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山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

守谷市の忌むべき季節

2025-02-22 09:53:14 | 宵宵妄話

 守谷市に越してきてから21年が経った。その昔々にこの地に来たヤマトタケルが一面に広がる森を見て「森や!」と思わず叫んだことに由来して守谷という土地の名が付けられたとかいう話があるが、21年前に越して来た時は樹木が多く茂っていて、その中ではコジュケイ(鳥)がけたたましく鳴いたりして、まだかなり自然が残っているなと安堵したものだった。

 現在の守谷はつくばエクスプレスが開通して以来かなり人家が増えて、その分だけ森や林や野原などが少なくなった。これは人間の都合によるものだが、それを止めることなど出来るものではなく、仕方のないことだと思う。斯く言う自分だって21年前はそのような加害者の一人だったのかもしれない。住いを得ようとして移り住む人には、責任を負わせるのは無理だと思う。

 しかし、市の当局が管理すべき樹木に関しては、大いなる不満と不信を感ずるものがある。それは街路樹や公園などに植えられた樹木の管理の在り方である。先ずは、街路樹を取り上げてみるとしよう。守谷市には取手市から市の中心街を通って常総市に至るふれあい道路と名付けられたメイン道路がある。この道路は何時設けられたのか知らないけど、もう一つの国道294線だけでは不足すると考えて新しく造られた道路なのだと思う。今は、国道よりもふれあい道路を中心に市の発展が進んでいるようだ。この道路は片側1車線で、両端に3mほどの幅の歩道が造られており、その脇に街路樹としてサクラやイチョウの木が植えられている。サクラは取手市に近い1kmほどが並木となっており、市街地には200本以上のイチョウの木が植えられている。又、北守谷地区のメイン道路(中央分離帯ありの片側2車線)にはケヤキの木が植えられており、冬を除く季節ではその緑が我々を安堵させてくれている。この他のエリアでは、サルスベリの木なども植えられており、樹木は豊かといえると思う。公園にもかなりの樹木が植えられており、他の街と比べれば樹木は多い方だと思う。そのことについては批判する様なことは少ないのだが、問題はこれらの樹木のメンテナンスのことなのだ。

 毎年冬が近づく頃になると、胸を痛める道路光景がこれらの道に広がる。ケヤキの木もイチョウの木もそれまで辛うじて付けて来ていた小枝を払われて丸坊主にされるのである。越してきた当初は、これでは枯死するのではないかと心配したのだが、春になるとケヤキもイチョウも前年に層倍の小枝を出して必死に生き延びようとして、夏の間は目一杯の葉をつけて緑豊かにしてくれるのでホッと一安心するのだが、やがて秋が過ぎて冬を迎える頃になると、それらの樹木が丸坊主にされて突っ立っている姿となるのである。これだけではない。北守谷には2kmほどの周遊の遊歩道が造られており、素晴らしいと感心していたのだが、ここに植えられている樹木たちの中でも大きく育つコブシやハクモクレンやヤマモモの木なども時々丸坊主に近い姿となるのだ。この道が好きで自分はこれらの木が咲かせる花を楽しみにしているのだが、丸坊主にされた時の春に咲く花は勢いがなく、うなだれている感じがするのだ。この道には大きな2本のネムノ木があり、その長い枝に咲く花を見るのを楽しみにしていたのだが、ある年にこの樹も丸坊主にされて、翌春は小枝も出さず枯死寸前の状態となっていた。もう終りなのかと諦めかけていたら、そのあと辛うじて少しばかりの小枝を出して、生き残っているのを確認させてくれて安堵したことがあった。

 これらの樹木の管理をしている市の当局はどのような考えでそれを行っているのか理解に苦しむ。もしかしたら、形振り構わずに伐りまくる造園業者と結託して救済事業をしているのではないかと疑いなくなるほどなのだ。恐らく市民の中に、葉が散って迷惑だ、などと文句を言う人たちが居て、そのために枝の伐採をやっているのだなどと弁明するのかもしれないけど、この市を緑豊かな街とするというのであれば、毎冬のこの残酷な丸坊主にする所業は見直して貰いたい。樹木に対する愛情無しでは美しい街路樹や森が成り立つわけがない。

