矛盾偽善の無い完全真理と自己縮小=孤独と自由=頑張らない~楽になるブログ

個人意識丸出しながらも、欲張らない、見栄張らない、頑張らない、無理をしないで楽に生きる実践

「孤独感」を消すには、

2015年04月27日 | Weblog
一般世間から離れ、家族親戚から離れ、単身過疎地暮らしを始め、そして真の精神世界を学び知り気付き悟る事からして言えるのですが、人間は「赤の他人」同士の集まりの中で生きていることです。
然るに「孤独」が当たり前なのです。

ところで貴方が見知らぬ赤の他人に道を尋ねられたら気軽親切に応じることが出来ますか、また夫や妻から何事かを頼まれるとどんな対応をしますか、それが貴方の子供だったら、それが近所の人だったら、それが友人知人だったら、貴方はどうしますか、

またすべての人に同じ対応が出来ますか、
それが出来るようになるための試金石が人間関係だと思いませんか、

何はともあれ、その時々の事情で対応が異なることでしょうが、元来自分の思いが先立ち優先されるのが人間の本性&個人意識です。

然るに夫や妻や我が子であれ「他人事は面倒くさい」のが本音です。

しかし本音をさらけ出すと人間性・品格を問われますから、そこで善人に見せかけた対応になるのです。

それが特別な関係の人となれば、なお更に善人・お人よし・善玉を演じたがります。
然るにそれがf不完全な優しさ思いやり・親切気遣い・愛情なのです。

だからその恋愛や婚姻関係や家族親戚関係が破局になれば赤の他人と同じになります。

然るに何事も善悪・損得・優劣で判断したその結果で人間関係が上下左右に揺れ動いているのです。

ところが赤の他人ではないとして人間関係を美化したがりますから、然るにその偽善・矛盾を味わっているのです。
また赤の他人ではないと美化するから=気にするから=その裏が出て、それら多くの人が孤独・孤独感を抱え込むのです。

だったら赤の他人の結び付きを美化しないで=元からして赤の他人同士に思い=その赤の他人が親切に対応してくれれば有難いことになり、それが不親切でもそれが赤の他人だから当たり前になります。

そして赤の他人であってもそれが身近な関係だと同じようなことが何度も起こります。

そしてその赤の他人関係から受けた有難い思いは当然ながら記憶に残りますが、しかしその反対の不親切は(赤の他人だから)当たり前のことになります、だからそんなに根深く記憶に残りません。

然るに親切にしてくれた事ばかりが残り、不親切だったことは忘れていきます。
だから円満な関係が続きます。

ところが赤の他人同士の関係を美化すると(他人ではなくなり)「してくれた事が」=当たり前=になり、反対に「してくれなかった事が」=不平不満=になりやすいのです。
すなわち赤の他人がしてくれた時のような「アリガタイ」気持ちが消えうせて当たり前になっているのです。

だから不平不満になるような人とは一緒に居たくないのが私の本性です。
そして感謝になる人と接していれば私も嬉しいから、そこで何かと親切に対応していたのも事実です。

また私が放任主義で育てられたことも関係ありますが、
私が妻や子の自主性に任せていたのも、感覚的には身近な赤の他人に思えていたからです。
だから未だに妻だから、我が子だから、孫だから、また友人知人だから、ご近所だから、また亡くなった両親・先祖だからと、特別に思えなくて身近な赤の他人と似たような感覚で接しています。

それだけに尚のこと「成り行き任せ」「来る者は拒まず、去るものは追わず」にもなるのです。
然るに「執着」することにもならなかったのです。

そして自分に出来る普通のことを(必然ご縁で)要請されたら(私が欲張って無理していなければ余暇時間がありますから)その都度なんとか対応できます。
それに増して「私が必要とされている」ことが嬉しくも楽しくもなるのです。
だから快く応じることも出来るのです。

ところが相手が「欲張る」と、そのことが面倒くさくなります。
更に何度も促されると「うざい」存在に思えるようにもなるのです。
だから他力依存の人とは「馬が=波長が=合わなく」なるのです。

とにかく他力に依存したがる人ほどそれだけ「欲深い」のです。
しかもそのことに本人が気付かないでいるから「どうしようもない」人間関係にもなるのです。

だから身近な人であっても、赤の他人にして「ほっとく」ことにもなるのです。

然るに人からほっとかれて・見放されて寂しくなるのは、それだけ欲張っていた自己責任があるのです。

然るに孤独感に悩んでいる人は(己の自力を超えたことを)欲張っているのです。
また欲張る者同士が集まっている人間関係だから尚更に孤独・孤独感になるのです。

だから他力に頼らずに己の<自力>に似合った生き方に戻れば、それが孤独であっても孤独感にはならないのです。
然るに特別なことを欲しがらずに=自力=でもって「食って寝て糞」をしながらにして、その当たり前の=普通=に生きていればいいのです。

ところが私の場合は、それが妻には不満になるから、致し方なく単身暮らしになっているだけのことです。
しかも妻からすれば、私が裏切ったことになるから、更に私に対する不平不満を募らせ=執着=しているのが現状です。

だから(赤の他人が如くに)「ほっとく」しかないのです。

すなわち人間関係を気にしない生き方=「孤独」にして生きることになるのが当たり前なのです。

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