箴言に似たようなものが二つあります。一つは「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し」であり、もう一つは「過ぎたるは及ばざるに如(し)かず」というものです。前者は論語にあるもので、目標をオーバーし過ぎるのは、目標に至らないレベルにあるのと同じようなものだという意味で、過度の行為を戒めるといった意味かと思います。もう一つの方は、どなたがいつ言い出したのかは分かりませんが、その意味は、やり過ぎるというのは、そこまでやれなかったことよりももっと劣るということで、つまりは同じではなく目標を台無しにする、ずっと劣る行為なのだという強い否定のことばではないかと思います。
80余年の人生の中では、この箴言の持つ恐ろしさを幾度となく見て来ているのですが、それは前者ではなく、後者の「如かず」の方なのです。過ぎることにはいろいろのケースがあると考えられますが、人生において最も重要なのは、「おのれ自身の思い入れ」ということであり、それは自信ということでもあり、その過ぎたるとは、過信のことなのです。別の言い方をすれば、過信と言うのは「思い上がり」ということになりましょう。
人生において、「自信を持つ」ことは極めて重要です。それがどのようなものであっても、人は自分に対して何らかの自信を持つことが出来て安心して生きることが出来るのですから。もし、自分に対して何の自信も持てない人がいるとしたら、(そのような人がいるとは思えませんが)その人は生きるのが難しい存在となることでしょう。人が今生きているのは、少なくとも今生きていることに自信が持てるからなのです。
さて、自信は大切なのですが、問題はそれが強過ぎて過信となることなのです。過去、政治家などで思い上がって失敗した人は無数にいます。一々名前を挙げることは控えますが、有名人が一挙に名を落としたという話は、政治の世界でなくても芸能界などでも幾つもあるのではないかと思います。それは人間の持つ根源的な弱さなのだともいえるのかもしれません。
一般的には、過信は本人が気付かないもののようです。己は何にも誤ったことをしているのではないというのが自信なのですから、それが強くなればなるほど自分が見えなくなる状態に知らず落ち込んでしまう危険性があるのです。
少し解り易い例を挙げると、日本国が太平洋戦争などと言う愚かな行為に走ったのも,一部の人間の思い上がりによるのではないかと思うのです。力があると思いこんでいる、そう思われている人の思い上がりほど恐ろしいものはありません。
そのような視点で今の世を見てみると、危い人物はどの国にも存在しているような気がします。今、戦争を起こしている人物は勿論、戦争に備えて準備をしている人物もそうだし、世界中に溢れるほどにそのような人物が存在しているのは、真に恐ろしいことだと思わずにはいられません。
そして、現在世界の中で最も心配なのは、つい先日大統領に還り咲いたUSAのトランプ氏ではないかと思うのです。勇気と過信は常時共存するのかもしれませんが、彼は己の信念を平然と世界中に公言しています。今世界中の人々が彼の言動に注目しています。USAの多くの人々は、彼の一見メリハリの利いた言動を支持しているのかもしれません。しかし、彼の言動が世界中の人々に支持されているわけではなく、反対や疑念を抱いている人たちも数多く存在しています。それらを己の力を過信して覆い被せて無視するような事を続けているとしたら、「及ばざるに如かず」と言うようなことが必ず起こるのではないかと。心配が膨らむのです。とにかく、過信と言うものは、人をして成功よりも破滅に導くものなのだということを強調しておきたいと思います。トランプさんに届くとは思いませんけど。