 それにこれらの樹木を植える際の選定の在り方が間違っているのではないか。業者任せにして、市が主体的な街づくりのための判断を誤っていると思える樹木が幾種類かある。例えば、北守谷には隣のつくばみらい市との境界に太陽光を利用した電力で汲みあげた水を流すせせらぎの小路という500mほどの遊歩道があるが、ここには100本近いカツラの木が植えられている。しかし、その半数は枯れたり枯れかかっていて、少しもカツラの木らしくない姿で何本かが生き残っている。これなど明らかに選定の誤りであろう。守谷のような温暖の地では生き長らえられない樹木なのではないか。又ケヤキやイチョウにしても大木となるのに植えられている間隔は狭く、道路とのバランスがとれているとは思えない。最初からいろいろ支障が出るのは予想できるのに、何故このようなムダ遣いをするのか、都市計画の杜撰さが目立つ。当初はそれで良いとしてもその後のメンテナンスに莫大なコストが掛ることを何故予知できなかったのか。解せない。

 守谷市はTXが開通して以来、住み良い街などとチヤホヤされて話題となることも多いけど、その実は殆ど街づくりに関して無策のように思えて仕方がない。TXが通らなかったら、只の田舎町に過ぎないのだ。人口7万人を超える街を抱えているのなら、もっとましな施策が幾らでもあるのではないか。行政にリーダーシップが殆ど見られず、一部の市民の思惑や声に応えるだけの行政しかやっていない。もう手遅れだと思えることも多くあって、住んでから20年以上も経って、自分の残りの生きて行ける時間も少なくなっているのを自覚しているけど、この市に期待できることは殆どない。徒に他の都市と同じようにごちゃごちゃと人の溢れるつまらない街を目指しているかと思うと、ここに住むのを選んで良かったのかと思う。今さら迷っても仕方ないけど、座してその時が来るのを待つしかないのであろう。それにしても樹木たちの丸坊主の行列を見るのはうんざりする。見る度に怒りがこみ上げてくる。

丸坊主にされて立ち並ぶケヤキの木たち

丸坊主にされる前の小枝を伸ばしたイチョウの木

小枝を払われて丸坊主になったイチョウの木たち

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アメリカは繁栄するのか、没落するのか?

2025-02-17 08:55:38 | 宵宵妄話

 連日USAの大統領が話題にならない日は無い。よくもまあ、次から次へと話題を繰り出すものだと呆れるやら感心するやらしている。トランプという人のアメリカファーストというのは、このような話題を提供することによって成り立つものなのかと、再び呆れるやら感嘆するやらの毎日である。

 前任者の業績をこれほど覆しこき下ろす人物を最近の世界の大国の中では見たことがない。アメリカという国の人々は、これほどまでに自国の利益というものを望んでこの人を大統領に選んだのかと疑問が深まる。

 まるで今までの国柄が一挙に変わってしまったという印象を拭えない。全世界に関税戦争を仕掛けても物ともしない。このような所業がアメリカを本当にファーストと言える国に出来るのか。どうも信じられない身勝手のように思える。まるで儲けることばかりしか考えていない悪徳商人のような感じがする。既に富裕となっているのに益々富を求めて躍起になっているかの如くだ。

 持論として、世の中の多くは善悪の物差しと損得の物差しという二つの物差しで動いていると考えているが、今の世は個人も国も断然損得の物差しが顔を効かせているようだ。つまり得をして損はしないという考えだ。トランプ氏の発想はこれらを代表するかのごとくである。自国にとって得することばかりを優先し、損することは一切なくして行こうとする振舞いである。そこには善悪の物差しなどが入り込む余地など全く無いかのようである。

 今の世界の国の中で、リーダーとして3悪人を選ぶとしたら、つい先日まではロシアのプーチン。北朝鮮の金何とかやら、それにミャンマーの軍事政権の頭が挙がるのかと思っていたら、どうやらこれは不十分でもう一人トランプという人が加わるようだ。これで4悪人となる。しかし、程度の差はあれこの他にも悪人というべきリーダーは何人も居るのかもしれない。夫々身勝手な理屈があるのだと思うけど、善悪の物差しを無視している限り、それぞれいずれは大きなしっぺ返しを食らうのではないか。そう思わないと今の世が安心できないし、未来展望も開けない気がする。

