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山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

守谷市の忌むべき季節

2025-02-22 09:53:14 | 宵宵妄話

 守谷市に越してきてから21年が経った。その昔々にこの地に来たヤマトタケルが一面に広がる森を見て「森や!」と思わず叫んだことに由来して守谷という土地の名が付けられたとかいう話があるが、21年前に越して来た時は樹木が多く茂っていて、その中ではコジュケイ(鳥)がけたたましく鳴いたりして、まだかなり自然が残っているなと安堵したものだった。

 現在の守谷はつくばエクスプレスが開通して以来かなり人家が増えて、その分だけ森や林や野原などが少なくなった。これは人間の都合によるものだが、それを止めることなど出来るものではなく、仕方のないことだと思う。斯く言う自分だって21年前はそのような加害者の一人だったのかもしれない。住いを得ようとして移り住む人には、責任を負わせるのは無理だと思う。

 しかし、市の当局が管理すべき樹木に関しては、大いなる不満と不信を感ずるものがある。それは街路樹や公園などに植えられた樹木の管理の在り方である。先ずは、街路樹を取り上げてみるとしよう。守谷市には取手市から市の中心街を通って常総市に至るふれあい道路と名付けられたメイン道路がある。この道路は何時設けられたのか知らないけど、もう一つの国道294線だけでは不足すると考えて新しく造られた道路なのだと思う。今は、国道よりもふれあい道路を中心に市の発展が進んでいるようだ。この道路は片側1車線で、両端に3mほどの幅の歩道が造られており、その脇に街路樹としてサクラやイチョウの木が植えられている。サクラは取手市に近い1kmほどが並木となっており、市街地には200本以上のイチョウの木が植えられている。又、北守谷地区のメイン道路(中央分離帯ありの片側2車線)にはケヤキの木が植えられており、冬を除く季節ではその緑が我々を安堵させてくれている。この他のエリアでは、サルスベリの木なども植えられており、樹木は豊かといえると思う。公園にもかなりの樹木が植えられており、他の街と比べれば樹木は多い方だと思う。そのことについては批判する様なことは少ないのだが、問題はこれらの樹木のメンテナンスのことなのだ。

 毎年冬が近づく頃になると、胸を痛める道路光景がこれらの道に広がる。ケヤキの木もイチョウの木もそれまで辛うじて付けて来ていた小枝を払われて丸坊主にされるのである。越してきた当初は、これでは枯死するのではないかと心配したのだが、春になるとケヤキもイチョウも前年に層倍の小枝を出して必死に生き延びようとして、夏の間は目一杯の葉をつけて緑豊かにしてくれるのでホッと一安心するのだが、やがて秋が過ぎて冬を迎える頃になると、それらの樹木が丸坊主にされて突っ立っている姿となるのである。これだけではない。北守谷には2kmほどの周遊の遊歩道が造られており、素晴らしいと感心していたのだが、ここに植えられている樹木たちの中でも大きく育つコブシやハクモクレンやヤマモモの木なども時々丸坊主に近い姿となるのだ。この道が好きで自分はこれらの木が咲かせる花を楽しみにしているのだが、丸坊主にされた時の春に咲く花は勢いがなく、うなだれている感じがするのだ。この道には大きな2本のネムノ木があり、その長い枝に咲く花を見るのを楽しみにしていたのだが、ある年にこの樹も丸坊主にされて、翌春は小枝も出さず枯死寸前の状態となっていた。もう終りなのかと諦めかけていたら、そのあと辛うじて少しばかりの小枝を出して、生き残っているのを確認させてくれて安堵したことがあった。

 これらの樹木の管理をしている市の当局はどのような考えでそれを行っているのか理解に苦しむ。もしかしたら、形振り構わずに伐りまくる造園業者と結託して救済事業をしているのではないかと疑いなくなるほどなのだ。恐らく市民の中に、葉が散って迷惑だ、などと文句を言う人たちが居て、そのために枝の伐採をやっているのだなどと弁明するのかもしれないけど、この市を緑豊かな街とするというのであれば、毎冬のこの残酷な丸坊主にする所業は見直して貰いたい。樹木に対する愛情無しでは美しい街路樹や森が成り立つわけがない。

 それにこれらの樹木を植える際の選定の在り方が間違っているのではないか。業者任せにして、市が主体的な街づくりのための判断を誤っていると思える樹木が幾種類かある。例えば、北守谷には隣のつくばみらい市との境界に太陽光を利用した電力で汲みあげた水を流すせせらぎの小路という500mほどの遊歩道があるが、ここには100本近いカツラの木が植えられている。しかし、その半数は枯れたり枯れかかっていて、少しもカツラの木らしくない姿で何本かが生き残っている。これなど明らかに選定の誤りであろう。守谷のような温暖の地では生き長らえられない樹木なのではないか。又ケヤキやイチョウにしても大木となるのに植えられている間隔は狭く、道路とのバランスがとれているとは思えない。最初からいろいろ支障が出るのは予想できるのに、何故このようなムダ遣いをするのか、都市計画の杜撰さが目立つ。当初はそれで良いとしてもその後のメンテナンスに莫大なコストが掛ることを何故予知できなかったのか。解せない。

 守谷市はTXが開通して以来、住み良い街などとチヤホヤされて話題となることも多いけど、その実は殆ど街づくりに関して無策のように思えて仕方がない。TXが通らなかったら、只の田舎町に過ぎないのだ。人口7万人を超える街を抱えているのなら、もっとましな施策が幾らでもあるのではないか。行政にリーダーシップが殆ど見られず、一部の市民の思惑や声に応えるだけの行政しかやっていない。もう手遅れだと思えることも多くあって、住んでから20年以上も経って、自分の残りの生きて行ける時間も少なくなっているのを自覚しているけど、この市に期待できることは殆どない。徒に他の都市と同じようにごちゃごちゃと人の溢れるつまらない街を目指しているかと思うと、ここに住むのを選んで良かったのかと思う。今さら迷っても仕方ないけど、座してその時が来るのを待つしかないのであろう。それにしても樹木たちの丸坊主の行列を見るのはうんざりする。見る度に怒りがこみ上げてくる。

丸坊主にされて立ち並ぶケヤキの木たち

丸坊主にされる前の小枝を伸ばしたイチョウの木

小枝を払われて丸坊主になったイチョウの木たち

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