気ままに・・・

2011年まで5年姑を介護その後施設へそして亡くなり…。なんだか複雑な思い。さぁ、私も再出発です!

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母の四十九日無事終了

2015年03月16日 | 介護

実母もだんだんと問題が出てきていました。

その前に義母が亡くなり・・・ゴタゴタしたまま実母が高カロリー栄養できなくなったり熱が出てきたりと

私は、仕事しながら母の病院へ帰り寄ったりしていました。

もう仕事の事、義母の事、義弟の事、クタクタの状態で母の容態が悪いと聞いてもなんだか集中できないというか

なんと表現したらいいのかわからない。

12月から気をつけて母のところのも顔を出していました。

1月には熱が出始め・・・点滴のポートのところにも細菌がついたようだし。。。。

高齢なので仕方がないのだろうな。せめて苦しませたくない。その思いだけ。

1月の中旬から容態が悪くなり熱が出て個室へ・・・

仕事を早退していき夜中に家に帰ったり・・・その合間に、義弟達との問題。

弁護士さんへ通知書のお願いをしてきた。

攻撃的なメールも電話も受け付けない。あとは、弁護士さんを通してと通知を出す。さっさとしてもらうべきだったと本当にくやむ。

1月24日・・・母は亡くなった。眠るようだった。前日にはなんとなく孫やひ孫の声が届いているようだったし・・・

とても穏やかな顔をしていたし、みんな会いに来てくれた。

振り返ると・・・・その前後はあっと言う間に流れていたのか記憶があるような無いような?

親が居なくなるのは、本当にぽっかりと私の中に何か無くなった感があります。

前日四十九日を少し早めて無事終わらせホッとしています。

主人の弟たちは、弁護士に次男が納得できないと1度電話かけたようですがその後何も音沙汰無しです。

裁判かける準備しているのかもしれないし。わからないけど。

もうすぐ姑の一周忌です。

もちろん義弟達は、呼びません。静かに主人と行うつもりです。連絡ももう取ろうと思ってません。

主人には、兄弟なのでかわいそうだなって思ってます。

私が居なかったら、わだかまりもないのかもしれないなとか。

考えたらキリがない。

それでも考えてしまいます。私が死ぬまで考えてしまうことなのかもしれないですね。

これからは、自分達の老後もあります。

どんな老後を迎えるか?迎えたいのか?主人と話したいと思います

 

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