 ま、これらのいずれの人々も自国ではないと思えることがせめてもの救いである。しかし、今の世は鎖国などが通用する世ではなくなっており、大国のリーダーが与える影響は全世界に関わって来るのだから、傍観しているわけには行かないのである。ロシアや北朝鮮のような独裁政権の国のことはどうしょうもないと思うけど、せめてアメリカという大国だけは、利得にこだわるばかりではなく、善悪の世界観を発揮して欲しいと思う。今のようなアメリカファースト主義を貫き継続していると、アメリカは一時は豊かになるかも知れないけど、世界中から尊敬を失い、取り残されて行くのではないか。経済面で繁栄しても精神面は貧しくなって、それは没落と同じことになるのではないか。そのように危惧している。

 威勢のいいトランプ氏の言動を見ていると、他国のことながら、良識あるアメリカ国民の人たちには、黙視し続けていて欲しくないと願うばかりである。

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道路の陥没事故に思う

2025-02-15 20:42:05 | 宵宵妄話

 先日、つくばエクスプレスも通っている埼玉県八潮市で道路が陥没し,車ごと転落した運転手の方が行方不明になるという大事件が勃発しました。当初はそれほど時間が掛らぬ内に救助されるのだろうと思っていたのに、何とその後は陥没の穴が次第に拡大して、とんでもない事態となってしまいました。運転手の方についての報道は殆どなかったので、なんだか違和感を覚えていたのですが、しばらく経ってトラックの運転席だけが見つかって、人は見当たらないと聞いて、これは益々大ごとだと驚きました。運転手の方の突然の不幸を悼むと共にご冥福を祈りたいと思います。

 大都市をはじめ、全国の至る所に地下の埋蔵施設が張り巡らされています。上下水道を始めその他我々の全く知らない巨大施設などもあるようですが、それらは今の暮らしには不可欠なものなのだと思います。だから最早それらを無くするということはできません。無くしたら暮らしが成り立たなくなるからです。

 近代から現代にかけて、特に都市部では地上の空間を活用する余地が無くなり、地下を活用せざるを得なくなったのだと思います。東京をはじめ大都市の地下は我々普通人には想像もできない複雑な状態になっているのではないかと思われます。上下水道などは可愛い方で、その他にも地下鉄のトンネルや高速道路等々、大深度地下の活用などの話を時々聞きますが、実際にそれらの姿がどうなっているのかを見たことがないので、普段は不安を感ずることもなく当たり前なのだと過ごしています。しかし、自分などが時々東京に所用があって出向いた時に、電車を降りてから地上に出るまでに何度も何度も長揚程のエスカレーターや階段を上っている時は、こんなに深い地下で、もし何か事故があったらもう終わりだなと思うことがあります。しかし、大深度活用の指向はこれからも止まることは無いのでありましょう。

 最初は地下も浅い所から活用が始まったのだと思いますが、それらが何年も時間が経つと当然のことながら劣化が始まり、それが限界に達すると崩落や壊滅という事態が到来することになります。どのようなものでも物である以上経年劣化は避けられないのですから。だから限界が来ない内に何とか手当をしなければならないのですが、そのためには、恐らく最初に造った時よりもコストと時間が層倍かかるのに違いありません。なので、その対応には厳しさや客観性が失われがちとなるのではないかと思うのです。もう少しの間は大丈夫だろうと見積もってしまいがちなのです。それどころか地下であるため崩落や腐食などに気付かないことも多いのではないでしょうか。どうしてもそのように思ってしまいます。

 今回の八潮の陥没事故もその類の一つだったのではないかと思うのです。結果論的に言えば、それらの施設を管理する責任を持つものの油断だったと言えるのだと思います。しかし、現在の我々の能力ではそれを安易に批難することはできないのだと思います。世の中には解っていてもできないことが無数にあるからです。危険を予知出来てもその方法が不明だったり予算が無かったりするなど、できない理由は幾らでもあるのです。それらの多くはいわゆる「人災」と呼ばれるものになるのだと思います。天災も恐ろしいけど、人災も恐ろしい。災害の予防というのは、天災と人災、この両方をその対象とする必要があるのではないかと思います。

