Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

もし

2013年10月16日 | Weblog

もし、「醜い魂」が存在したとしても、
それを愛しくかき抱くことができるかどうか。

そこに教育に携わる者としての
魂の在りようが映し出されるのだと思います。

教育者の使命が、
人々の成長に在るのならば、

心が醜かろうが、
心が美しかろうが、

等しく、人々の、
その地点からの成長を
願わなければならないと思います。

いや、それは義務や使命感などではなく、
気がついたら走り出していたといった類いのものでなければ、
やはりどこかに偽りがあるのだと思います。


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惹かれる人

2013年10月16日 | Weblog
足立美術館に行ってきました。

私はやはり、
北大路魯山人の生き方に惹かれます。

芸術と教育は近い世界だと思うのです。

芸術家がとことん己を磨いて、
初めて芸術的に高い境地に立てるように、

教育者もまた、とことん己を磨いて、
初めて教育の何たるかがわかるように思います。

しかし、あまりにも、
知識の教育や技術の教育が横行していて、
深い人間学と教育哲学とを持った人物には
現実の社会では、なかなか出会えないものだと思います。

残念ながら、
私も浅薄な教育哲学しか
持ち合わせていないのですが…。


北大路魯山人の次の言葉は胸を打ちます。


人間が創作する以上、
人間が入用である。
人間なくしては
出来ない相談である。
陶器を作る前に
まず人間を作ることである。
名品は名人から生まれる。
しかるべき人間を作らずに
むやみに仕事にかかるごときは、
愚劣きわまることだと知ってよい。
下らない人間は
下らない仕事をする。
立派な人間は立派な仕事をする。
これは確定的である。


私は、こうした言葉を、
教育家が紡ぎ出せなくなり、

また、こうした言葉に、
学ぼうとすらしなくなったことに、
深い哀しみを抱いている一人です。

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