バリエーション山行同人

バリエーション山行を志向する登山者の集まり(主に、東京、神奈川、埼玉エリア在住の方向け)

南大菩薩 大蔵沢から大蔵高丸(2021.4.24)

2021-04-25 12:01:56 | 

「沢」にカテゴライズしたが、今回遡行した大蔵沢は登攀的要素はほとんどない穏やかな明るい沢であった。25,000分の1地形図にもトレイル表示があるように、昔の踏み跡が所々残っている箇所があったが、まあ「滝の無い河原歩き中心の沢登りで、眺めの良い大蔵高丸を目指した山旅」との位置づけで企画した山行である。

朝8時過ぎ、JR甲斐大和駅は相変わらず多くのハイカーでごった返していた。結局、マイクロバスは3台ほど出たようで、我々は10分足らずの天目トンネル入口で中途下車させてもらう(300円)。

▼天目トンネル。右の米背負峠の道標に沿って、大蔵沢沿いの林道を進む。

 

この後、通行止めの車両ゲート(昨年の台風被害による措置の様だが、歩いた感じでは修復が終わっているように見えた)、曲がっていて暗い、やや長いトンネルを越え、大蔵沢橋との表示ある橋を越えて、舗装林道を進む(というか、進んでしまった)。後から考えても、「ぼーっとしていた」としか言いようがないのだが、大蔵沢右岸に沿って分岐する舗装歩道を見送って、米背負峠に向かう曲がりくねった林道を進んでしまった。「どうも地図と違うな」とようやく気付き、大蔵沢橋に引き返す。これでだいぶ時間をロスしてしまったが、「米背負峠からの下山路の事前偵察」と考えるようにして自らを慰めながら、大蔵沢右岸の舗装林道を進む。

▼大蔵沢橋付近の分岐。いったん、右に行ってしまったが、正解は左。

 

ここから地形図の道形と実際が一致するようになり(当然!)、林道が終わり、大きな堰堤を越して、ここからようやく沢登りらしくなる。

▼最初の渓相。綺麗な水の明るい雰囲気の沢。

 

沢を遡行していくと、所々、青々とした大きい葉の下に、濃い赤紫色の、ホタルブクロに似たような地味な花をつけた山野草の群落を見かける。「野菜畑」のように見えたが、家に帰って、本コースの昭和初期の様子を描いた「山の絵本 尾崎喜八著」を読み直して調べたところ、ハシリドコロという春にのみ繁茂する毒草らしい。触らなくて良かった!

▼毒草のハシリドコロ

 

▼ちょっとしたナメ沢もあった。ぬめりがひどく、アプローチシューズではひどく滑りやすかった。踏み跡は主に左岸側についていたが、所々、崩落しているため、都度、沢に降りて、水線に沿って登る。

 

▼途中、2箇所ほど顕著な二俣があったが、いずれも左へ進む。

 

前方の最低鞍部を目指して沢を詰めるが、最後は結構な傾斜。足元はフカフカの砂で覆われており、踏ん張りが効きにくかった。

▼最低鞍部から源頭部を見下ろしたところ。

 

▼最低鞍部から大蔵高丸方面を見たところ。右の稜線上を進もうと思ったが、よく見ると左の沢状の方に赤テープが見えたのでそちらを進む。

 

この後、踏み跡が出たり消えたりしたが、昔は繁茂していたと思われる笹薮は枯れており、藪漕ぎも無く、前方の凸部目指して、所々、急登を交えながら進む。

 

▼いきなり、湯ノ沢峠から大蔵高丸の西側をを巻くように付けられた一般道に飛び出した。丁度そこには、黄色と赤のテープが樹に巻かれていた。

 

▼そこから程なく大蔵高丸のピーク。いつ来ても気分の良い山頂だ(昔は草原のどこでも行けたが、今は植生保護のロープが張られていた)。


▼草原上の穏やかな縦走路を南下し、ハマイバ丸へ。

 

▼ハマイバ丸のピークの先に、真木方面に向かう南東尾根を指す手製の道標があった。そのうち歩いてみよう。

 

▼バスの時間が気になり、歩みを飛ばして、予想より早く米背負峠に着いた。

 

この後、米背負沢に沿った、やや荒れ気味の下山路を経て、林道に出て、元の天目トンネルから最終バスを拾って、家路に就いた。
今回、山中で出会ったのは、大蔵高丸ピークでの女性ばかりの中規模パーティーのみであった。登路の取り付きでもたついた以外は、春の穏やかで静かな自然を満喫できた手頃な山旅であった。

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