政府なのか総理なのか良く分かりませんが、新たに「防災庁」というものを創設すると言われているようですが、その業務の中には天災のみならず人災の方も是非取り入れて欲しいものです。防災というのは文字通りに解釈すれば災害を防ぐという意味です。それはすなわち災害の未然防止を意味するものであり、災害が起こらないようにすることが肝心なのだと思います。そこで重要なのは、天災の未然防止は不可能に近いものであり、結局これは想定対策と事後対応が中心とならざるを得ないのだと思います。しかし、人災の方はその対応が完璧ではないにしてもかなりの範囲で未然防止が可能なのではないかと思うのです。今回の八潮の下水道管腐食事故をはじめ、これから先には経年劣化などによる危険を孕む案件が無数に存在しています。橋梁、トンネル等々大物が幾つも控えているのです。その意味で、防災庁の役割は極めて重要なものとなるに違いありません。大いに期待しています。くれぐれも天災の対応にばかり気を使うのではなく、人災にも層倍の力を入れること切望したいと思います。

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昔(70数年前)の頃の冬の話

2025-02-10 04:06:25 | 宵宵妄話

 この頃はすっかり老人になり果ててしまい、時々あれこれと昔のことを思い出して懐かしむ妄想に囚われて楽しんでいます。今は今年最強の寒波が襲来していると騒がれていますが、今から70数年年前の頃の冬がどうだったかを想い浮かべて、現在とはかなりかけ離れていたなとあの頃を思い出すのです。

 今から70数年前、私はまだ10歳になるかならない年齢でした。小学生から中学生になる頃、私は茨城県北部の今は常陸大宮市となっている片田舎に住んでいました。何年か前にNHKの朝ドラに奥茨城村というのが登場しました。どのような物語だったかはさっぱり覚えていないのですが、そこに登場したその村の名前だけは強く印象に残っていて消えることはありません。そのような名の村など茨城県には実在しないのですが、自分の故郷の情景などを思い浮かべて、言い得て妙だなと思いました。奥茨城というから茨城県の南ではなく県北の位置で、海寄りならば現在の北茨城市山間部や常陸太田市の北部であり、更にその西側ならば常陸大宮市か大子町の辺りを指すのだろうと思いました。物語に登場する風景を見ていると、あれは町村合併で市が生まれる前の村々辺りをイメージして名付けたのだろうと思いました。雑木や松や杉などに覆われたあまり高くない山々が連なり、その中に所々平地もあって、そこには田んぼがあり脇には用水路のような小さな川が流れていて、その中には鮒(銀ブナと呼んでいたが今は絶滅したようだ)や泥鰌やカラス貝などが棲んでいました。山と山の間にある谷津田は、冬になると完全に厚く凍りついて、子どもたちの格好の遊び場となるのでした。田んぼには刈り取った跡の稲株が残っていて、スケートなどのできる状態では無かったし、スケートなどの用具もなかったので、子どもたちは自分たちで工夫して作った竹製のスケートを靴の下に敷いて滑って楽しんでいました。他の楽しみと言ったら、男の子は集まって独楽回しを競ったり、あとは裏山の傾斜地を自分で作った橇で滑り降りたりするのが冬の遊びでした。豊かではないけど、あまり貧しさを覚えない暮らしの成り立つ世界がそこにはありました。私の家は戦後入植した開拓農民の集落だったので、村の中心からはかなり離れた山の中にあったので限られた遊びしかできず、それらは皆自分たちでつくり出した遊びなのでした。

