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山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

人類は絶滅を乗り越えられるのか 

2025-03-12 08:16:22 | 宵宵妄話

 最近読んだ中で最高の面白さを味わい、感動し、考えさせられた本があります。それは、「地球の歴史」(上・中・下)鎌田浩毅著・中公新書刊」という本でした。

 私はもともと地学という学問が好きで、今から60年ほど前の学生時代には、地球の歴史や宇宙との関係などについて、門外漢ながら興味を持って関係する本を集めて読み漁っていました。その頃の理解で記憶に残っているのは、恐竜が絶滅したのは地球に巨大隕石が衝突して、それがもとで地球全体が大規模な気候変動を起こして、当時生物の頂点で地球を我がものとしていた恐竜たちを初め多くの生物が絶滅したという話くらいでした。

 ところがこの本を読んで、生物の絶滅というのは、そのような出来事だけではないということを思い知らされました。現代では、地球惑星科学という学問があり、数多い学問・研究分野を総合した考え方があって、それは現在の人類(ホモサピエンス)が持つ様々な叡智を集めた学問だというのを知りました。

 地球の生い立ちを粒子の世界から解き明かしている本を読んだのは初めてでした。地球が太陽から生まれたくらいの感覚しかなかったのですが、そのような単純なことではなく、物理や化学の理論等を用いて総合的に地球が成り立っているという説明を読んで、目からウロコの感動でした。

 それだけではなく、地球という惑星が太陽系惑星の中では水の惑星として特別な存在であり、生きているのだと知り、今までの理解とは随分とかけ離れていたのだと知り、その無理解を恥ずかしく思いました。地球というのはその内部で複雑な動きをしており、それはとてつもない力なのです。我々が地上の生き物として体験している様々な自然現象は、何かが起こった時に聞く専門家の解説にはそれなりの理由や原因があるのでしょうが、その奥にはこの地球そのものが持っている力、働いている力があるのだということを知りました。専門的なことは言葉も理屈も殆ど解らないのですが、地球の歴史の大きな流れについては、朧ながら理解できたように思っています。

 その中で気になるのは、「絶滅」ということばです。絶滅というからには生物が生きられなくなって全て死滅するということなのだと思います。その絶滅はこの地球では恐竜世代の絶滅だけではなく、過去にも何度か起こっているということなのです。それは巨大隕石の衝突だけではなく、地球自体の内部の動きが大きく関わる要因なのです。生命を誕生させたのはこの地球なのですが、それを何度か絶滅させたのも地球なのです。そして絶滅を乗り越えて生き残った生物がその後の進化により新たな世界を拡大し、今日に至っているということです。そして現在、その頂点にいるのが我々人類(ホモサピエンス)なのありましょう。

しかし、地球は無機質ながら生きており、ある種のサイクルで寒冷化や温暖化を繰り返しているということです。現在我々は幸いにしてそのような危機のサイクルの真っ只中には入っていない様ですが、何時そのとばっちりに見舞われるか判りません。今、温暖化による地球環境の変化が問題視されていますが、それも当面重要な課題ですが、もっと大きな視点で見れば、二酸化炭素増加の問題は、過去の地球の歴史に於いては、現代のような生易しいものでは無かったということなのです。僅か百年ばかりの人類の一生では、温暖化問題は生死に係わる喫緊の課題ですが、千万年、億万年単位の時間で見れば、そのような騒ぎは些細な出来事に過ぎないのかもしれません。その恐ろしい危機が来た時、人類は果たして絶滅を逃れられるのか。遠い遠い未来のことなのですから、そのようなことを考えても無駄なのかもしれません。

 現在の人類(ホモサピエンス)が誕生したのは僅か20万年ほど前で、5万年前にアフリカを出て世界各地に拡大していったということですが、これも地球という無機質な生命体から見れば、瞬間に等しい可愛いい(?)生き物たちの時間に過ぎないのだと思います。そのホモサピエンスが更に進化を遂げて、現代に至り、陸地だけではなく空も海もその他のあらゆるものを支配し、生物の頂点に立ったのは、僅か数百年にも満たないつい最近のことなのですから、これは驚くべきことです。

 でも誕生してから45億年とも言われる地球という生命体から見れば、そのようなことは知ったことではなく、もっともっと巨大な力で、己の内部を動かし、地表を動かし、自在に温暖化や寒冷化を発動するのでしょうから、その時に果たして過去の生物とは違った形で生き残れるのか。ま、今からそのようなことを考えるのは滑稽なことなのでしょうが、この本を読んでいると、科学文明が進んでいると言っても、人間のやっていることが如何に小さいことかと思うのです。そして我々が大自然と呼んでいる地球という無機質な生命体の持つパワーが如何に凄いものなのかを思わずにはいられなかったのです。

思えばあの東関東大震災に見舞われてから、今月11日は満14年を迎えることになりました。未だ故郷を失いさ迷う人も多いと聞きます。先年の能登の大地震も耳に新しい大事件です。これらの原因はプレートが陸に沈む時のひずみによって起こると聞きますが、もしかしたら地球そのものから見たら、今度のこれらの大地震は、ホンの小さな活動の一端なのかもしれないと思ったのです。過去には300mを超える津波が押し寄せたという大事件もあったということですから、もしマグニチュード10などを遥かに超える大地震に見舞われたら、それがどこで起こったとしてもこの日本国は壊滅の極みとなるに違いありません。恐ろしいことです。 

 過去の地球上で栄えた生き物とは違った存在であるとしても、どんなに科学や文明を進化させたとしても、その基盤となっている地球そのものの力に逆らうのは到底不可能と思いました。

ならばどうすれば良いのか。ホモサピエンスは、己が生き残るというよりも魂の世界を鍛えることで乗り越えることこそが重要なのではないかと思うのです。物理や化学などのどのような自然科学であっても、現在は魂〈=精神〉を科学することは不可能です。如何なる科学でも地球の絶大なる力には抗することが出来ないのであれば、ホモサピエンスは科学とは異なった力を持つ魂〈=精神〉を鍛えて如何なる困難もを乗り越えて行くしかないのではないか。そう思いました。

しかし、その具体的な方法は分かりません。それは恐らく全体ではなく個々人の課題なのかもしれません。「心頭滅却すれば火もまた涼し」と言って焼き打ちの業火の中にこの世を去った快川和尚のような精神・心境を持つことなのかもしれません。その様なことを想いました。

 

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