駅とされるが無人駅。

 

予約したタクシーで日向山登山口の矢立石へ(4,960円)。

▼8:00ごろ、矢立石登山口を出発。「10-1」から順次道標に番号が降ってあり、「10-9」が雨量計、「10-10」が雁ケ原(最近は三角点位置ではなくここを山頂と見なすようだ)であった。

 

標高は既に1,000m以上あるので、下界より涼しいのだが、重荷と体力低下もあり、最初から全然ペースが上がらない。軽装のハイカー数組に抜かれるのは良いとしても、標準コースタイムすら難しいペース。登っているときはとにかく暑くて、塩飴をなめ、長ズボンの裾をまくり上げ、Tシャツも半袖に代えた。

▼日向山の雁ケ原に到着。この時点で既に2時間を要している(標準は1:35)。ここまで4、5組のハイカー(ほとんどがカップル)を目にしたが、これ以後は人の姿を見なくなる。ここから右の森へ歩みを進める。中央は甲斐駒ヶ岳。

 

▼破線ルートではあるが、踏み跡もはっきりしているし、道標もある。問題は歩みの遅い私の脚。15分に1回は休んで体を冷やさないときつい。

 

▼途中の千段刈付近の唐松林では熊の爪痕?のようなものを見かけた。

 

この後、日向山を出てから初めての人に会う。聞くと、今朝、竹宇から黒戸尾根を登り、ワンデー周回するのだそう。おそらく涼しい未明から登り始めたのだろうが、私とは「生物としての種」が異なるような気がしてならない。なぜそんなに小さなザックで(おそらく)そんなに少ない水量で長躯踏破できるのか。「十分な装備で安全登山を」と若い頃教えられてきた「常識」がトレランの方々の前ではいつも崩れ落ちる感覚を覚える。なお、当のトレラン氏が言うには、大岩山の登路が80度くらいの急傾斜でほとんどぶら下がらないと登れなかったらしい。「荷物が重そうな貴方は注意してほしい」との忠告をこのとき受けた。

大岩山まではほぼ展望がない樹林帯の道であった。しかし、却って日射が無くてよかったかもしれない。急な登り降りは比較的少なかったが、それでも相変わらずペースは上がらず、休むたびにどんどん水が消費されていく。

▼大岩山に16:15に到着。本当はもう少し、烏帽子岳方面に行きたかったが、大岩山からの急降下が心配だったので、山頂脇の小スペースにテントを張らしてもらう。この日、夕立が18:00ごろ少しあったが、結局、この山行中、雨に遭ったのはこの時のみ。テントの奥に山名標。夕食は水節約のため、フリーズドライ中心。

 

翌朝は5:00出発。さあ、今日はどこまで行けるか。三ツ頭か中ノ川乗越でどうするかを考えることにした。
大岩山から少し緩傾斜の道が続いた先、急にロープ、鎖、黄色の樹脂製のロープ、梯子が連続して現れる地帯に入った。まあ急ではあったが、比較的短い区間であったし、昨日のトレラン氏が言うほど困難な区間ではなかった。むしろ、重荷を担いだ逆コースの方が(少なくとも私の場合)難儀したかもしれない。岩場の急降下を想像していたが、実際は樹林の中の泥壁の急斜面にロープ等が張られていた感じであった。

▼縦横無尽に張られた樹脂製ロープ(黄色)

 

▼鞍部に降り立って振り返ったところ。確かに急傾斜だ。この区間、ブリキ製の薄板を赤く塗装して幹に巻き付けた形の道標を多く見かけた(途中、ブリキ板巻きやスプレー缶の置き場もあった。整備途上か)。

 

▼鞍部を越えて少し進んだ先にあった幕営適地

 

▼烏帽子岳への登りの少し手前にも、もう1つ幕営適地があった。

 

▼徐々に標高が上がり、展望が利くようになる。坊主岩を根に張った甲斐駒ヶ岳。

 

▼右には鋸岳。左の鞍部から順に中ノ川乗越、第2高点、大ギャップ、第3高点、小ギャップ、第1高点。
この方向から見ると大ギャップの切れ込みの鋭さがよく分かるとともに、山梨県側は意外に山頂付近まで緑が多いなと感じた。

 

▼さらに右に目をやると編笠山。」その右奥には穂高、槍の連なり。

 

▼だんだん烏帽子岳に至る稜線(約300mの登り)がちかづいてきた。左は甲斐駒ヶ岳。

 

烏帽子岳の登りに入ると道は段々荒れ、険しくなってきた。樹高も低くなり、アルプスらしい景観になってきた。

▼小はしごの先にあった岩小屋。

 

▼樹林帯を完全に抜け、甲斐駒ヶ岳に正対する。

 

▼辿りし樹林帯の尾根を振り返る。左は大岩山。

 

▼北岳、間ノ岳、塩見岳のシルエット。手前は双児山から駒津峰の稜線。

 

▼烏帽子岳にようやく到着。右に仙丈岳。手前に同じようなピークがあり、一瞬騙される。手前のピークにも文字は確認できなかったが古そうな鍵穴形の石碑が立っていた。

 

▼三ツ頭に合流。迷わず、鋸岳方面へ。この手前で、やはり黒戸尾根を登ってきたというトレラン氏に会う。「ホントは鋸岳に行きたいんだけど時間がなくて」と言っていた。

 