 隣村の小学校までは5kmほどあり、集落の皆さんが協力して造った道を500mほど歩くと国道293号に出るのですが、その道を4kmほど歩くと学校に着くのです。70数年前は舗装している道などどこにも無くて、集落の道は冬になるとぬかるんで、子どもも大人も足場を探して歩くのに苦労を強いられたものでした。冬にはそのぬかるみの道は朝になるとカチカチと完全に凍りついたので、子どもたちは登校の時は苦労しなかったのですが、帰校の時は大変だったのです。国道も勿論未舗装で、凸凹の多い砂利道でした。学校までは信号など一つもなく、確か村全体でも信号はどこにもなく、子どもたちはそのようなものがあることさえ知らなかったのです。冬の思い出は、あのぬかるんだ道とその脇の畑に毎日できる大きな霜柱の輝きでした。時々それを踏んでザクザクという音と靴底の感覚を楽しんだりしました。戦後数年の貧しい暮らしの中では、服装と言えば木綿製の着衣しかなく、現在のような軽くて暖かいものなど皆無で、重いだけが暖かさの証明の着衣なのでした。それでも寒いなどという泣き言をいう子どもは一人も居ませんでした。それが当たり前だったからです。今思うと人間というのは環境に順応できる力を持った生き物なのだという感慨です。

 冬にはよく雪も降りました。雪が積もると、子どもたちは雪合戦をしたり雪だるまなどを作ってはしゃいで遊んだのですが、それが解ける頃になるとぬかるみが一層ひどくなるので、通学が大変でした。この状態は中学生になる頃まで変わりませんでした。

中学生になる頃は遊びの範囲も少し広がって、遠くまで行くようになりました。その頃久慈川には川の流れが取り残した沼(池)があって、確か貝沼と呼んでいたと記憶していますが、冬になるとそこが凍って格好のスケート場となるので、子どもたちは滑りを楽しもうと、そこまで歩いて出掛けたのでした。あの頃の気温は現在よりも5℃くらい低かったのではないかと思います。現在でも茨城県北部の冬の気温は低い方で、時にはマイナス5℃くらいになることもある様ですが、貝沼などは消滅し、袋田の滝も氷瀑など過去の話となっているようです。あの頃は都会でも寒さに大騒ぎをするようなことは殆どなかったのではないかと思います。世の中が便利になり、都会に住む人が多くなるに連れて寒さは遠ざかり、冬の厳しさも忘れられるようになったようです。環境が激変しているので、人々の暮らしも激変しているのだと思います。しかし、その変化の中に居る人にはそれを自覚できる人は少なく、今回のような寒波の襲来によってそれを思い知らされるのだと思います。

しかし、北国の田舎に住む人にとっては、昔も今もさほど変わっているとは思えなくて、多少の強弱を覚える程ではないかと思うのです。地球の温暖化が喧伝されていますが、冬が暖かくなっているだけではなく、様々な異常気象と自然災害が多発していることと決して無関係ではないように感じています。今さらあの寒い冬が戻って来て欲しいとは思いませんが、大自然はちょっとした寒波に騒ぐ人間を試しているのではないかと思えてならないのです。70数年前の暮らしを想い浮かべての妄想の話でした。

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ホワイトアウトとブラックアウト

2025-02-06 17:08:40 | 宵宵妄話

 今月に入って今冬最強の寒波が訪れて、全国的に大雪のエリアが増えて大騒動になっています。それなのに関東の平地に住んでいる自分たちは、今冬は未だ雪を見たことも無いのです。TVの各地の雪の騒動を見ていると、自分がこのような太平の地に住んでいることに感謝したい気持ちとそのような甘えの中で過ごしていていいのかという反省というか、不安のようなものが心を過ぎったりするのです。

 TV放送の中で「ホワイトアウト」ということばが出てきています。雪国で暴風雪が吹いた時に周辺が一面真っ白の世界となって、 前後左右が全く分からない方向感覚が麻痺して、身動きが取れない状態に落ち入ることを言うのだと聞いています。「アウト」ということばには多くの意味や使い方があって、ホワイトアウトという場合、日本語としてはどのように訳して解釈すれば良いのか迷います。自分的には、「途方もない状態となって、一巻の終わり」といった意味なのか、いわゆる「お手上げ」と言った意味なのかと思うのですが、正解は分かりません。とにかく大雪が降って、大風が吹いて、もはや手の施しようのない状態となった時にホワイトアウトになるのだと思うのです。

