CuniCoの徒然・・・岩下邦子の独り言

日々の暮らしの中で、立ち止まったり、すれ違ったり。私の中のアレコレを思いつくまま、気の向くまま。

これからの時間を笑顔で過ごすための準備が終活(^.^)

2020-02-07 11:17:01 | 日記
ゆっくり、いろいろ考えるに、
この頃、あまり、欲がなくなった。
つまり、そこにいきつく。
情報量が処理能力を上回っている。
そんな時に、自分は何をすべきかを考えたとき、
『スルー出来ること』が、大切な気がしてならない。
『すべきこと』が『何もしないこと』ってのが、
なんか矛盾しているようだが、そうでもない。
自分にかかわらないことはスルーして、まず自分の周りを大切にする。
他人のことは考えないってことでもないし、
社会のことはどうでもいいってことでもない。
なにしろ、私の周りは、他人だらけで、その人は自分の周りにいるし、
社会の中で生きているからには社会がどんな社会なのかは、自分にかかわってくる。
だから、思考し、行動することには、何ら変わらないのだが、
自分が本当に最期になるときにかかわる人が、
しあわせなように、シンプルでクリアにいたいなって思い始めた。

私は、群れることが苦手で、組織をきらう。
自身の力以上のものを感じて、盛り上がっていく共犯幻想をきらう。
集団が苦手だ・・・

それなのに、社交的な人間だと思われるし、
好感度も高めなので、いつも間違えてしまう。
周りも、私自身も。

私は一人が好きだし、私はじっとしているのが好きだ。

我がDNAを受け継いだ子たちも、わりとその要素を持っている気がする。

年末年始、メンタルに大きな負担が生じたために
今、私は結構、自分をゆるくしてあげている。

がむしゃらに頑張らなくなっている。

単純な方がいいと思い始めている。

そして、子どもたちは自分にとって、とっても大切で
ナニモノニモカエガタイということを再認識している。

子離れできない親でいいじゃないか。
そう思う。
依存し過ぎないということは大切だけれど、
やっぱり、大切なんだな・・・子どもたち。

私は、小さなころ、母に抱かれたことがない。
だからって、特にどうってことは無い。
母は母だ。
自分にできることは限られていて、特に何もできないが、
母は母だ。
会いに行くとなんとなく、あぁ似ていると思う。

だから、何もできない私を恨んでもいないし、
あぁ・・・私の子だと思っているのだろうなぁと思う。
そして、私の子だ・・・と思ってくれる、
思い出してくれるのもあとどれくらいなんだろうと思うくらい認知症は進んでいる。

そんな母をみていると、シンプルでいいのだなということをつくづく思う。

つまり、これから歳を重ねる間・・・
シンプルであることが究極だと思う。
誰かに認知されることでもなく、
誰かを認知することでもなく、
私という個をシンプルに生きること・・・なのだと思う。

他人の力を借りてこの生命を維持しなければならない状態にいつなるかわからない。
だから、シンプルにしておかなくてはな・・・と思う。
自分ができることはしておかなくてはと思う。

終活って自分がより楽に、つまり笑顔で生きるための作業で、
決して、死ぬための準備ではないと思うわけです。

とはいえ、先立つものが、まったくないから・・・
不安だけは膨らんでしまうっていう現実があるんですけどね(笑)
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