この後は1度歩いたことがある経路になるが、意外に、熊ノ穴沢頭の通過が険しく感じた。中ノ川乗越に降りる道も一部崩壊しており(補修あり)、ほとんど人と行き交うことのない縦走路を行く単独行として慎重に通過を余儀なくされた。

▼中ノ川乗越。この時点で、既に11時を過ぎている。このままでは戸台大橋からの最終バスには間に合いそうもない。そもそもペースが上がらないし、気が急いて行くのも良くないので、予定を1日延長して、もう1泊することにした。ここでも携帯電波は圏外だし、このまま熊ノ穴沢を下って戸台川に出ても当分圏外のままだろう。このため、第2高点に上がって、家族友人にもう1泊する旨連絡を入れることにした。

 

▼第2高点へ登るザレ場上部から振り返ると左に辿りし烏帽子岳の双子峰が見えた。

 

▼無人の鋸岳第2高点。携帯電波は山梨県側に向くとNGだったが、長野県側に向くと安定しないものの3本アンテナが立ち、通話できた(メール送信は不安定で出来なかった)。


▼第3高点と雲に隠れつつある第1高点。冬はこの稜線を辿ることになるが、夏は左(長野県)側の山腹を進み、鹿穴をくぐって山梨県側に出る。

 

▼大ギャップを見上げる。ここから落ちるルンゼの浮石は誰がどうやっても落石を発生させずに通過することは極めて難しい。周囲に一切の人影無し。

 

▼ルンゼ下部を横断する。

 

▼今度は正面のルンゼを登るが、前回の時より崩壊が進んでいるように感じ、意外に苦労。「こんなはずじゃない」と思いながらⅢ級程度はあろうかという岩壁をトラバースしたり、直登した。周囲に人がいないことを良いことに、不安定要因の浮石を落とさせてもらいながら慎重に歩みを続ける。登りながら、「到底、重荷を背負ってここを下るのは困難ではないか」と感じたが、後で考えると左側の草付きにもっと明瞭な踏み跡が有ったかもしれない。

 

▼草付き上部との合流地点にあった赤布。鹿窓から落ちる長い鎖に到達するまでは気が抜けない。一人だし。

 

▼鹿穴が近づいてきた。長い鎖の末端に結び目を付け、簡易的に体に巻き付けたスリング先のカラビナを鎖に通りて万一に備えて凹状岩壁を登る。

 

▼鹿窓の手前から下を振り返って見下ろす。もしここで落ちたら、「涼しくなるまで」発見されないだろうな、なんて考えた。

 

▼鹿窓を越えて山梨県側に入り、小ギャップを鎖で越える。もし現地に来て、鎖が外れていたらどうしようと考えたりした。

 

▼第1高点を越え、角兵衛沢を見下ろす。この時点で既に15:00。

 

この後、角兵衛沢の大岩下の岩小屋(岩から滴る水場あり)に17:00頃着けるだろう。1度下ったことあるし、、、と考えていた。しかし、手元の高度計で標高2,000m付近になってもそれらしい景色になってこない。どうも変だなと思った時は既に遅かった。どうも沢の中州に相当する樹林の右側を降りてきたようで、左側の岩壁が目に入らなかったようだ。「今頃、冷たい水を堪能しながら寝転がっていたのに」という不満が頭をよぎりながら、夕闇の時間との戦いで(登り返すのは止め)先に進むことにした。だいぶあたりが暗くなったころ、18時半過ぎであったろうか、小沢を横切る地点(標高1,500mちょっと?)で水が沸く音を耳にした。行ってみると、大岩の下あたりから苔を通じて水か湧き出ているではないか。周囲を探索するもそれらしい幕営適地は無かったため、やむを得ず、登山道上に幕営させてもらった(19:00)。標高も下がり、暑さを感じるくらいだったので、シュラフなしでこの夜は就寝した(あまりよく眠れなかった)。

大岩下の岩小屋を過ぎてしまったが、その分、戸台大橋のバス第1便(7:55発)に間に合う可能性が出てきた。しかし、ここからでも4時間は掛かりそうなため、少し余裕をもって、まだ闇夜の3:40に出発した。ライトを点けて赤リボンを確認しながらの下降であった。荷物を置いての偵察も数度あったが、ちょうどよい距離間で何とか正規の道を確認しながら下ることができた。

戸台川の川音が最高潮に達した時、向こうの方にライトの明かりが見えた。人が近づいてきたので挨拶し、渡渉点を伺う(まだ4:30で周囲の様子もよく分からず)。靴を脱いで渡渉し、戸台川左岸の道を進む。戸台川の道は河原歩きに終始するように思われがちだが、ちょっとした高巻きやへつりもあり、変化に富んでいる。何度も通ったことのある河原だが、いつ来ても長く辛い道だ。これまでの山中と違い、登ってくるハイカーが続々現れる。皆さん、お疲れ様です。

▼河原でよく見かけた花。多くの群落を形成していた。

 

▼戸台河原の駐車場に到着(6:30)。道標もリニューアルされていた。

 

▼戸台大橋に到着(7:10)。7:55発のバスを待つ間、ゲート管理のおばさんと話し込む。来たバスはほぼ満員で1人乗せてもらうのがやっとであった(300円+荷物代150円)。

 

このあと、バス終点の仙流荘に行くが、外来入浴は9:30からとのこと(普段は10:00)。既に日差しは強く、下界のそれと同じ感を呈していたので、8:46発の循環バスで高遠を経て、伊那市駅、岡谷駅を経由して帰京した。

 

 

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