 自分は幸いにしてそのような体験をしたことは無いのですが、昔仕事で冬に北海道の旭川に行った時に、知人の案内で車で美瑛の町を訪れたことがあります。曇りの天気でしたが、一面は厚く積もった雪の世界で、丘の起伏の多い道を走ると、それは白というよりも灰色の世界に見えて、丘の縁と空の境目が無くなって、すっぽりと雪の世界に閉じこめられている感覚がしたものでした。車の中なので何の恐怖感も覚えませんでしたが、もしこのような世界に一人放り出されてさ迷うようなことが起きたとしたら、到底生きることなど出来ないだろうと思いました。ましてやこの静かな世界ではなく、雪が舞い強風が吹き荒れていたとしたら、自分は忽ち一巻の終りとなるに違いないと思いました。関東辺りの雪の世界とは全く違った異常な恐怖がそこにはあります。今冬の北陸や東北・北海道の大雪のニュースを見ていて、これらの地に住む人たちのご苦労を想い、ホワイトアウトのような状態に出くわさないことを願うばかりです。

 

 ところで、ホワイトに対してブラックということばがあります。これにアウトを付ければ「ブラックアウト」となります。東京を初め大都市やその近辺に住む人たちは、ブラックアウトということばなど知ることもなく、聞いても何のことかと聞き流すことだと思います。自分もそれに出会うまでは何のことか知りませんでした。出くわして初めてその意味と実態を知りました。

 それは2018年9月6日、旅車で北海道真狩村の道の駅に泊っている時のことでした。午前3時頃旅車の中で寝ていると、携帯電話が鳴り渡り、驚いて見てみると大地震が発生したので注意せよと喚起を呼び掛ける緊急メールでした。そう言えば先程地震があったらしいとは感じていましたが、車の中なので大した揺れは感じずにいてあまり気にもしていなかったのです。一体どの程度なのだろうとTVのスイッチを入れたのですが、真夜中に近いこともあってか、単に地震規模と震源地を表示する程度のニュースでした。

しかし、夜明け近くになって外を見てみたら、何と傍の道路の信号が消えているのです。夜間でも黄色の点滅信号だけは点いているのに、全く動いていないのです。一体どうしたのだろうとTVを見ていたら、苫小牧にある大規模発電所が地震のため発電が出来なくなり、北海道全体に給電が不可となったというのです。修復の見込みは立っていないという話でした。急ぎ外を見てみると、一部を除いては全ての照明が消えており、静まり返っていました。明るくなるに連れて、これはただ事ではないと思いました。トイレも使えなくなり、近くのコンビニも閉まっていました。TVを見ると、厚真町では山崩れが起きて数軒の民家が埋まったということでした。その後、山崩れの惨状を映す画面も出るようになって、北海道全体が大混乱に陥っているのを思わせる報道が続きました。旅車の電源はバッテリーなのでTVを見ることに支障はないのですが、一般の家ではTVを見ることもできず、何が起こっているかを知ったのは辛うじて北海道以外のエリアからの電力が供給されるようになってからなのでした。いつ元の状態に戻れるのか不明なので、それからはとにかく帰宅することにして函館に向かったのですが、途中の道の交差点などはお巡りさんが出て手旗で整理をしている所があったりして、信号も全て回復してはおらず、全く異常な状態の中を函館に辿り着いて、動いていたフェリーに乗って青森に着いたのでした。

あとになってじっくりとあの時(=胆振東部地震)の混乱を思い起こしたのですが、今はまさに最大のインフラは電気(電力)なのだと改めて思い知らされたのでした。電気がなければ人々の、世の中の暮らしの殆どが成り立たないことになるのです。ブラックアウトというのは、単に照明が無くなって暗い闇夜が到来するというようなものではなく、人々の心を含めた世の中のすべてのものが力を失い、お手上げになるということなのです。いわば現代から突然縄文時代の生活環境に突き落とされるということなのです。これはホワイトアウトの比ではないレベルの大事件なのです。恐ろしいことなのです。その最大の要因は大自然にあるのかもしれませんが、これには人間が今まで積み上げてきた文明の在り方が大きく影響しているのだと思いました。文明進展の最先端の現れが大都市の形成なのではないかと思っています。幾つもの大都市が生まれ、更なる人口集中が進んでいます。それが進むに連れて人間は大自然との関係を軽視し、断ち切るようになって来ています。超高層の建物の立ち並ぶ市街地が拡大するに反比例して自然が失われて行っています。最早この進む力を停める手立ては無くなっています。事の重大さに気付いていてもどうすることも出来ない状況です。文明の進展に連れて、人間は自然との係わりの中で生きることを忘れ、失っています。なので、ブラックアウトが起こってしまったら、大都市は壊滅し、そこに住む人たちも全滅の危機に晒されるに違いありません。

