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山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

未来志向から過去指向へ

2025-04-15 18:03:35 | 宵宵妄話

老の心境について少しばかり語りたい

 真老(75歳~85歳)世代となってから半ばを過ぎた頃、しみじみと思うようになったのは、次第に未来について考えなくなって来たということでした。その一方でだんだん過去について思いを馳せるようになってきました。

 現役をリタイアして古稀を迎える頃までは、時々こんなので良いのかと疑問を抱きながらも未来志向だったと思います。未来と言っても遠い未来ではなく、現在につながる近未来のことなのですが、この世がこれからどうなって行くのかに関心があり、それに係わる知識や情報にも関心大でした。パソコンの普及がまだ始まったばかりの頃は、これからはITの時代が到来するのだと大いなる希望と期待を持って、あれこれ情報を集めたりパソコンに触れたりしていたのですが、時間が経つにつれて、IT進化の所産であるSNS等の情報ネットワークは想像を超えて普及し、今では当たり前のこととなってしまっています。しかし、それはメリットばかりではなく、数々のデメリットが現れ出しています。この技術を悪用したり妨害したりする事件が次第に増え出すのを見ているうちに、これで良いのかという疑問が膨らむようになりました。

今話題のAIについても、その活用がまともならば、人間の能力を最大限活用して、世の中に絶大な貢献が期待できるのだと思いますが、しかし、もしこれを悪用したりすれば、今まで想像も出来なかったような犯罪などが頻発するのではないかと、そのデメリットを想像して不信感を抱くようになりました。

 人間(ホモサピエンス)は、これから先何を求めてどこへ進んでゆくのかを思う時、万人に幸せをもたらすバラ色の世界よりも、その反対の汚れた非人道の世界が幾つも現出するのではないかという不安が膨らむのです。

人間は、今まであらゆる分野において、科学を活用して利便性や効率性を追求し過ぎてしまっているのではないか。その重大性を忘れてしまっているのではないか、という疑問が消えないのです。科学のあらゆる分野は、人間としての善悪などには拘わらず、只管に日進月歩の問題解決に取り組んでいる感があります。これを批難することは出来ません。

しかし、人間の保有する心(精神)の世界に関しては、新しい展開は少しも見当たらず、それどころか、先人たちが営々と積み上げてきた人倫の道ともいえるものが逆に音を立てて崩れ退化して行くような気がしてならないのです。

世界各地で起こっている侵略や戦争(内戦を含む)は何を物語っているのかと、不信感は増すばかりです。国際平和などというものは、永遠に到来するものではなく、科学がどんなに進歩しても、人間の欲望は、個人レベルをはるかに超えて、国家に至るまで、その限りを尽くそうとしているようです。これは、生き物として最高の発達を遂げて地球を支配するようになった、人類であっても抑えることのできない本能というものなのかもしれません。未来に抱くイメージは楽観的なものは殆ど見当たらず、悲観ばかりなのです。傘寿を超えてしまった老人には最早何をなすことも出来ず、只暗い未来を想像するだけなのです。

 

そしてその結果、今は過去に目を向けることだけが考える楽しみとなってしまいました。過去は、度を越した暗く辛い経験でない限り、その多くをかなり浄化することが出来るのです。老人となった今では、大抵のことは浄化して忘れ去ることが出来るのです。そうしなければ今を生きている意味がないように思えるのです。嫌な思い出は全て忘却し、楽しく懐かしい思い出を膨らませるだけで安堵出来るのです。その様な思い出は時間には関係なく何時でも自在に過去から引き出せるのですから、老人にとってこれほどの楽しみは無いのです。

 この頃はもう未来を考えることは止めにして、懐かしく楽しい過去を自分なりに脚色したイメージを膨らませて毎日を楽しむことにしています。ただし、その度が過ぎて、認知症などへ舵を切ることが無い様に気をつけながら、残された時間を楽しみながら生きて行こうというのが最近の心境です。

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