ではどう対処すればいいのか。答えは解りません。誰にも解らないのだと思います。理屈はあってもその実現は不可能なのです。結局生き残るためには、普段から大自然の中に身を置いて、自分自身で考えるしかないのだと思います。考えを思いつかなかったり、その考えが外れた時には、おとなしく成り行きに身を任せる覚悟を持つしかないのだと、自分は思っています。それにしても今大地震の発生確率が上昇して、いつ起こっても不思議ではないと言われてますが、世の中の人々の覚悟はどれだけできているのでしょうか。

ホワイトよりもブラックの方が層倍恐ろしいアウトになるという妄想の話でした。

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一老人の現大東京所感

2025-02-01 06:13:17 | 宵宵妄話

 昨年の11月末頃から時々心の臟が変な動きをするようになった。脈が速くなり動悸がしてなんだか不愉快な気分になるのである。でもそれは時々の話で、1日もすれば収まって平常に戻っていた。これはやはり老化現象の一つなのだろうと、あまり気にしないことにしていた。

 自分は高血圧症なので、毎日血圧を測って記録しているのだが、今年に入って1月の後半の頃からエラーの表示が出て計測ができない日が増え出した。血圧計では心拍数も表示される。血圧は高めだけれど時々測る数値は計測不能というレベルではなかった。何度かやっているうちに、これはもしかしたら脈の方に問題があるのではないかと気がついた。脈が異常で計測ができないのではないかと思った。辛うじて測れた時の心拍数を見たら何と170/分もあったのだ。自分の普段の心拍数は多くても60前後であり、何と平時の3倍近くにもなっていた。これは一時のことかと様子を見ることにしたが、なかなか下がらない。医者に行って薬を貰って飲んだら少し下がって130/分台となった。それ以下にはならなかった。平時の2倍以上の数値なのだ。特別強い運動をしているわけでも、何かに興奮しているわけでもないのに、心臓が勝手に動き回るのである。

 それで不安になり、再度循環器内科を受診したのだが、原因がはっきりしない。心電図を見ると、横の図形の幅が極端に狭くて、素人でも一目で頻脈が判るものだった。取り敢えず整脈の薬と血栓を防ぐ血液サラサラの薬を処方されて暫く服用した。その結果ほんの少し頻脈のレベルは下がったものの依然として正常レベルには戻らない。動悸がして胸が痛いとか足がむくむとかいう自覚症状は全く無いのに頻脈が収まらないのである。

 それで、より詳しい検査と治療を期して大学病院を紹介して頂き、先日そこを受診した。6時間以上も掛って検査が終り担当医師の診察を受けたのだが、待ちの大半は只何もせずにひたすら待つだけの時間だった。夕暮れ近くになって、ようやく医師の説明を受けたのだが、その結果は「心房細動・心房粗動」というもので、薬での治療には限界があるので、物理的療法が必要ではないかという診断だった。物理的療法とは何かと訊けば、「カテーテル療法」と言うことだった。予め調べておいたので凡その予測はしていたが、やっぱりそうなのかと納得した。これはもう医師の判断と指示に従うほかはないのだと思った。それで、これからのことを伺い対処方法と日程などを伺ったのだが、それをここに書くことは止める。何故なら、書きたいのは自分の病のことなどではなく、久しぶりに見た大都市の表情のことだからである。現代と未来に対する疑念と心配のことなのだ。治療のことよりもそちらの方にショックを受けたからである。

 

30数年前、サラリーマンだった自分は、丸の内や大手町の会社事務所まで都心を通って通勤していた。その頃は江戸時代など昔の東京に興味関心があって、時々通勤の際に2~3駅手前で下車して街中を歩いたり、休日にはより広い範囲を訪ね歩いたりしていた。その頃もコンクリートの建物は多かったけど、それでも所々昔が残っている場所があって、やれやれとホッとしたものだった。

 茨城県の田舎に越してからは滅多に都心に行くことは無くなっていた。つくばエクスプレス(TX)が開通して、住んでいる守谷市からは30分ほどで浅草まで行けるのだが滅多に乗ることは無く、日常の暮らしの殆どは車使用で成り立っている。都心などには用もないし行きたくもない。

 今回は紹介された病院がお茶の水駅近くの順天堂大学附属医院だったので、久しぶりに都心に向かうことになった。TXで秋葉原まで行き総武線に乗り換えて1駅目が御茶ノ水駅。30年前の頃はこの辺りの昌平黌跡や神田明神、湯島天神などへ良く行ったものだが、今回来て見ると、その大学附属医院をはじめ巨大な建物が幾つも駅周辺に林立していて、昌平黌跡などは僅かな樹木にすがって隠れて息を潜めている感じだった。相変わらずの人混みで医院に届くまでの間に何百人もの人に出会っている感じがした。馴れてしまえばどうってことないのだろうけど、現在の普段の暮らしの中ではすれ違う人は疎らなのだ。田舎出の人が大都会に来ると人に酔うという話を聞いたことがあるが、まさにそれは本当だなと思った。自分もすっかり田舎者となっているのを実感した。TXを降りて秋葉原のJR駅まで何度も長揚程のエスカレータを乗り継ぎ、ようやく地上に出られるのだが、そこも人が溢れていて、息つく暇もないほどの空気感だった。こんな所で大災害などの事件が起きたらどうなるのだろうと思いながら地上に出てホッとしたのだが、周りの景色は大小のコンクリートの建物で固められており、どこを見ても土が露出している箇所など見当たらない。人間はもう土など忘れてしまっているのかと思った。都会に住み暮らす人たちは、最早人間という動物ではなくなってしまっているのではないか。犬や猫などの哺乳類の生き物とは別の存在となってしまっているのだと思った。何がそうなのかと言えば、自然とのつながりが断絶しているからである。何もかにもが人工的、否人工のものばかりなのである。それは建物だけの話ではなく暮らしの隅々までそうなのだ。利便性を追求した結果が今の大都市をつくり上げている。そしてそこに住み暮らしているのは自然を忘れた元人間なのだ。そう思った。

 今、大地震の発生が恐れられている。70%以上の確率で発生するのだそうだが、これはあてにならない数値だ。80が90%でも当てにならない。100%すなわち地震が発生して初めて数値は本物となるのだ。だから100%の前に対策を講じなければならないのだと思うが、現実問題としてそれはほぼ不可能だ。どんなに耐震対策が必要だとしても、住む人の全てがそれを為すことは出来ないからだ。ましてや地盤の問題などは手のつけようもない。だから最善の方法は逃げ出して安全な場所に住み替えるしかない。しかし、これもほんの一部の恵まれた人しか出来ない。となると、あとは運を天に任せてなるようにしかならない。このような悲観的なことしか考えられないのである。

 それにしても来る途中に見た北千住や南千住付近にも20階を越すような高層の住み家の何と多いことか。よくもまあ、あのような所に棲めるものだと、高所恐怖症の自分には想像もつかない暮らしである。あのような所に住んでいる人は、大地震が起きた時どうなるのか。倒れないのか?もしM10ものレベルの地震が大都市を襲ったら、今まで計算上安全を保証されていた建物がそのまま無事だという保証など何も無いのだ。高層の建物が林立する東京の半分くらいの地盤は埋め立てなのではないか。どんなに深くコンクリートの基盤を打っていたとしても、大自然の持つエネルギーにはひとたまりもないのではないか。液状化は建物を揺さぶり倒壊や転倒する超高層の建物が多発するのではないか。人類の文明は大自然の持つ力を甘く見過ぎているように思えてならない。

 東京をM10レベルの大地震が襲ったらどうなるのか、この国は終ってしまうのではないか。などと考えながら久しぶりに見た大都市の有様に対して絶大なる不安を覚えたのだった。

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